22 / 33
番外編
3終
しおりを挟む
一度遠くへ行ってから、また現場近くに戻ってくるのが我々のパターンだ。
我々は空き地を挟んで現場を見渡せる、住宅地の路上にいた。
こちら側は街灯のない暗がりで、道路は空き地より低い位置にあった。
まず見つけられることはないだろう。
みな経験を積んだ者たちなので、特に打ち合わせなどしてなくても、だいたい同じ場所に集まってくる。
私はすでにマスクを取っていたが、郁子はまだ半人半鳥のままで、片足に自分の脱いだ衣服をつかんでいた。
息を潜めて見守っていると、すぐにサイレンの音が聞こえてきた。
パトカー、救急車、そして次元接続体対策班の乗ったワゴン車が到着する。
警官が現場の整理を始め、救急隊員は担架を降ろし、対策班の者が倒れている次元接続体の検分に当たる。
実は、作業している彼らの中に、我々と内通している者が複数いる。
そのツテを利用して、高価なチタン製の手錠は私の手元に戻るのだった。
これで安心だ。
なんといっても彼らは、特製の拘束具を持っているのだ。
私の能力を器具にしたような物で、次元接続体の特殊能力を無効化する。
やはり発明家タイプの次元接続体のお手製であり、種類の違うものが一つずつ、計二つある。
言い方を換えれば、今までのところこの世に二つきりしかないのだが。
倒れている二人はこの後、身元を照会され、次元接続体のリストに載り、
ケイオスウェーブと次元接続体について、分かっていることのレクチャーを受ける。
そして特殊な力を活かせるよう、任意で協力を求められるだろう。
特に若者には、道しるべが必要となるはずだ。
現場の様子を横目で見ながら郁子が言った。
「今日も今日とてチンピラ退治……」
私は低く笑った。
「我々が居合わせなかったら、果たしてチンピラのいざこざで済んだかな?」
「そうそ、騒ぎになって若い連中が駆けつけたら、辺りは火の海、瓦礫の山ヨ?
俺らときたらケンカさえさせない手際の良さ!」
顔に血糊を付けた安原が得意そうに言った。
「安原さんは家に帰る前に、顔を洗ったほうがいいですよ」
「こんなん、なんでもねえヨ」
安原が破れた袖で顔をこすると、傷のない皮膚が現れた。
肉体の頑強さと異常なまでの治癒力は、次元接続体にありふれた力であったが、安原のは特に強い。
田淵平蔵が眼鏡を押し上げ、難しい顔をして言った。
「しかし増えたな。三ヶ月に一度は起こってるぞ、こんなことが……」
「去年は半年に一度あるかないかでしたわねぇ、確かに」
郁子が羽で顔をこすりながら相槌を打つ。
私は言った。
「混沌の波がどこまでの混乱をもたらすかは分かりません。しかし生きてさえいれば、人間は適応していきますよ。我々みたいな年寄りでもね」
「フン」
田淵平蔵に鼻を鳴らされてしまった。
彼の前で自分を年寄りと呼ぶのは、確かにおこがましかったかもしれない。
安原があくびをしながら言った。
「そろそろ帰ろうや。食って暴れたら、眠くなっちまったワ」
「じゃ、みなさん車に乗ってください。今日はお疲れ様でした」
「わたくし、服を着るのが大変なので、このままお空を飛んで帰りますわ」
「サキさん、今日はワシに運転させてくれんか? 家では年を理由に運転させてもらえんのだよ」
「分かりました。お願いします」
私は田淵平蔵に鍵を渡し、我々は車に乗り込んだ。
「では、ごめんあそばせ」
郁子が黒い翼をはためかせ、暗い夜空に溶け込んでいった。
それと同時に車が動き始める。
我々は緊張の解けた、ゆったりした雰囲気を味わった。
飛び去った加藤郁子は、安いイラストの書き手として、三匹の猫と質素な暮らしを送っている。
鼻歌をうたいながらハンドルを握っている田淵平蔵は、メンバーのうちで最強の男だが、
家では盆栽の手入れに余念のないご隠居さんだ。
後部座席でいびきをかき始めた安原勝利は、建設機械のカスタマイズを請け負う立派な技師であり、
私、咲河健太郎はしがない地方公務員でしかない。
我々には家庭があり、つつましい生活がある。
普通の人間として暮らしてきた時間のほうがはるかに長いのだ。
我々はただの市民でしかない。
ただ、素知らぬふりができないだけの。
ただ、心に正しい燠火が燃えているだけの。
それだけの者でいようと、我々は努めている。
いつか、あらゆる事に限界がくるかもしれない。
だが我々は、いや人間は、それを超えてさらに先へ進めるものと、私は固く信じている。
