『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第5章:王子と令嬢、そして未来の名前

第72話「王宮に咲く、一輪の白い花」

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花は、言葉を持たない。
けれど、それを見つけた人の心に――
いつか誰かを愛した記憶を咲かせる。

***

王宮・南庭の片隅。
人目につかない緑陰の奥に、ひっそりと咲いていた。

――白い、花が一輪。

それは、リュミエール学院でしか咲かないとされていた幻の花。
他の土では根づかないとされていた、
名も知れぬ白花。

けれど、そのひとつが――王宮に咲いた。

「……やっぱり、咲いたのね」

セシリア=リュミエールは、静かにその花に手を伸ばす。

結婚の朝に、学院の庭師から譲り受けた小さな苗。
“育たないかもしれませんよ”と笑いながら渡されたそれを、
彼女は王宮の土に植え、毎朝語りかけていた。

「ここがあなたにとっても“始まりの場所”になるといいなって、思ってたの」

セシリアは、咲いたばかりの白花をそっと撫でる。

それは、かつての彼女自身のようだった。

小さくて、誰の目にもとまらなくて、
ただただ、必死に根を張ろうとしていた。

「……ねえ、見てくれてる?」

背後からの足音に気づく前に、
声がかけられる。

「うん。見てた。
君の手が、“まっすぐ誰かを撫でる”のを初めて見た気がする」

振り返ると、アレン=ヴァルフォードがそこに立っていた。

「……王宮でこの花が咲くなんて、思わなかったよ。
でも、君が咲かせたなら――納得できる」

「この花、言葉じゃない“証明”になってくれる気がするの。
わたしがここに来た意味。
“王妃”としてじゃなく、“ひとりの人間として”この場所で根づいた証」

アレンは頷き、セシリアの隣に腰を下ろす。

ふたりで一輪の白花を見つめる。
ただそれだけなのに、
この上なく静かで、やさしい時間が流れていた。

***

その日の午後。
王宮内の報道官によって、こんな一文が王都へ届けられる。

『王太子妃殿下、セシリア=リュミエール様が
王宮南庭にて“学院の象徴たる白花”を開花させた旨を、
関係機関へご報告いたします。

――これにより、同花は“王妃の花”と仮称され、
王宮記録庭園に登録がなされました』

名もなき白い花。
言葉を持たぬその花に――

誰かが、愛の名前を託してくれた。
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