16 / 33
9 目覚めのとき
しおりを挟む
9 目覚めのとき
凛可を乗せた車は、裏寂れた通りを抜けていった。
胸元にナイフを突きつけられているものの、目隠しはされていないので、すべてを見ることができる。
ブロック塀で囲まれた古びた民家に、ときおりシャッターを降ろした個人商店のなれの果てが混ざる通りだった。
凛可は普段、鳴田のこちら側にはまず来ない。来る理由がなかった。昔ならともかく、いまでは個人商店すらない場所だった。行動範囲を広げたかった中学時代には通ったこともある。だから、ある程度は様子を知っていた。しかし、実際にやってくるのは数年ぶりかもしれない。
いまのところ、おとなしくしていれば命の危険はなさそうだった。自分の身の上も気がかりだが、美好のことのほうが心に重くのしかかる。鞍部山はうまくやってくれただろうか。電話にまだ着信がない。
凛可にナイフを向けているのは霧の女、紗英だった。
満身創痍の炎の男、瀧本が片手で運転している。
車内は無言のまま、車は走っていった。
幅の広い踏切を渡って、しばらく進む。車はウィンカーも出さずに右へ曲がった。
直線の途中だったので、凛可はぎょっとして前方を確認した。
金属製の頑丈な門がある。その奥は飾り気のない四角い建物がいくつもあり、そのあいだをうねったパイプが上下左右に走っていた。
凛可は記憶を探る。確か、凛可が中学生のころにはもう、ここは操業していなかったはずだ。いまも、明かりのひとつとして見えない。
車が門に向かってわずかに前進する。門は反応して、自動的にするすると開いた。車はなかへ入っていく。
凛可にもわかった。ここが、この集団のアジトだと。
車はまっすぐ、ゆっくりといくつかの建物を通り過ぎる。それから左に曲がった。
ほかと変わりない、大きな建物の前で止まる。
瀧本はキーをつけたまま車を降りた。
凛可の隣で、紗英がナイフをしまう。
「痛い目みたくなかったら、いまさら悪あがきすんな。おとなしく瀧本の後ろへつくんだよ」
紗英も車を降りた。しかたなく、凛可も車を降りて、指示通り瀧本の背後に立った。
紗英がなんの変哲もない壁に向かって手を振る。
ピッと電子音がして、壁が左右に開いていく。単なるコンクリート製の壁にしか見えなかった部分は、巧みに偽装された出入口だった。
なかは明るく、暖かい空気が吹きだしてきた。植物のような匂いがする。ゴトゴトという騒音も聞こえた。建物の外には明かりも音もいっさい漏れてなかったというのに。
開いた出入口のまんなかに、背の高い男が立って出迎えていた。
髪を茶色に染めていて、高そうなスーツを着こなした優男だった。
凛可にはホストクラブのホストみたいに見えた。
男は微笑みを浮かべて口を開く。
「ようこそ、咲河凛可。オレは白猪崎研吾(しらいさき・けんご)、このグループのリーダーをしている。さ、なかへ入ってくれ」
凛可たちが入ると、出入口は閉じた。ガチリとロックされたような音がする。
建物の内部は作業場といった様子だった。
入ってすぐ右の空間に、金属製の細長い機械があった。その機械の後ろについているタンクに、三人の男たちが果物を転がし入れている。バナナにアボカド、りんご、トマト。
凛可は当然、なにをしているのか疑問に思った。
白猪崎が指さして説明した。
「アレは、キミにも興味あるだろう。あの機械がリンクフリーの製造機だ」
「えっ!」
凛可が驚いていると、瀧本と紗英は奥に歩いて行く。左の奥が事務所のようになっていた。デスク、パソコン、ソファがあり、天井からは四枚のモニターがぶら下がっている。
「キミには、こういうことをよく知ってもらいたい」
そう言いながら、白猪崎は説明を続けた。
「リンクフリー製造機は、小牧のアイデアにオレが金を出し、二人で作りあげた。次元接続体による『発明品』だ。ああ見えて、通常の科学の域を超えている装置だ」
さらに熱を込めて言った。
「見えてるだろう? リンクフリーの原料は食べ物だ、身体に害のあるわけがない。無害で、使用者に幸せだけを与える。この事業の素晴らしさをわかってもらいたい」
「……」凛可に言葉はない。
白猪崎は凛可の腕をつかみ、少し強い力で奥へ誘った。
「鳴田での試験は終わりだ。来週から東京で大々的に販売する。オレにはもっと仲間が必要なんだ、有能な仲間がな」
歩を進めながら、左側を指さす。その一画には、丸みを帯びた鎧のような機械があった。様々な工作機械に囲まれて、配線の束が装置につながっている。
白猪崎は侮るように言った。
「あのガラクタも小牧の『発明品』だ。作っている途中のな。パワードスーツだそうだ、小牧専用の。そんなくだらないオモチャに金を出すオレの身にもなってくれ」
凛可はひっぱりながら、思い出したようにつけ足す。
「あ、そうか! 小牧っていっても誰かわからないか! トレーラー、カーゴの運転手だよ。カーゴも小牧のアイデアを形にしたものだ。小牧は『発明家タイプ』の次元接続体でね。まあ、器物を次元接続体にするとでも言えばいいのか」
凛可と白猪崎は左奥の事務所スペースに足を踏み入れた。
瀧本がソファに寝転んで飲み物を口にし、紗英は頑丈そうな椅子の隣に立っていた。
白猪崎はその椅子をさして言った。
「座ってくつろいでくれ。話は長い」
指定された椅子だけ、ほかのものとだいぶ様子が違った。
背もたれが高く、ヘッドレストがついている。アームレストは妙に頑丈そうだし、座面も高かった。凛可が座ったら足が床につかないだろう。
「……」凛可は躊躇した。
「疲れただろう、遠慮するな」
「きゃっ!」
凛可は白猪崎に抱えられて、椅子に放り込まれた。
間髪を入れず、紗英が手錠を振るう。凛可の右手首と椅子のアームレストがつながれた。
「なにするの!」
凛可は身を乗りだして抗議したものの、押し返されて、左手首にも手錠をかけられた。
黒光りする手錠が、凛可の動きを阻んだ。
白猪崎が満足そうに微笑み、両手を合わせて言う。
「総チタン製の手錠だ。キミじゃなくても破れないな。これでゆっくり話ができる」
ちょうどそのとき、凛可たちの入ってきた出入口が再び開いた。凛可の身体はそちらへ向いているので、誰が入ってきたかわかる。
巨躯の次元接続体、大地と、ごてごてしたゴーグルで顔を隠した背の低い男。状況から、小男が小牧だというのは間違いなかった。美好の姿はない。
白猪崎が振り返って声をかける。
「おう、ごくろう」
大地が答えた。
「はい、ボス」
凛可は怒りもあらわに聞いた。
「美好をどうしたの!」
小牧が甲高い声で答える。
「カーゴのなかでゲロ吐いたんで、公園に捨ててきたよ。生きてるから安心しな」
美好への扱いに怒りを覚えながらも、凛可はもうひとつの懸念を聞いた。
「イチ、は……?」
大地が事務所スペースに近づいてきながらニヤリと笑った。
「ああ、アイツか。いまごろ取調室でカツ丼でも食ってるんじゃねぇか。どのみち、ここには来られない」
「くっくっくっく……」
小牧が不愉快にさせる調子で笑う。
「そんな……」
凛可は絶望に沈んだ。
白猪崎が手を打ち合わせて、みなの意識を自分に向けさせた。
「全員そろったところで話を再開しよう。いま重要なところなんだ!」
凛可は内心怯えながらも、挑むように言った。
「わたしに……、どうしろっていうの……」
「単刀直入に言おう。仲間になってもらいたい。オレの部下として働いてくれ」
凛可は、弱い自分を仲間に引き込んで、間接的にイチを操ろうとしているんじゃないかと考えた。
「わたしを言いくるめても、イチはあんたたちの手下になんかならない!」
「うーん、誤解してるねぇ。別に我々はあんな男欲しくない。キミが欲しいんだ。咲河凛可がね」
学校での薬の売り子にしようというのか、または売春婦のように扱おうというのか、それとも公務員である父親の情報を盗んでこいというのか……。様々な可能性が凛可の意識をぐるぐると駆け巡った。しかし、どれも腑に落ちない。しかたなく口を開いた。
「わたしなんかを、どうして……」
白猪崎はそろったメンツに目配せして、朗々と言った。
「我々はキミの価値を知っている。紗英が見抜いた。紗英は霧になる力を持っているが、もうひとつの能力がある。その能力のほうが貴重だ。紗英は次元接続体の能力を見抜く。場合よっては当の本人より詳しく、な。つまりキミは……」
白猪崎は凛可の肩へ手を置いて続けた。
「次元接続体なんだよ、咲河凛可。世にも稀な能力をもった、貴重な存在だ……」
「そんな……!」
それ以上言葉が出てこない。
紗英が凛可の髪を撫でてきた。
「アンタの力、お姉さんが教えてあげる。アンタは真夏の外灯みたいな力を持ってる。次元接続体がアンタの近くに引き寄せられてくるんだよ、虫みたいに。アンタが引き寄せられる場合もあるかもしれない。その『誘引力』が、アンタの能力……」
白猪崎が身を乗り出してきた。
「心当たりがあるだろう、咲河凛可! 稀な存在であるはずの次元接続体が、次々とキミの前に現れる! それは偶然じゃない! それどころか、キミは自分で認識した以上の次元接続体とニアミスしているはずだ! キミの目の前で能力を披露しなければ、次元接続体だとわからないからな!」
いままでの出来事に、そんなカラクリがあるとは思わなかった。でも、それなら納得がいく。自分が次元接続体を引き寄せていたというならば。
凛可は自分の能力を実感して戦慄した。
紗英が説明を続ける。
「アンタはいつでも次元接続体と引きあっている。でも、誰か一人と接近した場合、『誘引力』はさらに増大するのよ。近くにいる次元接続体が二人以上になるまで。まるで仲人みたい」
凛可はあることに気づいた。家にいる時間がもっとも長いというのに、家に次元接続体が訪れたことなどない。紗英の説明と矛盾する。それを口に出してみた。
「でも家では次元接続体なんて出てこなかった……」
白猪崎が唇をなめて言う。
「それは謎だ。オレたちも考えている。もしかしたら空気の流れが関係しているのかもしれない。それはおって見極めていこう」
白猪崎が凛可の前をいったりきたりしはじめた。あきらかに高揚している。
「知っているか? 次元接続体を無力化する装置は日本に四つしかない。その二つまでがこの鳴田にある意味を? 人口比率で、次元接続体がもっとも多いのが、この鳴田だからだ。全国的には十人も確認されていない。学者たちはケイオスウェーブの中心がここにあると考えている」
白猪崎は早口で続けた。
「この鳴田でキミの力を使い、次元接続体を集め、ゆくゆくは世界を配下に治める。近寄ってきた次元接続体は全員部下にできるんだ。なぜなら、オレは最強だから」
そこで立ち止まり、再び凛可へ身を乗りだしてきた。
「さあ! こっちは手の内をすべて晒した! キミの返事を聞かせてくれ!」
凛可に迷いはない。
「イヤ! あなたたちの手助けなんかしたくない!」
束の間の沈黙。そして白猪崎が口を開いた。
「キミは真面目そうだからな。オレたちが悪人だと思ってるんだろう? そうじゃない。じきにわかる。だが、時間がかかる」
白猪崎は凛可の顔に触れてきた。
落ちついた声でつぶやく。
「まず、目はいらない」
「なにを言ってるの……?」
「足もいらない。勝手に動き回られちゃ困るからな……」
意味を飲み込むまで数秒かかった。
凛可の視覚と移動力を奪って飼い殺しのようにするつもりだと。
「ひ、ひとでなし!」
「キミが思うほど鬼畜じゃない。ちゃんとした医者を手配してある」
その冷たい声に、凛可は震えあがった。白猪崎の本気が伝わってくる。この男は、そんな残酷なことでも躊躇なくできるだろう。凛可はヒヤリとした生命の危機を感じた。
そのとき、白猪崎の身体のまわりに、ちらちらきらめく光が見えた。緑色の光ははっきりしてきて、ロープのようになった。無数の光るロープが白猪崎の身体から生えて、空中へ消えている。いったいなんなのか。凛可が目を凝らそうすると、光のロープは消えてしまった。もしかすると邪悪のオーラだったのかもしれない。
光が消えても、白猪崎の惑わない眼差しが見つめていた。その冷ややかさに凛可の心は折れた。敗北を口にする。
「わ、わかりました……、あなたたちに……協力します……」
白猪崎は満足そうに頷いた。
「そうか、ありがとう咲河凛可」
一呼吸おいて続ける。
「だが、足は潰す。悪く思うな」
「えっ……」
「さあみんな、食事にしよう! 新しい仲間が加わったお祝いだ!」
凛可を乗せた車は、裏寂れた通りを抜けていった。
胸元にナイフを突きつけられているものの、目隠しはされていないので、すべてを見ることができる。
ブロック塀で囲まれた古びた民家に、ときおりシャッターを降ろした個人商店のなれの果てが混ざる通りだった。
凛可は普段、鳴田のこちら側にはまず来ない。来る理由がなかった。昔ならともかく、いまでは個人商店すらない場所だった。行動範囲を広げたかった中学時代には通ったこともある。だから、ある程度は様子を知っていた。しかし、実際にやってくるのは数年ぶりかもしれない。
いまのところ、おとなしくしていれば命の危険はなさそうだった。自分の身の上も気がかりだが、美好のことのほうが心に重くのしかかる。鞍部山はうまくやってくれただろうか。電話にまだ着信がない。
凛可にナイフを向けているのは霧の女、紗英だった。
満身創痍の炎の男、瀧本が片手で運転している。
車内は無言のまま、車は走っていった。
幅の広い踏切を渡って、しばらく進む。車はウィンカーも出さずに右へ曲がった。
直線の途中だったので、凛可はぎょっとして前方を確認した。
金属製の頑丈な門がある。その奥は飾り気のない四角い建物がいくつもあり、そのあいだをうねったパイプが上下左右に走っていた。
凛可は記憶を探る。確か、凛可が中学生のころにはもう、ここは操業していなかったはずだ。いまも、明かりのひとつとして見えない。
車が門に向かってわずかに前進する。門は反応して、自動的にするすると開いた。車はなかへ入っていく。
凛可にもわかった。ここが、この集団のアジトだと。
車はまっすぐ、ゆっくりといくつかの建物を通り過ぎる。それから左に曲がった。
ほかと変わりない、大きな建物の前で止まる。
瀧本はキーをつけたまま車を降りた。
凛可の隣で、紗英がナイフをしまう。
「痛い目みたくなかったら、いまさら悪あがきすんな。おとなしく瀧本の後ろへつくんだよ」
紗英も車を降りた。しかたなく、凛可も車を降りて、指示通り瀧本の背後に立った。
紗英がなんの変哲もない壁に向かって手を振る。
ピッと電子音がして、壁が左右に開いていく。単なるコンクリート製の壁にしか見えなかった部分は、巧みに偽装された出入口だった。
なかは明るく、暖かい空気が吹きだしてきた。植物のような匂いがする。ゴトゴトという騒音も聞こえた。建物の外には明かりも音もいっさい漏れてなかったというのに。
開いた出入口のまんなかに、背の高い男が立って出迎えていた。
髪を茶色に染めていて、高そうなスーツを着こなした優男だった。
凛可にはホストクラブのホストみたいに見えた。
男は微笑みを浮かべて口を開く。
「ようこそ、咲河凛可。オレは白猪崎研吾(しらいさき・けんご)、このグループのリーダーをしている。さ、なかへ入ってくれ」
凛可たちが入ると、出入口は閉じた。ガチリとロックされたような音がする。
建物の内部は作業場といった様子だった。
入ってすぐ右の空間に、金属製の細長い機械があった。その機械の後ろについているタンクに、三人の男たちが果物を転がし入れている。バナナにアボカド、りんご、トマト。
凛可は当然、なにをしているのか疑問に思った。
白猪崎が指さして説明した。
「アレは、キミにも興味あるだろう。あの機械がリンクフリーの製造機だ」
「えっ!」
凛可が驚いていると、瀧本と紗英は奥に歩いて行く。左の奥が事務所のようになっていた。デスク、パソコン、ソファがあり、天井からは四枚のモニターがぶら下がっている。
「キミには、こういうことをよく知ってもらいたい」
そう言いながら、白猪崎は説明を続けた。
「リンクフリー製造機は、小牧のアイデアにオレが金を出し、二人で作りあげた。次元接続体による『発明品』だ。ああ見えて、通常の科学の域を超えている装置だ」
さらに熱を込めて言った。
「見えてるだろう? リンクフリーの原料は食べ物だ、身体に害のあるわけがない。無害で、使用者に幸せだけを与える。この事業の素晴らしさをわかってもらいたい」
「……」凛可に言葉はない。
白猪崎は凛可の腕をつかみ、少し強い力で奥へ誘った。
