異人こそは寒夜に踊る

進常椀富

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 鞍部山は平板な口調で答えた。
「エロいゲームだ」
 平静を装っているが、内心焦っている。凛可にもそれがわかるくらい演技力がない。凛可はたたみかけた。
「やっぱり! それもこれ、女の子がヒドイ目に遭うやつばっかでしょ! まともな恋愛なんかないやつ!」
「そうだ。『陵辱モノ』っていう」
「な、な、な、なにが『アニキに見られても恥ずかしくないことする』よ! この変態っ! ヒーローがこんなのやっていいのっ!?」
 凛可の勢いに、鞍部山も焦りを隠しきれなくなってきていた。目をそらしながら答える。
「ひ、人の好みなんて自由だろ。法に触れてるわけでもないし……」
「モラルの問題よっ! こ、こんなゲームしてる身で、正義の味方なんて詐欺!」
「昔、女にはヒドイ目にあったからな。女がヒドイ目に遭うゲームをするとすっきりする」
「変態っ!」
 一声叫ぶと、腑に落ちない点が浮かんできた。凛可は考えを整理し、トーンを落として鞍部山に聞いてみた。
「あの、初めて会った日、鞍部山くんが助けてくれなかったら、わたし、このパッケージみたいになってたかもしれないんだよ? そのほうが鞍部山くんは楽しいんでしょ? なんでわざわざ助けてくれたの……?」
 鞍部山は落ちつきを取り戻して、静かな口調で言った。
「理由は簡単だ。作り物と現実は違う。非現実のゲームなら女がヒドイ目に遭うのも楽しいが、血と肉を備えた本物の人間が傷つくのは許さない」
 凛可は釈然としなかった。できることならまだ説教してやりたい。言葉を探しながら反論してみる。
「そ、それはそうかもしれないけどさー、ゆ、歪んでないー? 人としてどうかと思うよ?」
「歪んでいても不思議じゃないだろ? オレだって、頭の中身は普通並の人間だ。欲望もいろいろある」
「で、でもぉー……」
 鞍部山は割り切ったような物言いになった。
「別にオレを好きになる必要なんてないんだ。感謝しなくてもいい。キミがオレの前で怪我しなければ、それだけでいいんだ。オレにとっては」
 その突き放したような言い方が、凛可は気に入らなかった。唇を尖らせて言い返す。
「なんか身勝手な感じー」
「そうさ、身勝手でヒーローやってるのさ、自己満足でな。学もなく、ろくな仕事にも就けず、当然のことながら貧乏暮らし。そんなオレにさ、ほかになにがある? 街の平和を守るぐらいしかないだろう? そうすることで、どうにか自分を保っていられる。次元接続体の力がなければ、オレの本来の身分なんて、社会にいてもいなくてもいいような人間なのさ。その程度の人間なんだよ、オレなんて」
 鞍部山の独白に凛可は言葉を失った。
 部屋のなかを静寂が支配する。だいぶ遠くから犬の吠える声が聞こえた。凝固したような数秒。
 いきなり鞍部山が立ちあがった。ジャンパーのファスナーを開けて、脱ぎ始める。
「ちょちょちょちょっと! なんで脱ぐの! やめて!」
 凛可は部屋の隅へ逃げようとした。
 それを気にした様子もなく、鞍部山は落ちついた口調で言った。
「パトロールに出る」
「えっ?」
「パトロール行くから、ついでにキミの近所まで送ってやるよ」
 どうやら自分が外に出るから、おまえも帰れということらしい。凛可も今日は潮時だろうと思った。男が服を脱いでる部屋で待ってはいられない。
「じゃ、じゃあ外で待ってるから」
「ああ」
 凛可は顔が熱くなるのを感じながら、急いで部屋の外へ出た。
 二階の高さから、夜の住宅街に目をやる。
 今日は鞍部山と接し過ぎた。謎の超人のプライベートに踏み込み過ぎたかもしれない。ここまでついてきてしまったのは正しかったのだろうか。
 凛可が自問していると、背後のドアが開いた。ぺたぺたいう裸足の足音とともに鞍部山が出てきた。水球キャップと水中メガネで顔を隠し、黒いマントを身体に巻きつけている。
『次元接続体・イチ』だった。
 イチは自室の戸締まりをすると、鍵をポストへ放り込んだ。凛可は咎める。
「ちょっと、不用心すぎない?」
「留守だってわかればいいのさ。金目のものなんてないし」
「ホントに正体バレないの不思議」
「他人に深入りしない時代だ。さ、いこうか」
 イチが先に立って、ぺたぺたと階段を下りる。その裸足の姿を見ていると、離れて歩きたい衝動に駆られる。その反面、一緒に歩いていたらどういう視線を向けられるのかという好奇心も湧いた。
 けっきょくのところ、凛可はすぐ後ろに付き従って階段を下りた。道路へ出ると並んで歩く。
 暢気な足音で歩きながら、イチが話しかけてきた。
「家はどこらへんなんだ、マドモアゼル?」
「え、あー。大通りの、図書館と公園の向こうにある住宅街のなか」
「ふーん、思ってたより遠くだな。別にいいけど」
 凛可は思いつきを提案してみた。
「なんならウチに寄ってかない? お父さんお母さんに見せたい! 話してみて!」
