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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち
第36話「仮面を脱いだ妹は、誰よりも姉らしかった」
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リリアーナ=エグレアは“妹”だった。
名家の令嬢で、誰より礼儀正しく、言葉を慎み、常に誰かの一歩後ろを歩く“完璧な妹”。
けれど、彼女の本質が“縫い手”であることを知る者は少ない。
そして今、仮面を脱ぎ捨てたその姿は――妹でありながら、姉のようだった。
***
その日、学院の廊下でリリアーナはセシリアに声をかけた。
「ごきげんよう、セシリア嬢。……少し、お時間をいただけますか?」
微笑は柔らかく、声は澄んでいる。
だが、その裏にある気配が違った。
今の彼女は、“王子の隣を目指す恋敵”ではない。
“王子の未来を諦めなかった、かつての恋人”として話しかけてきたのだ。
「……はい。お話を」
ふたりは人気のない中庭へ。
春の花々が咲き誇るその場所に、冷たい風が一筋吹き抜けた。
リリアーナはベンチに腰かけると、セシリアのほうをまっすぐに見た。
「あなたが王子様に選ばれたこと、もう理解しておりますわ。
――悔しいですが、納得もしています」
セシリアは目を見開く。
その言葉が、あのリリアーナから出たこと自体が信じられなかった。
けれど、リリアーナは続けた。
「だから、今日はあなたに“忠告”しにきましたの。
これは、妹としてではなく――“姉”として。
愛を手にした妹に、忘れないでほしいことがありますの」
彼女は指を絡めながら、ひと呼吸置く。
「王子様は、まだ脆いです。
過去の期待も、未来の重荷も、すべてを背負っているのに、
自分の幸せに手を伸ばす勇気をようやく持てたばかり」
「……ええ。わたしも、それをわかってるつもりです」
「ならば、どうか。
彼が迷いそうになったとき、あなたが“導く針”でいてあげてくださいませ。
縫うのではなく、“そっと添える針”。
誰かの物語に入りこむのではなく、“そばに在る物語”でいてあげてください」
その言葉は、どこまでも静かで、切実だった。
リリアーナはもう、“自分の糸”で王子を縫いつけようとはしていない。
けれど、それでもまだ、彼を“見守る”立場に自分を置いていた。
それはまるで、姉が妹の恋を後ろから支えるような――そんな在り方だった。
「……リリアーナ様、あなたは……」
「嫉妬していますわよ。心の底では。
でもそれより、もっと強い感情があるんですの。
――“愛した人に、幸せになってほしい”という、身勝手で優しい執着」
その声に、セシリアは何も返せなかった。
ただ、深く息を吸い込んで、頷いた。
「……わたし、絶対に忘れません。
あなたがこうして、“背中から託してくれた”こと」
リリアーナはゆっくりと立ち上がる。
そして、まるで儀式のように、一礼した。
「どうか、王子様を……いえ、あなたの大切な人を、未来へ導いてくださいませ。
わたくしが“縫い損ねた物語”を――今度こそ、あなたが」
その背中は、まるで誰よりも“姉”だった。
***
その夜、リリアーナは裁縫箱を閉じていた。
針も糸も、今日は一切使わなかった。
けれど、彼女の胸の奥には、
確かに一本の細く透明な糸が結ばれていた。
『妹』という名の仮面を脱ぎ捨て、
『姉』という名の役割を、いつの間にか自らに縫い付けていたことを、
誰よりも、彼女自身が知っていた。
名家の令嬢で、誰より礼儀正しく、言葉を慎み、常に誰かの一歩後ろを歩く“完璧な妹”。
けれど、彼女の本質が“縫い手”であることを知る者は少ない。
そして今、仮面を脱ぎ捨てたその姿は――妹でありながら、姉のようだった。
***
その日、学院の廊下でリリアーナはセシリアに声をかけた。
「ごきげんよう、セシリア嬢。……少し、お時間をいただけますか?」
微笑は柔らかく、声は澄んでいる。
だが、その裏にある気配が違った。
今の彼女は、“王子の隣を目指す恋敵”ではない。
“王子の未来を諦めなかった、かつての恋人”として話しかけてきたのだ。
「……はい。お話を」
ふたりは人気のない中庭へ。
春の花々が咲き誇るその場所に、冷たい風が一筋吹き抜けた。
リリアーナはベンチに腰かけると、セシリアのほうをまっすぐに見た。
「あなたが王子様に選ばれたこと、もう理解しておりますわ。
――悔しいですが、納得もしています」
セシリアは目を見開く。
その言葉が、あのリリアーナから出たこと自体が信じられなかった。
けれど、リリアーナは続けた。
「だから、今日はあなたに“忠告”しにきましたの。
これは、妹としてではなく――“姉”として。
愛を手にした妹に、忘れないでほしいことがありますの」
彼女は指を絡めながら、ひと呼吸置く。
「王子様は、まだ脆いです。
過去の期待も、未来の重荷も、すべてを背負っているのに、
自分の幸せに手を伸ばす勇気をようやく持てたばかり」
「……ええ。わたしも、それをわかってるつもりです」
「ならば、どうか。
彼が迷いそうになったとき、あなたが“導く針”でいてあげてくださいませ。
縫うのではなく、“そっと添える針”。
誰かの物語に入りこむのではなく、“そばに在る物語”でいてあげてください」
その言葉は、どこまでも静かで、切実だった。
リリアーナはもう、“自分の糸”で王子を縫いつけようとはしていない。
けれど、それでもまだ、彼を“見守る”立場に自分を置いていた。
それはまるで、姉が妹の恋を後ろから支えるような――そんな在り方だった。
「……リリアーナ様、あなたは……」
「嫉妬していますわよ。心の底では。
でもそれより、もっと強い感情があるんですの。
――“愛した人に、幸せになってほしい”という、身勝手で優しい執着」
その声に、セシリアは何も返せなかった。
ただ、深く息を吸い込んで、頷いた。
「……わたし、絶対に忘れません。
あなたがこうして、“背中から託してくれた”こと」
リリアーナはゆっくりと立ち上がる。
そして、まるで儀式のように、一礼した。
「どうか、王子様を……いえ、あなたの大切な人を、未来へ導いてくださいませ。
わたくしが“縫い損ねた物語”を――今度こそ、あなたが」
その背中は、まるで誰よりも“姉”だった。
***
その夜、リリアーナは裁縫箱を閉じていた。
針も糸も、今日は一切使わなかった。
けれど、彼女の胸の奥には、
確かに一本の細く透明な糸が結ばれていた。
『妹』という名の仮面を脱ぎ捨て、
『姉』という名の役割を、いつの間にか自らに縫い付けていたことを、
誰よりも、彼女自身が知っていた。
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