『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第4章:選ばれた未来、ほどけない絆へ

第44話「空白に入り込むものたち」

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空席は、ただの“穴”ではない。
誰かが去ったその場所には、必ず“何か”が入り込む。

それが、善意とは限らない。
それが、好意とは限らない。
けれど、空白が生まれた瞬間――
世界は、わずかに歪むのだ。

***

アレン=ヴァルフォードが王宮へ発った翌朝。
セシリア=ロートベルクの一日は、いつも通りに始まった。

けれど、“いつも通り”を維持するには、
何倍もの気力と緊張が必要だった。

教室の席がひとつだけ空いている。
廊下でふいに呼びかけられる名前が聞こえない。
ランチを取る場所が、少しだけ広く感じる。

「……贅沢ね、わたし」

小さく呟いて、セシリアは笑ってみせた。

その笑顔は柔らかかった。けれど、ほんの少しだけ張り詰めていた。

***

そして、そんな彼女の“空白”を見つけた者がいた。

ロイ=フィエルノート。

かつて王太子の友人であり、
今は政界の観察者として学院に派遣されている青年。

彼はその微笑を、“とても人間らしい弱点”として見抜いた。

「あなた、笑うときの“目尻”がほんの少しだけ揺れるんですね」

放課後の中庭、ひとりベンチに座っていたセシリアの前に現れ、
ロイは、何の前触れもなくそう言った。

「……失礼では?」

「いえ、観察眼には自信があります。
人は“支え”が傍にないとき、本当に表情に出ますから」

セシリアは彼を警戒しながらも、姿勢を正す。

「何かご用でしょうか?」

「用事というより、“確認”です。
あなたが“本当に王子の隣に立つ器か”――
王宮の者たちの一部には、少々疑問があるようですので」

その言葉に、セシリアは一瞬だけ呼吸を止めた。

ロイの目は笑っていた。
けれどその奥には、試す者の冷たい静けさがあった。

「わたしが器かどうか、
そんなこと、あなたに評価される筋合いはありません」

「ええ、だから“見ている”だけです。
空白の間に何が入るか――それは、観察するにはうってつけの時間でしょう?」

そして彼は、やわらかな声で言い添える。

「安心してください。
わたしはあなたに敵意はありません。
ただ、あなたの“結び目”が本物かどうか、興味があるだけです」

セシリアは、ぐっと拳を握りしめる。

誰かが空けた席。
誰かが残した時間。
それが試されるのは、想定していたことだった。

けれど、こうも早く、こうも鋭く切り込まれるとは――
彼女はまだ、覚悟しきれていなかった。

***

その夜、セシリアは自室で窓辺の硝子箱を見つめる。

銀の指輪は、変わらずそこにあった。
アレンの不在を責めるでもなく、ただ静かに光を返していた。

「……試されるのは、わたしだけじゃない。
きっと、彼も“王宮で”戦ってる」

だから、自分も負けてはいけない。

結び目が、ほどけないように。
たとえ風が吹いても、誰かが揺らしても――

この想いは、わたしが縫いとめてみせる。
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