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しおりを挟むギリアムさんが黙して私の回想を聞いている。
「その時点で、私の認識が甘かったんです」
「そうだろうね」
「ええ、噂を真実にする行為が一度だけだと思っていたのが間違いでした。男性とはもう少し…何と言うかその…想像以上に欲張りさんで」
「え、そこ?」
「でもレオはとても優しくて。没頭すると色々と大変ですけど、手を焼く子ほど可愛いって言うじゃないですか。そんな感じで。私、その上司が大好きで大好きで、つまり大好きになっちゃったんです」
「だ!」
管理官室ではいつも二人きりだった。誰も私たちを見ていなかったから。
レオはマイペースで急に何かが変わった訳じゃなかったけれど、おはようのキスをしたり、寒い朝に出勤して冷えた私を温めてくれたり、以前より私に色々と教え込んで試験を受けさせたりした。管理官室から帰らない日も増えたけれど、どんどん自分が充実していくのが実感できた。それもこれも全部レオのおかげだった。
「ふふふ。内緒ですよ、彼にも言ったことないんですから。私、もうひとりで夢中になっちゃって。全てを安心して委ねてくれる彼が愛しくて…愛しくて愛しくて、自分の気持ちが怖くなるくらい」
「…………」
「あっ、すいません! でも、もう彼とは会うこともありませんし、私は新しいパートナーを探しに此処へ来ていますから。ギリアムさんのことも教えてください」
「新しい、パートナー」
「ええ。いい加減、私も前を向かなくちゃ」
「前を向けるんですか? その彼、貴女を探しているのでしょう。そもそもどうして逃げたのですか」
「恐らくもう探しはしていないと思います。流石に。四年が経ちましたし」
噂を真実にしてから二年が経って、気が付けば資格お化けのようになっていた私に誰も意見する者はいなくなり、退官する一人の管理官の後釜に私の名が上がるようになった。
「君を管理官に押そうと思っている」
「あ…ありがとうございます!」
普通で行けば平民の私が管理官になることなどあり得ないのだが、レオは様々な手を尽くして私を管理官に押し上げようとしていた。別にそこまでを望んだ訳ではなかったけれど『君が実力者になるほど都合がいい』と言っていたように思う。
「都合がいい、とはどういう意味ですか?」
ギリアムさんが私をじっと見つめて尋ねる。きっと、とても都合よく遊ばれた女だと内心で哀れに思っているのだろう。
「ん~…多分ですけど、彼には局内で一大改革をしたいような考えがあったのではないでしょうか。内部の退廃も進んでいましたから。私に色んな資格を取らせたりしたのもその一環かと思います。手籠めにしているし、コマとしてちょうどいいでしょう」
「クラウディアさんは、少しずれていると言われることはありませんか?」
「ずれている? 言われませんね。家では皆私を頼りにしてくれていましたし、友達もしっかりもののクラウディアだと」
「その値札の付いたワンピースですが」
「えっっっ」
急いで指さされた先を見るとサシェにブラブラと小さな値札が付いていた。慌てて引きちぎる。
「は…はずかしぬ…」
「女性の服のことは詳しくはわかりませんが、その服はもっと華美なヘアメイクの女性が着るものじゃないですか? 例えば夜の商売をするような」
「そうなのですか? でも私はあばずれなので丁度いいでしょう。何せ数年ぶりでまともにフルメイクして、これでもやり過ぎた気がしていたのですが、足りてなかったのですね」
「あばずれ?」
「だってそうでしょう? 話を聞いていました? え~っと、質問なんでしたっけ」
「なぜ逃げたのかですね」
「あ、そうそう。それで管理官の登用試験が近づいてきた日、私は彼との子を身籠ったと気が付いたのです。あ、どうもありがとうございます」
お店の人が気を利かせて、新しく持ってきてくれた冷たいレモネードをかき混ぜる。レモネードも好物だった。私は柑橘系が好きなのだ。
「動揺しました。生活魔法で避妊していたのに、なぜ、と。気を付けていたはずだったのに」
「その男になぜすぐ言わなかったのですか」
「…言える訳ありません。レベル4です。レベル1の魔法を失敗して、平民の私が貴族の彼の子を? 上司は公爵家の流れを汲む姓です。はは、画策を疑いこそすれ失敗なんて誰も信じないでしょうね」
ギリアムさんはギュッと目を瞑って、眉間に指をあてて聞いている。
「それと最初も言いましたが、私には色が一部わからない問題がある。それも特に必要がなかったので、相手に伝えていませんでした。お互いに割り切った関係を了承しただけだから…なのに子どもができて更になんて、裏切りもいい所です。嫌われる可能性すらあった」
嫌われることを想像して、夢に見たこともある。切羽詰まっていると、不思議なくらい嫌な夢しか見ない。
「だけど」
「だけど?」
「怒ったり、後悔したりはしない人なのも分かっていたので、困らせたくなかった。それが一番ですね。レオは素晴らしい人でしたから。きっと責任をとる方向に話が行ってしまう予感しかなくて。そんなの申訳がなさすぎます」
「だから、逃げた?」
「ええ。絶対に産みたかった…彼の子を。だから『ある朝突然』、を計画して消えました」
悟られる訳にはいかず、レベル4を駆使して転移しまくり、三晩で生活基盤を整えて逃げた。
「あのタイミングだと、平民でありながらの管理官登用に怖気づいたと思われたでしょう。何より私に色んな手間を惜しみなくかけてくださった彼に大変な迷惑をかけたと思います。さすがに怒って私を探し回るかもしれないと」
「怒られたなら本当のことを打ち明ければ良かっただけではないですか」
「そう…」
そうですね、と言おうとして、ポロっと目から水がこぼれ出る。
「あ」
「あ、すいません。ふふ。言えれば、よかった。言って甘えて、確かにね」
「…そうだな。それが出来る人なら、そもそも最初の嫌がらせで何か月も耐えたりしないか」
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