「よしてくれよ……」
 凛可は頬を膨らませた。
「お父さんとか、次元接続体に興味ありそうなんだけどなー」
 イチは軽く受け流した。
「またの機会があれば、だな……」
 二人で会話を交わしながら並んで歩く。大通りに入った。歩道の幅が広く、この時間でも人通りがある。
 イチは堂々と歩いた。すれ違う人々はイチと凛可へ目を走らせると、反対側に寄って通り過ぎていく。
 しつこく見られたりはしないし、声をかけられることもなかった。関わりあいにならなければ無害だと判断されているらしい。
 凛可は少し恥ずかしくなっていた。声を落としてイチに囁く。
「そんなカッコでお巡りさんに職務質問されたりしない?」
「されるさ」
「なんて言うの?」
「飛んだり跳ねたりして逃げるのさ」
「ヒーローってそんなものかしら……」
 図書館の前に達した。閉館時間が過ぎているため、照明が落ちていて暗い。前方は大きな公園で、桜の木に囲まれていた。数カ月後には花見客が押し寄せるだろう。図書館と公園のあいだを、幅の狭い道路が一本隔てている。
 その道へ、銀色の乗り物が姿を現した。
 前方が丸く、その後ろにトレーラーらしきものがくっついている。小型の列車に近いフォルムだった。凛可はこんな乗り物を見たことがない。イチも足を止めて呟いた。
「なんだあれは……?」
 銀色の乗り物は車体を揺らして停まった。凛可とイチが様子を見守って数秒後。
 公園のなかから破裂音が響いた。変形した扉らしきものが、宙高く舞うのも目に入った。
 イチが凛可を抱き寄せ、図書館の陰に連れ込む。緊張の面持ちで前方を見ながら言う。
「なにか様子がおかしいぞ」
 凛可も顔を突き出して状況を窺った。
 トレーラーのハッチが開き、なかから大柄な人影が現れた。
 身長は二メートルを超えるだろう。この寒空にTシャツとジャージという薄着。しかし、身体中の筋肉が畝となって寒さを感じさせないらしかった。ボディビルダー以上に発達した筋肉は、もはや人の域を遠ざかっている。
 その大男の前に、突如として霧がかかった。白い霧は濃く凝縮したかと思うと、人の形になった。霧に色がつき、髪の短い女へと変じた。黒い皮のコートを着て、ジーンズをはいている。女は着衣ごと微粒子に変化できる超人だった。
 凛可は目を瞠って短く口にした。
「次元接続体っ!」
 イチは戸惑いを表す。
「なんの巡り合わせだよ、こんなに度々……」
 さらに公園の中から人影が現れた。その姿に、凛可とイチは衝撃を受ける。二人ともに見覚えがあった。
 赤く染めた髪、黒革の上下、いまはギプスに包まれた右腕をアームホルダーで吊っている。その男は昨日イチと戦い、次元接続体対策班に逮捕されたはずだった。炎を発する男。
 イチが疑問を口にする。
「昨日の男じゃないか、どういうことだ? あんなところから出てくるなんて……」
 凛可にだって答えられない。
 トレーラーの横で、大男が言った。
「早くここを離れるぞ、カーゴに乗れ」
 炎の男がニヤけて答える。
「慌てんなや、通報できるヤツは残しちゃいねぇ。一服させろって」
 霧の女がなにかを手渡す。炎の男は指でつまんで舌の上に載せた。男は顔をのけぞらせて身体を硬直させる。
 凛可の思考に閃くものがあった。
「あれって、もしかして……!」
 イチは頷いた。
「オレには見えた! キミが言うところの、麻薬の紙片だった! やっぱりアレはドラッグの可能性が高い!」
「なんなの、あの人たち。次元接続体の不良チーム……?」
 イチの声が震えた。
「不良チームで済むかな。オレの勘では違う。これは……」
 鋭い目つきで集団を睨みつつ続けた。
「次元接続体で構成された、初の犯罪集団だ!」
 凛可はポケットから電話を取りだした。
「わたし、警察呼ぶ!」
「そんなことよりここから離れろ! なにが起こるかわからない!」
 イチは毅然と立ちあがった。
 凛可はその剥き出しの足が、小刻みに震えていることに気づいた。イチは強い。でも今回は人数が多かった。自分と同等の超人を一度に一人で相手をしなければならない。頭の中身が普通の人間並みなら、恐怖だってあるだろう。
 凛可はすがるように言った。
「警察に任せよう! すぐ来てくれるよ!」
 イチは聞かなかった。
「とにかくオレは行くッ! 安全な道を通って帰ってくれ!」
 そう言い残して、疾風のように突っ込んでいく。
 凛可も逃げはしない。イチを放って帰ることなどできなかった。このあと連絡がとれなくなったりしたら、悔やみきれない。怖くても、この事件の顛末は見届ける。
 凛可は急いで電話を操作した。しかし、電話はつながらない。
「どうして!? こんなときにっ!」
 じつのところ、銀色のカーゴから妨害電波が放射されているせいなのだったが、凛可もイチも知る術はなかった。
 凛可は電話を片手に狼狽しつつ、事態を見守ることしかできないと悟った。
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