答え合わせでエピローグ

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上司は…レオは魔力管理局の第四管理官で、長官や他の管理官からも頼りにされるような明らかに皆が一目置いている存在だった。マイペースで天才肌、組織の中でも誰とも馴れ合わない孤高の人。三百六十五日管理局にいて、ほとんど管理官室に住んでいた。いつもボサボサの身なり、長い前髪で隠れた表情は分かりにくく、髭も注意されるまで剃らないし、余裕で寝食を忘れる不摂生の為に大体顔色が悪かった。私の補佐官としての役割はその半分が彼への誘導で、
『管理官、お食事しましょうか』
『管理官、ちょっとお昼寝しましょうか』
『管理官、こっちの仕事もそろそろ進めましょうか』
 聞いているのか聞いていないのか、魔力関連の案件に向き合い始めると日常生活がままならなくなる上司の口に食事を突っ込み、ベッドに押し込んで部屋を真っ暗に。会議の前には局の風呂を予約して入らせたりと、今から思えばウィルと大差ないくらいの世話が必要な人だった。

 私はスキップして卒業した二十一の年に入局し、当時レベル3だった男性、デニスと入れ替わりで管理官補佐になった。補佐とは言っても局では上から数えた方が断然早い、次期管理官候補である。仕事の性質上、この局では取り分けレベルの高さがあらゆる場面で優先される。有能か無能かはある程度の学力と教育で何とでもなるので大きく影響しない。視力が良いのと同じなのだ。感じられるか、肌でわかるのか…これはもう感覚でしか理解できない。一つ上のレベルというのは歴然と自領域に差があった。本来なら魔力というのはそういうもののはずだ。
 デニスも頭では理解していたのだろう。だけどこの男が長年勤めた貴族の次男で性格がねじ曲がっていたのと、魔力管理局は想像よりも貴族独特の権力構造が染みついており、とんでもないことに私は平民出身だった。

 平民クラウディアはあばずれで、第四管理官を身体で篭絡して補佐官になったと噂が立つようになったのは勤続期間が半年を過ぎた頃だろうか。
 中枢に近づくごとに貴族が増えていくこの国では、血脈による資質に甘えて努力知らずの人間が多い。だから離職率も高い。働かなくても食べていけるので、ちょっと嫌なことがあれば貴族の坊ちゃんなんて『やーめた!』が普通。だからかどうかは知らないが、デニスは私もそのうち辞めるとでも思ったのだろう。だけど平民の私がそんな簡単に辞めるわけがない。学費だってバカにならない中で掴み取った高給取りの立ち位置だ。

 短絡的にも彼は異動先から嫌がらせを始め、意外にも粘り強くそれを続けた。変な所に根性があった。暇だったのだろう。
 第四管理官室に行く時は耳を澄ましてから入れ、毎日スカートを穿いているその理由、金さえはずめば買えるらしい、夜は別の店で働いている…質の悪い冗談で私よりずっと勤続年数の長い人たちが噂しているのをうっかり直接聞いたのは一度や二度ではない。新参者で平民の私には職場で友達と言える人もおらず、誰とも目が合わない。自分の世話を全くしない上司の面倒を見ながら淡々と心を閉じて働いた。仕事はすごく楽しかったから、それが私の生活の全てだった。

「僕と君はデキているらしいよ」
 一年を過ぎて、やっと噂を知った上司がそう言ったのは出先から管理局までの帰り道だった。薄紅色の花びらが右から左へ流れていく陽気な春の昼下がり。
「ご存知なかったんですね」
 薄々思ってはいたけどね。
「君、知っていたの」
「知らないのは管理官くらいですよ」
「なぜ否定しないんだ」
「申し訳ございません。面と向かって言われたこともないので否定する場所がなく。御貴族様は表立って人の噂話はされませんし…何より私は入局以来コレで、職場に友ができません」
 管理官は丸くした後、目を細めた。
「それもそうか。ははは、噂というのは当人になってみると面白いね。僕まで対象なら直ぐに噂が消えるはずだけど、そうでもないのは珍しいな」
「面白いですか」
「うん。でもなぜそんな噂が?」
「やっかみです。私がスキップして卒業の上、レベル4で入局後すぐに前任と入れ替わりで補佐に入ったので。しかも平民でしょう。ご安心なさって下さい。管理官はとばっちり、あばずれ補佐官クラウディアと言う完全に私への悪評が主軸です」
「そうか…僕の力も君の魅力には負けるか。だけど君、本当は管理官でもやっていける。やっかんだヤツはそれもわからなかったか。レベルがやっぱり低すぎるな。局員の退廃は年々増す。最近、レベル4以上は軍務省が根こそぎ持って行くから」
「………」
 私も最初は軍務省から引き抜きにあったが、目のことがあって逆に試験には落ちた。

 風に煽られた花びらが、立ち止まった私と管理官の間を流れていく。
 彼の手が私の髪にくっついた薄く淡い花弁を摘まんで逃がす。
「君に選択肢をあげようか」
「選択肢ですか」
「そう、人生とは選択の連続だ。まずひとつ目は僕が一人で噂を消すこと、そしてふたつ目は我々が二人で噂を消すこと」
 さぁ、どっちが良いかな。
 上司は珍しく手のひらで前髪をかきあげた。真顔で私を見下ろしている。いつも隠れて殆ど見えない瞳はくっきりとした綺麗な二重。ウィルと同じアーモンド形の瞳。そこで私は初めてじっくりとレオと見つめあった。
「ふたつ目の意味、は…」
「賢い君ならわかるだろう。噂は真実になれば、消える」
「そうでしょうか?」
 つまりマジでデキてることにする、と。でも余計にしっかり認識されるだけじゃ?
「本当なら噂をし続けるのも馬鹿らしくなる。曖昧だからこそ噂にうま味が出るんだから」
 そう言われると、そのような気もした。私は想像してみる。何度か聞いた噂話を耳にした時の自分が、それは噂でなく本当だとほくそ笑んでいる様子を。
「急にこんなこと言って驚くかもしれないけど。もう君なしではこの先考えられない」
「ああ…それはそうでしょうね」
 多分デニスはこれほどに管理官の世話はしなかっただろう。案件にはよるが、世話をして管理官の思考時間を確保することがどれほどこの国に恩恵をもたらすのかを理解できなかっただろうから。
「意味わかってるかな? 口説いているんだよ、君が欲しいって。まぁ急いで決めてくれなくていいから、ゆっくり考えてみて欲しい。答えはそれから」
「随分と直截的ですね?」
「僕も男だ。ヤる時はヤらないと」
 わぁ。
「なんだ、その顔」
「わかりました」
「なにが?」
「よろしくお願いします!私も噂には腹が立っていましたし、見返してやりたいから、噂を真実にしてみましょうとも」
「……よく考えた? 結構人生が変わるけど」
「大丈夫ですよ。それに、そんなに変わりません」
「そう?」
「だって、別に仕事を辞める訳じゃないでしょう?」
「ん…ああ、うん」

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