我々は空き地を挟んで現場を見渡せる、住宅地の路上にいた。
こちら側は街灯のない暗がりで、道路は空き地より低い位置にあった。
まず見つけられることはないだろう。
みな経験を積んだ者たちなので、特に打ち合わせなどしてなくても、だいたい同じ場所に集まってくる。
私はすでにマスクを取っていたが、郁子はまだ半人半鳥のままで、片足に自分の脱いだ衣服をつかんでいた。
息を潜めて見守っていると、すぐにサイレンの音が聞こえてきた。
パトカー、救急車、そして次元接続体対策班の乗ったワゴン車が到着する。
警官が現場の整理を始め、救急隊員は担架を降ろし、対策班の者が倒れている次元接続体の検分に当たる。
実は、作業している彼らの中に、我々と内通している者が複数いる。
そのツテを利用して、高価なチタン製の手錠は私の手元に戻るのだった。
これで安心だ。
なんといっても彼らは、特製の拘束具を持っているのだ。
私の能力を器具にしたような物で、次元接続体の特殊能力を無効化する。
やはり発明家タイプの次元接続体のお手製であり、種類の違うものが一つずつ、計二つある。
言い方を換えれば、今までのところこの世に二つきりしかないのだが。
倒れている二人はこの後、身元を照会され、次元接続体のリストに載り、
ケイオスウェーブと次元接続体について、分かっていることのレクチャーを受ける。
そして特殊な力を活かせるよう、任意で協力を求められるだろう。
特に若者には、道しるべが必要となるはずだ。
現場の様子を横目で見ながら郁子が言った。
「今日も今日とてチンピラ退治……」
私は低く笑った。
「我々が居合わせなかったら、果たしてチンピラのいざこざで済んだかな?」
「そうそ、騒ぎになって若い連中が駆けつけたら、辺りは火の海、瓦礫の山ヨ?
俺らときたらケンカさえさせない手際の良さ!」
顔に血糊を付けた安原が得意そうに言った。
「安原さんは家に帰る前に、顔を洗ったほうがいいですよ」
「こんなん、なんでもねえヨ」
安原が破れた袖で顔をこすると、傷のない皮膚が現れた。
肉体の頑強さと異常なまでの治癒力は、次元接続体にありふれた力であったが、安原のは特に強い。
田淵平蔵が眼鏡を押し上げ、難しい顔をして言った。
「しかし増えたな。三ヶ月に一度は起こってるぞ、こんなことが……」
「去年は半年に一度あるかないかでしたわねぇ、確かに」
郁子が羽で顔をこすりながら相槌を打つ。
私は言った。
「混沌の波がどこまでの混乱をもたらすかは分かりません。しかし生きてさえいれば、人間は適応していきますよ。我々みたいな年寄りでもね」
「フン」
田淵平蔵に鼻を鳴らされてしまった。
彼の前で自分を年寄りと呼ぶのは、確かにおこがましかったかもしれない。
安原があくびをしながら言った。
「そろそろ帰ろうや。食って暴れたら、眠くなっちまったワ」
「じゃ、みなさん車に乗ってください。今日はお疲れ様でした」
「わたくし、服を着るのが大変なので、このままお空を飛んで帰りますわ」
「サキさん、今日はワシに運転させてくれんか? 家では年を理由に運転させてもらえんのだよ」
「分かりました。お願いします」
私は田淵平蔵に鍵を渡し、我々は車に乗り込んだ。
「では、ごめんあそばせ」
郁子が黒い翼をはためかせ、暗い夜空に溶け込んでいった。
それと同時に車が動き始める。
我々は緊張の解けた、ゆったりした雰囲気を味わった。
飛び去った加藤郁子は、安いイラストの書き手として、三匹の猫と質素な暮らしを送っている。
鼻歌をうたいながらハンドルを握っている田淵平蔵は、メンバーのうちで最強の男だが、
家では盆栽の手入れに余念のないご隠居さんだ。
後部座席でいびきをかき始めた安原勝利は、建設機械のカスタマイズを請け負う立派な技師であり、
私、咲河健太郎はしがない地方公務員でしかない。
我々には家庭があり、つつましい生活がある。
普通の人間として暮らしてきた時間のほうがはるかに長いのだ。
我々はただの市民でしかない。
ただ、素知らぬふりができないだけの。
ただ、心に正しい燠火が燃えているだけの。
それだけの者でいようと、我々は努めている。
いつか、あらゆる事に限界がくるかもしれない。
だが我々は、いや人間は、それを超えてさらに先へ進めるものと、私は固く信じている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる