光と影

ロキ

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第十三話「再生の光」

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2025年2月21日、午前7時30分。
聖マリア病院12階、造血幹細胞移植センター。
麗子は手術着に着替え、ベッドで最終の準備を待っていた。
「体温36.6度、血圧112/76、脈拍68、すべて正常範囲内です」
移植コーディネーターの田中看護師が、最終チェックを行う。
「これから骨髄採取についての最終確認をさせていただきます」
村井医師が、タブレットを手に説明を始める。
「採取予定量は体重に応じて800ml。両側後腸骨から15~20カ所ほど穿刺して吸引します。手術時間は約3時間。全身麻酔下で行います」
真理子が娘の手を握る。Hermèsのスカーフが、母の震える指先を隠せていない。
「麗子…」
「ママ、大丈夫よ。むしろ美咲の方が大変なの」
麗子は母を安心させようとする。
隣室のクリーンルームでは、美咲が移植前処置として大量化学療法を受けていた。
シクロフォスファミドとブスルファンの組み合わせによる骨髄破壊的前処置。既存の造血幹細胞を完全に破壊し、新しい骨髄を受け入れる準備だ。
「美咲さん、抗がん剤の投与、あと10時間です」
白衣に防護服を着た看護師が声をかける。
美咲は弱々しく頷く。既に吐き気と倦怠感に襲われていた。
午前8時、手術室。
麗子はうつ伏せの状態で、麻酔科医の最終チェックを受ける。
「麗子さん、これから全身麻酔を開始します」
ベテラン麻酔科医の山本医師が、静脈路から麻酔薬を注入し始める。
「10秒ほどで眠くなりますよ。100まで数えてみてください」
「100、99、98…」
麗子の意識が徐々に遠のいていく。
最後に脳裏に浮かんだのは、15年前に別れた日の美咲の笑顔だった。

午前8時30分、手術室内。
無影灯の下で、村井医師が執刀を開始する。
「骨髄採取、開始します」
「全身麻酔安定。バイタルサイン良好です」
山本麻酔科医が確認する。
手術は精密な作業の連続だった。
まず、両側後腸骨に印をつけ、15カ所の穿刺ポイントを決定。
消毒後、特殊な骨髄採取針を使用して、一カ所ずつ慎重に骨髄液を吸引していく。
「5ml採取完了、色調良好」
「骨髄液の細胞数、予想値内です」
手術室には4人のスタッフ。
執刀医の村井、麻酔科医の山本、
移植コーディネーターの田中、そして手術助手の木村。
全員が緊張感を持って作業を進める。
「現在の採取量300ml」
「患者のヘモグロビン値、安定しています」
「自己血輸血の準備、完了」
隣室のクリーンルームでは、美咲の前処置が続いていた。
「抗がん剤投与残り8時間」
「バイタル変動なし。吐き気の訴えに対し、制吐剤を追加」
待合室。
真理子と健一は、沈黙の中で時を刻んでいた。
「奥様、お召し物が届きました」
秘書の鈴木が、黒いセリーヌのスーツを持ってくる。
夕方の記者会見用の衣装だ。
「ありがとう、でも…」
真理子は言葉を詰まらせる。
「記者会見は延期します。今は、家族のことだけ…」
健一が黙って妻の肩に手を置く。
かつて、この二人は血のつながりという理由で別れを選んだ。
しかし今、血のつながらない親子の絆のために、共に戦っている。
午前10時45分。
「予定採取量800ml、達成しました」
村井医師の声が響く。
「骨髄液の性状、細胞数、共に理想的です」
採取された骨髄液は、直ちに特殊な処理室へ。
移植までの6時間、厳重な管理下で保管される。

午後1時、回復室。
麻酔から覚めた麗子は、背部の鈍痛に耐えながら横たわっていた。
モニターには安定したバイタルサインが表示されている。
「麗子さん、痛みの具合はいかがですか?スケール1-10で」
担当看護師の山下が、優しく声をかける。
「6…くらい」
かすれた声で麗子が答える。
「では、フェンタニルを0.5mg追加しましょう」
看護師が点滴ラインをチェックしながら、鎮痛剤を注入する。
真理子が静かに入室してくる。
Hermèsのスカーフは既に外され、疲れた表情が隠せない。
「麗子…骨髄液の状態が理想的だったわ」
母の声が震える。
「美咲の体内で、新しい命として生まれ変わるのね」
一方、クリーンルーム。
美咲は前処置の最終段階を迎えていた。
「体温37.8度、発熱傾向です」
「白血球数、予定通り低下しています」
「免疫抑制剤の投与を開始します」
午後6時、移植準備室。
村井医師が最終チェックを行う。
「骨髄液の細胞数、1.8×10⁸/kg」
「HLA適合度、予想以上に良好です」
「細菌培養検査、陰性確認」
午後8時、いよいよ移植手術開始。
クリーンルーム内は、厳重な無菌管理下に置かれていた。
「中心静脈カテーテルからの輸注を開始します」
「バイタルサイン、モニタリング開始」
「予定輸注時間、120分」
待合室では、車椅子に座った麗子が、
両親と共に妹の無事を祈っていた。
「お姉ちゃんの細胞が、美咲の中で新しい命になる」
麗子の瞳に、涙が光る。
「これが本当の意味での姉妹の絆ね」
午後10時15分。
「移植完了しました」
村井医師の声に、待合室の緊張が解ける。
「これからが正念場です」
医師は続ける。
「生着までの3週間、そして退院までの3ヶ月。
長い戦いになりますが…」
「私たち、必ず乗り越えます」
麗子の声には、強い決意が込められていた。
深夜0時。
東京の夜景が、病室の窓から見える。
美咲は無菌室で静かに眠り、
麗子は回復室で安らかな寝息を立てていた。
姉妹の細胞が一つとなったこの夜、
新たな命の物語が始まろうとしていた。
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