63 / 80
第5章:王子と令嬢、そして未来の名前
第63話「王子妃教育と、恋文よりも難しい課題」
しおりを挟む
恋は感情で育つ。
けれど、“王子妃”という名は、感情だけでは務まらない。
そこには――
恋文よりも繊細で、正解のない“公的な愛”のかたちが求められていた。
***
「……えっと、ええと、貴国との国交正常化に向けた協議の場では……?」
「“貴国”ではなく“貴邦”です、セシリア嬢」
「……ひゃっ、はいっ! そうでした!」
王宮西館の一室。
そこは“王配候補者の予備訓練室”と呼ばれる、特殊な空間。
教師陣は全員、王家直属の高官。
教本は厚さ指二本分、内容は“外交儀礼”から“宮廷語”、さらに“歴代王妃の書簡文法”まで――
セシリア=リュミエール(※申請上の新姓)は、
久々に“逃げ出したくなるような机の前”に座っていた。
「……恋文より難しいじゃないの、これ……」
小さくこぼしたその呟きに、講師陣のひとりがくすりと笑う。
「恋文には“気持ち”がありますが、
王配の書簡には“誤解がないこと”が求められますので。
一文字で戦争を起こさぬ文を書くのが、王妃の第一歩ですよ」
「……うぅ……」
セシリアはうなだれつつも、
ペンを取り直してまた文章を繰り返す。
「未来の名前」を手にしたその日から、
“愛されるだけの少女”ではいられなくなった。
けれど不思議と、心は折れていなかった。
***
その夜。
中庭の東屋で、セシリアはアレンに会っていた。
「今日ね、“貴邦”と“貴国”を三回間違えて……
“交渉破綻レベルの誤文”って言われちゃったの」
「……ふふ、ごめん、笑っちゃいけないのに……でも」
アレンは声を押し殺して笑いながら、
ポケットから小さなカードを取り出す。
「じゃあ、僕が君に恋文を贈る。
内容は一文字も間違ってないから、見本にしていいよ」
「え?」
差し出されたのは、小さな紙片。
けれどそこに綴られていたのは、
あまりにも“らしさ”に満ちた、たった一行の文だった。
『君の名前が増えたことで、僕の世界も広がりました』
セシリアは、それを読みながら――
ふっと笑い、目元をぬぐう。
それは、緊張でも失敗でもなく。
ただ、日々の積み重ねに心が追いついたときにこぼれる、
やさしい涙だった。
「……じゃあ、もうちょっとだけがんばってみる。
“王子妃”になるためじゃなくて……
あなたと同じ言葉で世界を語れるように、ね」
アレンは頷き、ふたりは並んで座る。
風は少し涼しく、空には雲がゆっくりと流れていく。
手のひらで恋を伝える時代は過ぎ、
ふたりの関係は、“同じ未来を語る”段階へと進んでいた。
けれど、“王子妃”という名は、感情だけでは務まらない。
そこには――
恋文よりも繊細で、正解のない“公的な愛”のかたちが求められていた。
***
「……えっと、ええと、貴国との国交正常化に向けた協議の場では……?」
「“貴国”ではなく“貴邦”です、セシリア嬢」
「……ひゃっ、はいっ! そうでした!」
王宮西館の一室。
そこは“王配候補者の予備訓練室”と呼ばれる、特殊な空間。
教師陣は全員、王家直属の高官。
教本は厚さ指二本分、内容は“外交儀礼”から“宮廷語”、さらに“歴代王妃の書簡文法”まで――
セシリア=リュミエール(※申請上の新姓)は、
久々に“逃げ出したくなるような机の前”に座っていた。
「……恋文より難しいじゃないの、これ……」
小さくこぼしたその呟きに、講師陣のひとりがくすりと笑う。
「恋文には“気持ち”がありますが、
王配の書簡には“誤解がないこと”が求められますので。
一文字で戦争を起こさぬ文を書くのが、王妃の第一歩ですよ」
「……うぅ……」
セシリアはうなだれつつも、
ペンを取り直してまた文章を繰り返す。
「未来の名前」を手にしたその日から、
“愛されるだけの少女”ではいられなくなった。
けれど不思議と、心は折れていなかった。
***
その夜。
中庭の東屋で、セシリアはアレンに会っていた。
「今日ね、“貴邦”と“貴国”を三回間違えて……
“交渉破綻レベルの誤文”って言われちゃったの」
「……ふふ、ごめん、笑っちゃいけないのに……でも」
アレンは声を押し殺して笑いながら、
ポケットから小さなカードを取り出す。
「じゃあ、僕が君に恋文を贈る。
内容は一文字も間違ってないから、見本にしていいよ」
「え?」
差し出されたのは、小さな紙片。
けれどそこに綴られていたのは、
あまりにも“らしさ”に満ちた、たった一行の文だった。
『君の名前が増えたことで、僕の世界も広がりました』
セシリアは、それを読みながら――
ふっと笑い、目元をぬぐう。
それは、緊張でも失敗でもなく。
ただ、日々の積み重ねに心が追いついたときにこぼれる、
やさしい涙だった。
「……じゃあ、もうちょっとだけがんばってみる。
“王子妃”になるためじゃなくて……
あなたと同じ言葉で世界を語れるように、ね」
アレンは頷き、ふたりは並んで座る。
風は少し涼しく、空には雲がゆっくりと流れていく。
手のひらで恋を伝える時代は過ぎ、
ふたりの関係は、“同じ未来を語る”段階へと進んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します
八
恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。
なろうに別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
一部加筆修正しています。
2025/9/9完結しました。ありがとうございました。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる