『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第4章:選ばれた未来、ほどけない絆へ

第50話「噂の名は“フェルティナ”」

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名は、時として“毒”になる。
本人が何もしていなくても、ただ存在するだけで、
ある関係を脅かす“楔”になり得るのだ。

***

翌日、学院の廊下。
ふと耳に入った何気ない会話――それは、やがて名を伴って広がっていく。

「ねぇ知ってる? 殿下に“縁談候補”が出たって」

「フェルティナ嬢でしょ? 南の新興侯爵家の娘。
外交でも名前が出始めてるって……」

「正統派で美人らしいし、家柄の後ろ盾も完璧なんだとか。
ロートベルク家より、ずっと“安心”って声も出てるらしいよ」

“ロートベルク家”という単語が出た瞬間、
セシリア=ロートベルクの歩みが止まった。

教室に入る直前。
扉の向こうには、普段と変わらぬ日常がある。
けれど、その手前で心に落ちた一滴の影が、波紋を広げる。

「フェルティナ……」

初めて耳にする名。
でも、それがただの“噂”ではないことを、
セシリアの胸は直感で理解していた。

***

昼休み。中庭。

アレン=ヴァルフォードのもとへ、
セシリアは静かに歩み寄る。

彼の姿を見るだけで、少し安心する。
けれど今日は、ひとつだけ聞かなくてはいけないことがあった。

「……アレン様」

「うん?」

「“フェルティナ”という名を、知っていますか?」

彼の表情が、わずかに強張る。

ほんの一瞬。
けれど、それは彼が“何かを知っている”という確かな証だった。

「……聞いたことはある。
王宮での懇談中に名前が出た。
ただ、それ以上はなにもない。
僕は、君以外の誰かを選ぶ気はない」

言葉は真っ直ぐだった。
そして、嘘ではなかった。

けれど――“名前が出た”という事実は、
それだけで充分に、心を揺らす力を持っていた。

「……ありがとうございます。
そう言ってくださるだけで、十分です」

セシリアは笑った。
けれど、その笑顔の奥に、誰よりも自分自身が“ざわついている”ことを知っていた。

***

その夜、リリアーナ=エグレアは、
ひとり静かに記録帳を綴っていた。

もう袖を引くことも、針を向けることもないはずだった。

だが、“フェルティナ”という名が学内で囁かれはじめたことを知ったとき、
彼女の中で――“縫い手”としての本能が目を覚ました。

『新たな名が、舞台に上がる。
糸を持たぬ者が、どこまで物語に影を落とすか。
興味深い展開ですわね』

彼女はペンを置き、ふっと微笑む。

「……けれど、“あの子”が負けるとは思いませんわ。
だって、“結んだ人”は、わたくしではないのですから」

蝶はまだ舞わない。
だが、静かに翅を揺らす“前夜”の風は、確かに吹き始めていた。
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