「鳴田での試験は終わりだ。来週から東京で大々的に販売する。オレにはもっと仲間が必要なんだ、有能な仲間がな」
歩を進めながら、左側を指さす。その一画には、丸みを帯びた鎧のような機械があった。様々な工作機械に囲まれて、配線の束が装置につながっている。
白猪崎は侮るように言った。
「あのガラクタも小牧の『発明品』だ。作っている途中のな。パワードスーツだそうだ、小牧専用の。そんなくだらないオモチャに金を出すオレの身にもなってくれ」
凛可はひっぱりながら、思い出したようにつけ足す。
「あ、そうか! 小牧っていっても誰かわからないか! トレーラー、カーゴの運転手だよ。カーゴも小牧のアイデアを形にしたものだ。小牧は『発明家タイプ』の次元接続体でね。まあ、器物を次元接続体にするとでも言えばいいのか」
凛可と白猪崎は左奥の事務所スペースに足を踏み入れた。
瀧本がソファに寝転んで飲み物を口にし、紗英は頑丈そうな椅子の隣に立っていた。
白猪崎はその椅子をさして言った。
「座ってくつろいでくれ。話は長い」
指定された椅子だけ、ほかのものとだいぶ様子が違った。
背もたれが高く、ヘッドレストがついている。アームレストは妙に頑丈そうだし、座面も高かった。凛可が座ったら足が床につかないだろう。
「……」凛可は躊躇した。
「疲れただろう、遠慮するな」
「きゃっ!」
凛可は白猪崎に抱えられて、椅子に放り込まれた。
間髪を入れず、紗英が手錠を振るう。凛可の右手首と椅子のアームレストがつながれた。
「なにするの!」
凛可は身を乗りだして抗議したものの、押し返されて、左手首にも手錠をかけられた。
黒光りする手錠が、凛可の動きを阻んだ。
白猪崎が満足そうに微笑み、両手を合わせて言う。
「総チタン製の手錠だ。キミじゃなくても破れないな。これでゆっくり話ができる」
ちょうどそのとき、凛可たちの入ってきた出入口が再び開いた。凛可の身体はそちらへ向いているので、誰が入ってきたかわかる。
巨躯の次元接続体、大地と、ごてごてしたゴーグルで顔を隠した背の低い男。状況から、小男が小牧だというのは間違いなかった。美好の姿はない。
白猪崎が振り返って声をかける。
「おう、ごくろう」
大地が答えた。
「はい、ボス」
凛可は怒りもあらわに聞いた。
「美好をどうしたの!」
小牧が甲高い声で答える。
「カーゴのなかでゲロ吐いたんで、公園に捨ててきたよ。生きてるから安心しな」
美好への扱いに怒りを覚えながらも、凛可はもうひとつの懸念を聞いた。
「イチ、は……?」
大地が事務所スペースに近づいてきながらニヤリと笑った。
「ああ、アイツか。いまごろ取調室でカツ丼でも食ってるんじゃねぇか。どのみち、ここには来られない」
「くっくっくっく……」
小牧が不愉快にさせる調子で笑う。
「そんな……」
凛可は絶望に沈んだ。
白猪崎が手を打ち合わせて、みなの意識を自分に向けさせた。
「全員そろったところで話を再開しよう。いま重要なところなんだ!」
凛可は内心怯えながらも、挑むように言った。
「わたしに……、どうしろっていうの……」
「単刀直入に言おう。仲間になってもらいたい。オレの部下として働いてくれ」
凛可は、弱い自分を仲間に引き込んで、間接的にイチを操ろうとしているんじゃないかと考えた。
「わたしを言いくるめても、イチはあんたたちの手下になんかならない!」
「うーん、誤解してるねぇ。別に我々はあんな男欲しくない。キミが欲しいんだ。咲河凛可がね」
学校での薬の売り子にしようというのか、または売春婦のように扱おうというのか、それとも公務員である父親の情報を盗んでこいというのか……。様々な可能性が凛可の意識をぐるぐると駆け巡った。しかし、どれも腑に落ちない。しかたなく口を開いた。
「わたしなんかを、どうして……」
白猪崎はそろったメンツに目配せして、朗々と言った。
「我々はキミの価値を知っている。紗英が見抜いた。紗英は霧になる力を持っているが、もうひとつの能力がある。その能力のほうが貴重だ。紗英は次元接続体の能力を見抜く。場合よっては当の本人より詳しく、な。つまりキミは……」
白猪崎は凛可の肩へ手を置いて続けた。
