4 / 7
4
しおりを挟むギリアムさんが黙して私の回想を聞いている。
「その時点で、私の認識が甘かったんです」
「そうだろうね」
「ええ、噂を真実にする行為が一度だけだと思っていたのが間違いでした。男性とはもう少し…何と言うかその…想像以上に欲張りさんで」
「え、そこ?」
「でもレオはとても優しくて。没頭すると色々と大変ですけど、手を焼く子ほど可愛いって言うじゃないですか。そんな感じで。私、その上司が大好きで大好きで、つまり大好きになっちゃったんです」
「だ!」
管理官室ではいつも二人きりだった。誰も私たちを見ていなかったから。
レオはマイペースで急に何かが変わった訳じゃなかったけれど、おはようのキスをしたり、寒い朝に出勤して冷えた私を温めてくれたり、以前より私に色々と教え込んで試験を受けさせたりした。管理官室から帰らない日も増えたけれど、どんどん自分が充実していくのが実感できた。それもこれも全部レオのおかげだった。
「ふふふ。内緒ですよ、彼にも言ったことないんですから。私、もうひとりで夢中になっちゃって。全てを安心して委ねてくれる彼が愛しくて…愛しくて愛しくて、自分の気持ちが怖くなるくらい」
「…………」
「あっ、すいません! でも、もう彼とは会うこともありませんし、私は新しいパートナーを探しに此処へ来ていますから。ギリアムさんのことも教えてください」
「新しい、パートナー」
「ええ。いい加減、私も前を向かなくちゃ」
「前を向けるんですか? その彼、貴女を探しているのでしょう。そもそもどうして逃げたのですか」
「恐らくもう探しはしていないと思います。流石に。四年が経ちましたし」
噂を真実にしてから二年が経って、気が付けば資格お化けのようになっていた私に誰も意見する者はいなくなり、退官する一人の管理官の後釜に私の名が上がるようになった。
「君を管理官に押そうと思っている」
「あ…ありがとうございます!」
普通で行けば平民の私が管理官になることなどあり得ないのだが、レオは様々な手を尽くして私を管理官に押し上げようとしていた。別にそこまでを望んだ訳ではなかったけれど『君が実力者になるほど都合がいい』と言っていたように思う。
「都合がいい、とはどういう意味ですか?」
ギリアムさんが私をじっと見つめて尋ねる。きっと、とても都合よく遊ばれた女だと内心で哀れに思っているのだろう。
「ん~…多分ですけど、彼には局内で一大改革をしたいような考えがあったのではないでしょうか。内部の退廃も進んでいましたから。私に色んな資格を取らせたりしたのもその一環かと思います。手籠めにしているし、コマとしてちょうどいいでしょう」
「クラウディアさんは、少しずれていると言われることはありませんか?」
「ずれている? 言われませんね。家では皆私を頼りにしてくれていましたし、友達もしっかりもののクラウディアだと」
「その値札の付いたワンピースですが」
「えっっっ」
急いで指さされた先を見るとサシェにブラブラと小さな値札が付いていた。慌てて引きちぎる。
「は…はずかしぬ…」
「女性の服のことは詳しくはわかりませんが、その服はもっと華美なヘアメイクの女性が着るものじゃないですか? 例えば夜の商売をするような」
「そうなのですか? でも私はあばずれなので丁度いいでしょう。何せ数年ぶりでまともにフルメイクして、これでもやり過ぎた気がしていたのですが、足りてなかったのですね」
「あばずれ?」
「だってそうでしょう? 話を聞いていました? え~っと、質問なんでしたっけ」
「なぜ逃げたのかですね」
「あ、そうそう。それで管理官の登用試験が近づいてきた日、私は彼との子を身籠ったと気が付いたのです。あ、どうもありがとうございます」
お店の人が気を利かせて、新しく持ってきてくれた冷たいレモネードをかき混ぜる。レモネードも好物だった。私は柑橘系が好きなのだ。
「動揺しました。生活魔法で避妊していたのに、なぜ、と。気を付けていたはずだったのに」
「その男になぜすぐ言わなかったのですか」
「…言える訳ありません。レベル4です。レベル1の魔法を失敗して、平民の私が貴族の彼の子を? 上司は公爵家の流れを汲む姓です。はは、画策を疑いこそすれ失敗なんて誰も信じないでしょうね」
ギリアムさんはギュッと目を瞑って、眉間に指をあてて聞いている。
「それと最初も言いましたが、私には色が一部わからない問題がある。それも特に必要がなかったので、相手に伝えていませんでした。お互いに割り切った関係を了承しただけだから…なのに子どもができて更になんて、裏切りもいい所です。嫌われる可能性すらあった」
嫌われることを想像して、夢に見たこともある。切羽詰まっていると、不思議なくらい嫌な夢しか見ない。
「だけど」
「だけど?」
「怒ったり、後悔したりはしない人なのも分かっていたので、困らせたくなかった。それが一番ですね。レオは素晴らしい人でしたから。きっと責任をとる方向に話が行ってしまう予感しかなくて。そんなの申訳がなさすぎます」
「だから、逃げた?」
「ええ。絶対に産みたかった…彼の子を。だから『ある朝突然』、を計画して消えました」
悟られる訳にはいかず、レベル4を駆使して転移しまくり、三晩で生活基盤を整えて逃げた。
「あのタイミングだと、平民でありながらの管理官登用に怖気づいたと思われたでしょう。何より私に色んな手間を惜しみなくかけてくださった彼に大変な迷惑をかけたと思います。さすがに怒って私を探し回るかもしれないと」
「怒られたなら本当のことを打ち明ければ良かっただけではないですか」
「そう…」
そうですね、と言おうとして、ポロっと目から水がこぼれ出る。
「あ」
「あ、すいません。ふふ。言えれば、よかった。言って甘えて、確かにね」
「…そうだな。それが出来る人なら、そもそも最初の嫌がらせで何か月も耐えたりしないか」
42
あなたにおすすめの小説
白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで
しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」
崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。
助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。
焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。
私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。
放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。
そして――
一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。
無理な拡張はしない。
甘い条件には飛びつかない。
不利な契約は、きっぱり拒絶する。
やがてその姿勢は王宮にも波及し、
高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。
ざまあは派手ではない。
けれど確実。
焦らせた者も、慢心した者も、
気づけば“選ばれない側”になっている。
これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。
そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。
隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
戸を開いたその先に。~捨てられ縫い姫は、貧乏進士(実は皇帝)に溺愛される~
若松だんご
恋愛
――すまない! 少し休ませてもらえないか!
今日は、門の前で訪れる男性を待つ日。「婿取りの儀式」
門を開け、招き入れた男性を夫とする。
そんなしきたりに従って、家の裏門で訪れる予定もない相手を待っていたのだけれど。
――すまない。連れの具合が良くないんだ。
やや強引に、ぐったりした連れの少年を抱えて入ってきた青年。
十のときに母が亡くなり、父が連れてきた義母と異母姉。
実の娘なのに、屋敷の隅に追いやられ、もっぱら縫い物ばかりさせられていた。
その上、幼い頃からの許嫁だった人からも婚約破棄され、彼は異母姉の夫となった。
「こんな男を夫にするのか!」
彼らに出会ったことで、父親から勘当されたリファ。
そんな彼女を助けてくれたのは、今日が婿取りの儀式だと知らず飛び込んできた青年。
――身の振り方が決まるまで。
妻にする気はない。自由にして構わない。
セイランと名乗った青年は、頼る先のないリファに、とりあえずの暮らすところを提供してくれた。
地方から省試を受けるため上京してきたというセイラン。彼の従者で、弟みたいな少年、ハクエイ。
彼らと暮らしながら、少しずつ自立のために縫い物仕事を引き受けたり、彼らのために家事に勤しんだり。
家族に捨てられ、婚約者からも見捨てられ。
悲しみに、絶望しかけていたリファは、彼らと暮らすことで、少しずつその心を癒やしていくけれど。
――自立。
いつかは、彼らと別れて一人で暮らしていかなくては。いつまでも厚情に甘えてばかりいられない。
そう思うのに。
ずっとここで暮らしていたい。ハクエイと、……セイランさんといっしょに。
――彼女の境遇に同情しただけ。助けたのは、ちょっとした義侠心。
自分の運命に、誰かを巻き込みたくない。誰かを愛するなんてことはしない。
そう思うのに。
ずっとここで暮らしていたい。ただの進士として、……彼女といっしょに。
リファとセイラン。
互いに知らず惹かれ合う。相手を知れば知るほど、その想いは深まって――。
門を開けたことで、門をくぐったことで始まる、二人の恋の物語。
公爵令嬢のひとりごと
鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。
【完結】婚約破棄されましたが、私は【おでん屋台】で美味しい愛を手に入れたので幸せです
ともボン
恋愛
ランドルフ王国の第一王太子カーズ・ランドルフとの婚約記念の夜。
男爵令嬢カレン・バードレンは、貴族たちのパーティーでカーズから婚約破棄された。
理由は「より強い〈結界姫〉であり最愛の女性が現れたから」という理不尽なものだった。
やがてカレンは実家からも勘当され、一夜にして地位も家族も失って孤独に死を待つだけの身になる。
そんなカレンが最後の晩餐に選んだのは、早死にした最愛の叔父から何度も連れられた【おでん屋台】だった。
カレンは異国の料理に舌鼓みを打っていると、銀髪の美青年――カイトが店内にふらりと入ってきた。
そして、このカイトとの出会いがカレンの運命を変える。
一方、カレンと婚約破棄したことでランドルフ王国はとんでもない目に……。
これはすべてを失った男爵令嬢が、【おでん屋台】によって一夜にしてすべてを手に入れる美味しい恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる