『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第5章:王子と令嬢、そして未来の名前

第73話「王妃の名が、歴史に記される日」

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記録とは、ただの文字列ではない。
そこに刻まれる“名”は、
誰かの生きた証であり、誰かにとっての希望となる。

***

王宮・文書保管局。

長い年月を積み上げてきた記録室の一角で、
一本の金属製の羽ペンが、静かに“公式文書”に走っていた。

記す者は、王国記録官・第二階位。
厳格で、感情を持たぬことで知られる男。

その手元にあるのは――
『王家血統継承並びに正妃登録書』。

一度記されれば、訂正はきかない。
それは王族の名における“最終の刻印”であり、
王国の記録に永遠に残る“歴史そのもの”となる。

羽ペンが、最終行をなぞる。

【王太子アレン=ヴァルフォードの正妃として、
本年、第七月三日をもって、以下の名を登録する】

――セシリア=リュミエール

乾いたインクの跡に、
まるで誰かの息づかいのような、静かな余韻が残った。

***

同じ頃、王宮・謁見の間。

公爵、枢機卿、統括司令、各地方の代表者……
王国を動かす全ての者が集まる中、
“王太子妃の名”が、正式に読み上げられる。

その名が読み上げられた瞬間――
わずかに遅れて、控えの間で立ち尽くしていたセシリアが、
深く息を吐いた。

「いま……終わったのね」

傍らの女官が頷く。

「はい。これをもって、セシリア様の名は“歴史”となりました。
今後すべての正史に、王妃として記載されます」

「……ねえ、それってやっぱり、すごいこと?」

「ええ。
でも、“すごい”よりも“美しい”ことだと、わたくしは思います」

セシリアはその言葉に、微笑んだ。

彼女はもう、王妃として“完成された存在”ではない。
けれど、“誰かに与えられた場所”ではなく――

“自ら掴んだ立ち位置”に、いま立っていた。

***

夕刻。

アレンと並んで書庫を歩いていたセシリアは、
ふと立ち止まり、古びた一冊の記録集に手を伸ばす。

かつて、自分が恐れていたもの。

“名を遺すこと”。
“歴史に残されること”。

でも今なら言える。

「怖くないの。
わたし、この国の誰かの記憶に残ることが……
少しだけ、誇らしいの」

アレンは静かにその背を支える。

「君の名は、文字として刻まれたんじゃない。
この国の誰かの“心”に、花のように咲いたんだよ」

それは、悪役令嬢と呼ばれた少女が、
王妃と呼ばれるようになるまでの――物語の証明だった。
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