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第3章:歪んだ契約と、選ばれなかった少女たち
第39話「そして、妹は静かに舞台を降りる」
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舞台は、終幕を迎えようとしていた。
歓声も、照明も、拍手もないまま。
ただ、ひとりの少女が――静かに舞台を降りようとしていた。
***
学院の朝。
リリアーナ=エグレアは、いつもと変わらぬ笑顔で登校していた。
制服の胸元には、小さな銀のブローチ。
それはかつてアレンに褒められた花の形を模したもの。
誰も気づかない、それだけの“記憶の飾り”。
彼女は誰にも告げず、今日という日を“最後”と決めていた。
「演じきるのも、舞台に立つ者の務めですもの。
わたくしは“妹”として、もう充分に役を果たしましたわ」
そう呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
けれど、風はそのささやきを覚えていた。
***
昼休み。中庭のベンチにて。
セシリア=ロートベルクが、そっと隣に腰掛ける。
「……今日のあなた、すごく綺麗です」
「まぁ、ありがとうございます。
最後ですから、“清々しく”装ってみましたの」
「……最後?」
リリアーナは笑う。
「そろそろ、幕を下ろす頃合いですわ。
わたくしという“登場人物”が物語を乱さぬよう、
そっと幕の裏に下がるのです」
「そんな……」
「大丈夫。
寂しいけれど、惨めではありませんのよ。
だってわたくし――愛された記憶を、ちゃんと持っていますもの」
そう言って、リリアーナは制服の袖口をまくる。
そこに縫い付けられていたのは、
淡い刺繍糸で縫われた、ただ一言。
「わたくしは、確かにそこにいた」
それは、誰にも見せることのない、彼女自身の証だった。
***
その午後、学院の塔の上――
アレン=ヴァルフォードは、風に吹かれながら空を見上げていた。
そして、そこに現れたリリアーナの姿に、少しだけ驚く。
「君がここに来るのは、珍しい」
「ええ。これが、最後になるかもしれませんので」
リリアーナは近づき、彼の隣に立つ。
「お兄様。
……いえ、アレン様。
あなたが“選ばなかった未来”の中に、わたくしがいたこと――
どうか、時々でかまいません。思い出してくださいませね」
彼女の声には、もう“期待”も“執着”もなかった。
そこにあったのは、ただ――ひとつの願い。
「リリアーナ……君は……」
「わたくし、幸せでした。
仮面を被っていたときも、針を握っていたときも、
そして、“妹”でいようとした日々も」
彼女は、ほんの少し背伸びをして、アレンの肩に口づけを落とす――
頬でも、唇でもない。
彼の肩に、小さな“ありがとう”を残すように。
「これで、わたくしの舞台はおしまいです」
そしてリリアーナは、風の中へと背を向けた。
その姿に、アレンは声をかけなかった。
何も言えなかった。
ただ――その背中が、誰よりも誇らしく見えた。
***
その夜。
エグレア邸の温室は、静かだった。
蝶はすべて、標本から外されていた。
布も、針も、すべて箱にしまわれていた。
ただ、ひとつだけ飾られているものがある。
それは、リリアーナ自身の刺繍。
『わたくしという物語は、ここで閉じられる。
けれど、糸はまだ――風に乗って舞っている。』
誰にも届かなくても構わない。
それでも、愛は確かにそこにあった。
そして今――
少女は、役を終えた“妹”ではなく、
自分自身として、歩き出す準備をしていた。
歓声も、照明も、拍手もないまま。
ただ、ひとりの少女が――静かに舞台を降りようとしていた。
***
学院の朝。
リリアーナ=エグレアは、いつもと変わらぬ笑顔で登校していた。
制服の胸元には、小さな銀のブローチ。
それはかつてアレンに褒められた花の形を模したもの。
誰も気づかない、それだけの“記憶の飾り”。
彼女は誰にも告げず、今日という日を“最後”と決めていた。
「演じきるのも、舞台に立つ者の務めですもの。
わたくしは“妹”として、もう充分に役を果たしましたわ」
そう呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
けれど、風はそのささやきを覚えていた。
***
昼休み。中庭のベンチにて。
セシリア=ロートベルクが、そっと隣に腰掛ける。
「……今日のあなた、すごく綺麗です」
「まぁ、ありがとうございます。
最後ですから、“清々しく”装ってみましたの」
「……最後?」
リリアーナは笑う。
「そろそろ、幕を下ろす頃合いですわ。
わたくしという“登場人物”が物語を乱さぬよう、
そっと幕の裏に下がるのです」
「そんな……」
「大丈夫。
寂しいけれど、惨めではありませんのよ。
だってわたくし――愛された記憶を、ちゃんと持っていますもの」
そう言って、リリアーナは制服の袖口をまくる。
そこに縫い付けられていたのは、
淡い刺繍糸で縫われた、ただ一言。
「わたくしは、確かにそこにいた」
それは、誰にも見せることのない、彼女自身の証だった。
***
その午後、学院の塔の上――
アレン=ヴァルフォードは、風に吹かれながら空を見上げていた。
そして、そこに現れたリリアーナの姿に、少しだけ驚く。
「君がここに来るのは、珍しい」
「ええ。これが、最後になるかもしれませんので」
リリアーナは近づき、彼の隣に立つ。
「お兄様。
……いえ、アレン様。
あなたが“選ばなかった未来”の中に、わたくしがいたこと――
どうか、時々でかまいません。思い出してくださいませね」
彼女の声には、もう“期待”も“執着”もなかった。
そこにあったのは、ただ――ひとつの願い。
「リリアーナ……君は……」
「わたくし、幸せでした。
仮面を被っていたときも、針を握っていたときも、
そして、“妹”でいようとした日々も」
彼女は、ほんの少し背伸びをして、アレンの肩に口づけを落とす――
頬でも、唇でもない。
彼の肩に、小さな“ありがとう”を残すように。
「これで、わたくしの舞台はおしまいです」
そしてリリアーナは、風の中へと背を向けた。
その姿に、アレンは声をかけなかった。
何も言えなかった。
ただ――その背中が、誰よりも誇らしく見えた。
***
その夜。
エグレア邸の温室は、静かだった。
蝶はすべて、標本から外されていた。
布も、針も、すべて箱にしまわれていた。
ただ、ひとつだけ飾られているものがある。
それは、リリアーナ自身の刺繍。
『わたくしという物語は、ここで閉じられる。
けれど、糸はまだ――風に乗って舞っている。』
誰にも届かなくても構わない。
それでも、愛は確かにそこにあった。
そして今――
少女は、役を終えた“妹”ではなく、
自分自身として、歩き出す準備をしていた。
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