片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

文字の大きさ
18 / 88
一章 雨だれ石を穿つ

-18- 紡ぐもの

しおりを挟む
 
 動揺して泣きそうになっている八重を見て、当主は微笑みながら立ち上がって言った。

「大好きなのね。それは良かった。じゃあ、安心して機織り機の部屋まで案内できるわ」
「へっ?」
「一応、我が家にも機織り機くらいあるのよ? けど、まともに使えた試しがなくてね。贔屓にしてる呉服屋で用事が済んじゃうものだから。だから、これを機に八重ちゃんにあげるわ」
「えぇっ!?」

 さらりと機織り機を譲渡すると言われ、八重はこれまでに無いほどの大声で驚きを露わにした。
 いくら、一家に一台と言われているほど普及している機織り機とは言え、それの所有権を渡されることになるなんて思いもしなかった。
 大量の絹糸に加え、機織り機を貰うことになった状況に八重はただただ困惑する。

 そんな八重に「こっちよ」と言って、当主は機織り機がある部屋の方へ歩いて行ってしまった。
 困惑した頭のまま当主の後を急いでついて行くと、屋敷の奥に位置する部屋の前に到着した。

 襖を開けた先に見えたのは実に立派な機織り機。
 側には経糸たていとを用意するための整経せいけい台もある。
 機織り機は部屋の真ん中に設置されており、窓からは裏庭の竹林が見える。
 風通しが良いらしく、竹林がさざなみの音を立てると同時に涼しい風が部屋へ吹き込んでくる。

 静かに布を織る為に用意されたような空間にほだされ、八重は機織り機を触りたい気持ちを掻き立てられた。

「この部屋も好きに使って良いわ。絹糸以外に欲しいものがあれば言いなさいね」

 当主の言葉を受け、八重はハッと現実に引き戻された。

「ほ、本当に私如きが使って良いんでしょうか……」

 どうしても火焚家にある全ての物に対して、軽々しく触れて良いとは思えない。
 それは自分自身が片翅かたはねの半端者であり、不出来な人間だろうと思うから。
 そんな八重の不安を当主は笑い飛ばした。

「やぁだ、八重ちゃんったら~! 使って良いから連れて来たのよ? 八重ちゃんが布を織りたいなら、好きなだけ織れば良いのよ。織った布も好きに使いなさい。太蝋が八重ちゃんにあげたくて取り寄せたものなんですからね」

 当主は「楽しんでね」と言い残し、機織り部屋を出て行った。
 部屋に残されたのは茫然とする八重と、絹糸が入った桐箱を持った新人の女中。

 暫く茫然としていた八重は新人の女中の「奥様? 大丈夫ですか?」と言う声で我に帰り、改めて機織り機に目を向けた。

 壊れ物に触れるように怖ず怖ずと機織り機に手を滑らせる。
 埃一つなく手入れされた機織り機は何処も傷んでいない。
 大切に管理されていたとも言えるし、全く使われていなかったようにも見える。

 いずれにしても、また絹糸に触れる時間を持って良いと許されたのは八重にとって幸せに違いなかった。

(……旦那様とお義母様に、何か作って贈ろうかしら)

 思わぬ形で二人の気遣いを感じた結果、八重は芽生えた感謝の気持ちを込めて絹を織ることを決めた。
 着物の袖をたすき掛けし身動きをしやすい格好になると、八重は新人の女中から絹糸が入った箱を受け取った。

 一束手に持つと懐かしい感覚に包まれた。
 陽だまりような暖かさが手先から全身に広がっていく。ホッと心が安らいだ。

 手慣れた様子で絹糸を手繰り、八重は整経せいけい台で経糸たていとを準備し始めた。
 反物を織る為の前準備の一つである。
 するすると絹糸が整経せいけい台の棒に巻き付けられていき、長い長い糸の束が出来上がっていく。

(絹が出来たら、何を作ろうかしら)

 わくわくと胸を躍らせながら八重は微笑みを浮かべて作業を続けた。
 純白の絹糸が夏の太陽光をキラキラと反射させて機織り部屋を満たす光景は、心無い言葉や視線に晒され続けて憂鬱になっていた気持ちを晴れやかにしてくれた。
 土砂降り続きだった心の暗雲が晴れていくようだった。


   第一章【雨だれ石を穿つ】 完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...