「次元接続体なんだよ、咲河凛可。世にも稀な能力をもった、貴重な存在だ……」
「そんな……!」
それ以上言葉が出てこない。
紗英が凛可の髪を撫でてきた。
「アンタの力、お姉さんが教えてあげる。アンタは真夏の外灯みたいな力を持ってる。次元接続体がアンタの近くに引き寄せられてくるんだよ、虫みたいに。アンタが引き寄せられる場合もあるかもしれない。その『誘引力』が、アンタの能力……」
白猪崎が身を乗り出してきた。
「心当たりがあるだろう、咲河凛可! 稀な存在であるはずの次元接続体が、次々とキミの前に現れる! それは偶然じゃない! それどころか、キミは自分で認識した以上の次元接続体とニアミスしているはずだ! キミの目の前で能力を披露しなければ、次元接続体だとわからないからな!」
いままでの出来事に、そんなカラクリがあるとは思わなかった。でも、それなら納得がいく。自分が次元接続体を引き寄せていたというならば。
凛可は自分の能力を実感して戦慄した。
紗英が説明を続ける。
「アンタはいつでも次元接続体と引きあっている。でも、誰か一人と接近した場合、『誘引力』はさらに増大するのよ。近くにいる次元接続体が二人以上になるまで。まるで仲人みたい」
凛可はあることに気づいた。家にいる時間がもっとも長いというのに、家に次元接続体が訪れたことなどない。紗英の説明と矛盾する。それを口に出してみた。
「でも家では次元接続体なんて出てこなかった……」
白猪崎が唇をなめて言う。
「それは謎だ。オレたちも考えている。もしかしたら空気の流れが関係しているのかもしれない。それはおって見極めていこう」
白猪崎が凛可の前をいったりきたりしはじめた。あきらかに高揚している。
「知っているか? 次元接続体を無力化する装置は日本に四つしかない。その二つまでがこの鳴田にある意味を? 人口比率で、次元接続体がもっとも多いのが、この鳴田だからだ。全国的には十人も確認されていない。学者たちはケイオスウェーブの中心がここにあると考えている」
白猪崎は早口で続けた。
「この鳴田でキミの力を使い、次元接続体を集め、ゆくゆくは世界を配下に治める。近寄ってきた次元接続体は全員部下にできるんだ。なぜなら、オレは最強だから」
そこで立ち止まり、再び凛可へ身を乗りだしてきた。
「さあ! こっちは手の内をすべて晒した! キミの返事を聞かせてくれ!」
凛可に迷いはない。
「イヤ! あなたたちの手助けなんかしたくない!」
束の間の沈黙。そして白猪崎が口を開いた。
「キミは真面目そうだからな。オレたちが悪人だと思ってるんだろう? そうじゃない。じきにわかる。だが、時間がかかる」
白猪崎は凛可の顔に触れてきた。
落ちついた声でつぶやく。
「まず、目はいらない」
「なにを言ってるの……?」
「足もいらない。勝手に動き回られちゃ困るからな……」
意味を飲み込むまで数秒かかった。
凛可の視覚と移動力を奪って飼い殺しのようにするつもりだと。
「ひ、ひとでなし!」
「キミが思うほど鬼畜じゃない。ちゃんとした医者を手配してある」
その冷たい声に、凛可は震えあがった。白猪崎の本気が伝わってくる。この男は、そんな残酷なことでも躊躇なくできるだろう。凛可はヒヤリとした生命の危機を感じた。
そのとき、白猪崎の身体のまわりに、ちらちらきらめく光が見えた。緑色の光ははっきりしてきて、ロープのようになった。無数の光るロープが白猪崎の身体から生えて、空中へ消えている。いったいなんなのか。凛可が目を凝らそうすると、光のロープは消えてしまった。もしかすると邪悪のオーラだったのかもしれない。
光が消えても、白猪崎の惑わない眼差しが見つめていた。その冷ややかさに凛可の心は折れた。敗北を口にする。
「わ、わかりました……、あなたたちに……協力します……」
白猪崎は満足そうに頷いた。
「そうか、ありがとう咲河凛可」
一呼吸おいて続ける。
「だが、足は潰す。悪く思うな」
「えっ……」
「さあみんな、食事にしよう! 新しい仲間が加わったお祝いだ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる