私だってあなたを愛するつもりはありません、宰相殿

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51. 番外編*執務室の使い方

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 屋敷は玩具箱をひっくり返したようなお祭り騒ぎ。
「おめでとうございます! 良かったですなぁ、旦那様」
「めでたいですね! ジェフ様!」
「本当に淋しかったですよ、奥様……今晩から最高ですね、ジェフ様」
「良い御式でしたね!! おめでとうございます、奥様!
「ありがとうございます!!」

 ジェフが全員に横で大変適当に「おん」と返している。屋敷の面々が紙吹雪をまき散らして再び帰ってきた自分を歓迎してくれる様子に、シャルロットは胸がいっぱいになった。
「また今日からよろしくお願いします」
 式には参列しなかった人々の家族も含めて、二十人以上の並んだ笑顔が拍手で奥様の出戻り(?)を祝った。

 ジェフとの再婚を決めてから、頻繁にカーターの屋敷には遊びに戻ってきてはいたものの、父も兄も生活基盤まで戻すことは許さず、嫁入りはマルーンから! と決められて挙式までは『通い婚約者』状態が続いていた。いよいよ改めて今日から完全に居を移すことになる。
 式場から一緒に帰ってきたテルミアたちも忙しなく支度に戻って行く。夫婦の支度が終われば、家人たちは皆で祝いの会を開くらしい。セバスがアレコレと指示を出して采配をした。
「さぁさぁ、奥様のお部屋は今日からご夫婦の寝室隣に移動しておりますから、坊ちゃまも一緒に中を確認しておいてください。内鍵をお伝えするのを忘れず。と言っても中身をそっくり移し替えただけですが。カーテンやクロスなどは少しテルミアが変えましたよ」
「ありがとうございます!」
 楽しみ! とシャルロットがにこにことジェフの顔を見上げる。
「楽しみったって、朝に見たけど全く同じ部屋だったぞ」
「だってまた今日から大好きな部屋に住めるんですから、楽しみでしょう」
「そう? だけどあんまり使わないんじゃないか」
「どうして?」
「君、そんなに机で勉強するタイプでもないような。お茶も皆でするだろう。夜も使わないんじゃ用事も少ない」
 シャルロットの目が泳ぐ。
「どうした」
「いえ……そう……かなぁ……?と……」

 シャルロットの眉間に皺が寄る。

 プロポーズを受けてから今日まで、準備もあって半年が空いた。
 その間の二人は忙しい合間を縫って双方の屋敷に足を運び、逢瀬を重ねるしかない。
 なかなかジェフが忙しくて時間が取れない中、昼間に遊びに来ていたシャルロットに電話をかけてきて帰宅まで足止めさせてスケジュールを合わせたり、忘れ物をして執政棟まで届けて会いに来させたり、ついでにそのまま宰相室に閉じ込めたりと、あの手この手で時間を作ろうと努力してくれた。今から始まる夜を考えると、逢瀬の中身をなし崩し的に思い出し、シャルロットはだんだん顔が赤くなる。

「後程わたくしが奥様のお仕度に参りますので、イルダが先かもしれませんがお部屋でそのままお待ちください。ジェフ様は寝室の湯をお使いくださって結構ですので、お好きなタイミングでどうぞ」

 おしたく…

 テルミアの言葉に難しい顔をしながら赤面する顔のややこしい奥様を全員が知らぬふりをしているが、機嫌の良さそうな主人が薄笑いでその場を制圧しているので粛々と進むしかない。

「部屋を見に行こうか」
 俯く妻の顔を横から覗き込んで小さく尋ねてやると、微かに首が頷く。
 皆の見ている前で手を引かれて、シャルロットは新しい自分の部屋に向かった。

 夫の手が熱い。


 ****

 ジェフの手のひらが案外熱いと知ったのは、勿論プロポーズの後である。
 毎回必ずキスを繰り返すようになって、顔中を撫でていた手は背中に腰に、服の裾やボタンの隙間から手品みたいに肌を触ろうとしてくるのに時間はかからなかった。

 その日もセバスが電話を切った後で『坊ちゃまがシェフのケータリングを召し上がりたいというので届けて頂けますか』と適当な理由を付けられて、シャルロットは弁当と共に昼休みの宰相室に放り込まれることになった。隣でビビアンが『いいな~! 私も執政棟じゃなかったら行くのに~!』と唇を突き出して拗ねている。

 執政棟の入り口から案内役の補佐事務官に連れられて、宰相室の扉の前に来る。既に二回ほど忘れ物を届けに来ているので見知った扉である。事務官が扉を叩いた。
「どうぞ」
 バルカスの声がする。
「奥様をお連れしました」
 事務官の後について部屋に入ると、数人のスーツが書類に目を通すジェフと机を囲んでいる所である。
「ありがとう、後はこっちで案内するよ」
「ありがとうございます」
 バルカスがにこやかにシャルロットを引き取り、二人は右奥に向かって進む。執務机の後ろにある奥の扉が開けられると、バルカスはシャルロットを促して先に入った。
 中は仮眠と休憩が取れる小部屋になっている。
「あともう少ししたら終わりますから、待っていてください」
「かしこまりました」
「これ、シャルロット様用のお菓子らしいですよ。一生懸命袋を開けてせっせと入れていらっしゃいましたから、食べてあげて下さい」
「ジェフが?」
 シャルロットは目を丸くして紹介された菓子の入った容器を見る。
「はい。テルミアに買ってこさせて、屋敷から持って来たらしいです」
「ふふふ」
 縦縞模様の入った大きなガラスのジャーには、シャルロットの好きな菓子ばかりが入っていた。カフェオレ味、レモン味、バタースコッチ味のキャンディ、チョコレート、紅茶のクッキーにカシュナッツ、ドライフルーツ……クリスマスに書き合いっこをした『好きなものリスト』に連ねたものばかりだった。
「ありがとうございます、のんびり待ってます」
 部屋には不釣り合いな可愛いジャーを愛おし気に撫でて、シャルロットはバルカスに言う。
「シャルロット様、ずいぶんと大人っぽくなられましたね」
「え?」
「再婚が決まって、急に大人……いや、女っぽく?」
「本当ですか」
 特に服の好みが変わった訳でもないが。だけどバルカスは天然でもわざとでも『たらし』だとビビアンが常から怒っているのを思い出して、適当に礼を言っておく。
「ありがとうございます。そういうバルカスさんこそ、髪を切ってから大変なんですって?」
「はは。別に大変では」
「もう結婚式は直ぐなのに、ウェーバー邸には諦めない女性から釣書やラブレターが毎日毎日届くってぼやいてましたよ」
「ビビが嬉しそうに見て、勝手に返事を書いています」
 知っている、とシャルロットは嬉しそうに笑う。実はその返事を一通書かされた。内緒だが。


 バルカスが戻り、静かになった小部屋で一人用のリクライニングチェアに腰かけてみる。
 小部屋の窓からは気持ちのいい陽気が木製ブラインドから漏れている。もう春を過ぎていた。
 それほど使う訳ではないらしいが、シングルベッドにリクライニングチェア、ローテーブルにソファ、小さなカウンターでは飲み物が作れる程度の炊事場がある。
 どの場所でも、ちょっと疲れたジェフが目を閉じている様子が想像できる。

 リクライニングチェアは気に入りだと前に来た時に言っていた。少し背中で押してみると、グッと背凭れが下がった。一度ジャーからお菓子を取ってスカートに広げると、くるっと薄紙の包みを開いてチョコレートを口に入れる。もう一度リクライニングさせて、パンプスを脱いでオットマンに足を上げた。ぼーっとしてみた後で長い睫毛の目を瞑る。本物のいちごが入った上等なチョコは酸味があって、やっぱり美味しかった。

 しばらく無心で目を瞑ったまま菓子を摘まんで開けて口に入れるゲームを一人でやってみる。だけどいくつ食べてもその成功にキリがなかったので、キャンディを最後に手を止めて、妄想してみることにした。折角なので『休憩をしている宰相』になってみる。

 ん~…と。

 〇〇大臣君! この件はどうなっとるんだね!? なに? 大赤字だと!! 
 ××チーフ! 在庫が足りないじゃないか! 間に合わない! 大変だ!

「宰相だと在庫はちょっと違うかなぁ……」
 スーパーマーケットの店長みたいになった。もっと別の、宰相っぽいやつ。

 △△伯爵! 領地解体に反対しているそうだね!? 君は逮捕だ!
 あ~。ありそう。
 なに、ラジオ局がテロリストに占領されただって!? 大変だ! とか?

「物騒だな」
「わっ」
 目を開けると、笑いながらジェフがこちらを見ていた。
「いつからいたの?」
「逮捕するところから。しないけど」
「逮捕しない?」
「しない。それとテロリストは困るが『大変だ』とかは言わないだろうな」
 おかしそうに言われて、シャルロットは恥ずかしそうに唇を食む。
「ジェフがいつもどんなこと考えながら休憩しているのかなって、想像です」
「それ休憩している場合じゃないだろう。有事に宰相職の人間が休憩しているようなら国が潰れる」
 そう言われると、そうかも。
「じゃあ、ここにいる時はお仕事のことは考えないんですね」
「考えないわけじゃないが」
「じゃあ、何を考えてるの?」
「なんだと思う?」
「あ、わかった、お酒のことですね。今日は何を飲もうかなぁ? とか」
「………否定はしないがぁ……最近は違う。断じて違う」

 腕を組んでじーっと自分を見つめてくる瞳は甘い。シャルロットは視線から逃れるようにリクライニングチェアから降りる。
「はい、ジェフがどうぞ?」
「座らんよ。食べよう。はい、ここにおいで。これと…これも?」
 ソファの横をポンポンと叩かれる。紙袋を覗きながら腹が減ったとジェフが言う。
「それはスープだそうです。ジェフの好きな冷製スープ」
「なんと。ビシソワーズ?」
「そう。これがバゲットですね」
 持って来た紙袋から二人で数種の小さなランチボックスを取り出して、カウンターから皿やカトラリを並べる。用意が出来ると、ソファに並んで昼食を食べ始めた。
「お父上に取り寄せた漢方はどうだった」
「まだ慣れないみたいで、悲しそうな顔で飲んでいます。でも飲み切るまでじっと見てたらちゃんと飲んでいるから、大丈夫」
「ずっと見ているのか?」
「そう。キャップにトロトロの黒い液体を注いで、渡して、飲ませて、洗う! までが私の夜のお仕事です」
「ロティがいなくなったらどうする」
「ん~……眼鏡がするのか、兄さまがするのか」

 二人で想像してみるが、最後まで飲み切るのか怪しくなった。
「娘の前なら頑張れても、不味いものを食べつけてない美食家のご老体には罰ゲームだな」
「ん~。じゃあパパにご褒美チケットを作ろうかしら」
「なんだそれ。どんなご褒美だ」
「ひと月飲み切ったらプレゼントするとか。肩揉みとか? デート券とか」
「俺もご褒美チケット欲しいな」
 ハーブチキンを飲み込んで、ジェフがポイっとフォークを置いた。
「デート券が欲しいのは私です! 外でデートしたいのに」
 執務室での逢瀬は三回目だったが、家の外ではあるものの断じてこれはデートではない。だけど多忙ゆえデートもままならないのもわかっている。わかっているけど!! と、心の中で叫んでいるとジェフの手が細いうなじを撫でにくる。シャルロットはハッとしてネクタイを両手で押した。
「ねぇ、聞いてる? 外でデートが」
「ちなみに俺が欲しいのはデート券じゃない」
「あ、ちょ……ん」
 押した胸は意味を為さず、肩を抱かれて口を塞がれる。舌で唇を舐められると自然にシャルロットの唇が開いてしまい、上機嫌でジェフが中に入ってくる。
「ん……」
 被さってきた顔が傾いてきて、奥まで深く舌が届く。シャルロットは首の後ろを二の腕に挟まれてどこにも逃げ場はない。舌は好き勝手に口内を愛撫し始める。ワイシャツを掴んで、追ってくる舌に逃げたり、ちょっと絡め返してみたり。ぎゅっと掴まれたその細い手の力が緩んでくるまで、ジェフは手のひらに収まる腰を撫でながら待った。

 シャルロットは自分が人形みたいになっていくのを感じる。前も最初はそうだった。
 同じように吸ったり吸われたり、絡めて舐めてやってみても、なぜかこちらは続かない。
 ジェフの舌は喋るのと同じくらいに器用に動いた。唾液でべとべとにしながら唇を擦り合わせて、合間に吸って、上顎を舐めあげる。延々と繰り返されると、唇の端を舐められるたびにゾクゾクして腰に力が入らなくなって、息が上手く継げなくなる。

「はぁ……は……」

 一度解放して貰っても、息を整えている間にまた傾いた顔が降ってくる。

「んん……んっ」
 肩を抱いていたのと反対の手が、ワンピースの後ろのボタンを上から順番に外していく。白地にグレイのストライプ、レースの襟が付いた半袖のワンピースはスルリと肩から落ちていく。
 せっかく最近で一番可愛い服を選んできたが、男の興味はそこにない。

 唇が離れると、剥き出しになった細い首とデコルテ、肩を舌が舐め降りる。シャルロットは口をぎゅっと閉じて焦げ茶の頭を撫でた。防音だと言われていても、この部屋で変な声は出しちゃいけない気がするから我慢する。
「別に誰も聞いてない」
 耳元で低くて甘い声がする。首を振って抗うが、そのまま耳を食まれて声は我慢できなくなる。
「んっ! ……あ、あ、あ」
 耳の中で水音が響いて、腰から力が完全に抜けていくから、腕を伸ばして肩にしがみついた。甘えるみたいに後ろ髪を掴んで、顔を赤くして身を捩る。

 そうして耳の刺激に身を捩らせながら耐えているのに、大きな両手はシルクのスリップの上からさらにレースのやわらかなブラ越しに白い乳房を揉み始める。
「……フ……ジェ、フっ」
 頼りなく名前を呼んでも答えてくれない。代わりに下着の中へ潜り込んだ硬い指先がまだ顔を出さない先端を引っ掻く。
「あ、ぁ」
 はぁはぁと呼吸は乱れて、耳中で響く水音に唇の端で伝う涎、両方で摘ままれ始めた刺激にズクズクと腰が疼く。
「ジェフ……ジェフ……んんっ」
「………」
 そうやって呼ばれるのが男の大好物になっていることも知らず、慣れない行為に混乱と甘えた期待をポタポタと垂らし、懇願するように名を口にする。
「靴、脱げる?」
「は……ぃ」
 潤んだ瞳で頷いて、パンプスを脱ぐと横抱きにされた。また口づけをしている間にスリップもブラも片方を外されたり上にずり上げられて、乳房が露わになる。
「ねぇ、本当に誰も入ってこない?」
「入ってくるなと言ってある」
 悪い顔をして笑っているジェフが胸の先に口づけて、スカートの裾からショーツの中に指が入ってくると、もうだめだった。
 我慢できなくて蕩け始めたシャルロットから声が漏れ出る。
「ぁぁ……ん、ん、あ」
 二回のこの部屋への訪問に限らず、車の中や屋敷の温室でたびたび教え込まれた快楽を思い出し、脚の間は既に濡れている。まだジェフを受け入れたことはないが、ほぼそれに等しい行為に近づいて行っている……たぶん。
 ぬかるんだ熱を持つ狭い隘路にゆっくり埋まって行く長い指と、埋もれた小さな突起を探し出す短い指。器用に同時に、微かに動く。
 ツンと立った赤い胸の先端は吸われるたびに腰を揺らす。
「ふぅ……ん……あ、ぁぁぁん……やだ、やだ」
 嫌がっても止めてくれないのだが、別に本当に嫌がってないのは下腹部がきゅんきゅんして証明してしまっている。
 胸の先を交互に長い舌に巻き取られて、クリクリ転がされて、吸われて下の口が指を締め付ける。左手はもうビショビショで、スーツを濡らした。馴染んだ後でジェフがもう一本増やしてやると、シャルロットの腰が反る。
「あぁ……ぁ……そ、ん」
 涙目で手を伸ばし、男の耳を掴んでキスをねだる。
 部屋にくちゅくちゅと卑猥な音と口を塞いでもらって籠るシャルロットの可愛い鳴き声が響く。だんだん、口づけも出来なくなって俯き、長い睫毛の目を閉じた。

「………………ん、ん、ん…~~~~~」

「イく?」
 分かっているくせに聞いてきて、ワイシャツに顔を埋めて頷くと指が奥を迷いなく速く突き始める。ぎゅーっとしがみついた身体に力が入って、達した瞬間に声も動きも止まる。

「はぁ……はぁ……っはぁ」

 荒い息を吐いてシャツから顔を離し、目を細めたジェフにまた深く口づけられる。
「ロティ」
「……? はぁ……い」
「帰さないけど、いいかな?」
 クッタリしながらも眉を顰める。決定事項なのか了解を得たいのか意味が分からぬ質問でしかない。それからワンピースを剥がされて、下着姿でシングルベッドに放り込まれる。

 ああ、結局また前と一緒だ。
 仕事に戻ったジェフは休憩のたびにシャルロットの身体をいじくり倒して、それでまた仕事に戻るのだ。シャルロットはいつの間にか丸裸にされてすやすや眠り、夜に起こされて自宅まで送られる。ジェフがバティークに怒られながら寝室まで運んでくれる。兄は屋敷で遊んでご飯を食べてただ遅くなっているだけだと思っているのでシャルロットは全力で寝たふりをするしかない。
「おやすみ、シャルロット」


 そんな逢瀬を思い出しながら、シャルロットは手を引かれて新しい自室へと向かったのである。
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