『悪役令嬢、愛が重くてごめんなさい?』

黒川ねこ

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第5章:王子と令嬢、そして未来の名前

第75話「手紙の中にいた、もうひとりの私」

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過去を綴るのは、懐かしさのためじゃない。
それは――
“いまの自分”を肯定するためにある。

***

王宮・私室の書斎。
朝の陽差しが斜めに入り込み、机の上に白い封筒を照らしていた。

それは、セシリア宛に届いた私信。
差出人は――リュミエール学院の旧図書室管理官。
“寡黙で有名な老人”で、かつて生徒たちから“石像”とあだ名されていた人物だった。

「……この人から、手紙?」

不思議に思いながら開封すると、中には一通の便箋と、小さな包み。

便箋にはこう記されていた。

『あなたが、図書室の片隅で
“初めてノートに自分の気持ちを書いた日”の記録を、私は見ていました。

無断で保管していたこと、お詫びします。
けれど、それはあなたがこの世界で初めて――
“誰にも頼らずに自分の心を見つめた瞬間”だったと、思うのです。

ですから、それは“あなたという物語の第一章”に他なりません。』

セシリアは、包みをほどく。

中に入っていたのは、古びたノートの切れ端だった。
少し滲んだインクの跡。
そして、見覚えのある拙い筆跡。

それは、十六歳の彼女が書いた、たった数行の“告白”だった。

『誰にも言えない。
嫉妬してることも、怖いって思ってることも、
愛されたいって叫びたくなる夜があることも。』

ページの隅には、震える文字で――

『……でも、それでも、わたしは“消えたくない”』

セシリアは、手を口元にあてて――気づけば、涙がひとすじ落ちていた。

***

その夜。

彼女はアレンに、その切れ端を見せた。

アレンは、数秒の沈黙のあと、優しく言った。

「……君の中にいた“もうひとりの君”が、
今もこうして、君を支えてるんだね」

セシリアは頷いた。

「今のわたしがあるのは、あのとき“誰にも見られなかったノート”に、
ほんの少しでも自分を残そうと思ったから」

「その“ほんの少し”が、今の君を作った」

アレンはそう言って、そっと彼女の肩を抱く。

「……これからも、何か迷ったら、その子に訊いてあげて。
“あのとき泣いてた私”が、
今の私を見て、どう思うかって」

セシリアは目を閉じた。

胸の中で、もうひとりの“かつての自分”が、
笑って頷いてくれた気がした。
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