海賊提督の悪妻

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グレイプ編

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 唇を染めた筆が降ろされる。
 次に髪にオイルを付けて細い三つ編みをいくつか作り、数本の三つ編みを使って美しい髪を左側に寄せて降ろした。

「はい……できあがり。はぁ……す~っごい綺麗ぇ……」

 オフショルダーのブルーグリーンのワンピースには裾に薄いオレンジで大輪を模した染色が施され、びっしりと濃い茶金のラインで細やかな模様が描き込まれている。着替えも済ませたその姿は、艶ややかな女神そのものだった。
「こんな服、どうして選べるのかしら。手品みたいね」
「ん~。でもネイたんが選ぶ気持ち、わかるよ! 私もマムに選んであげたいの、どれかわかるもん!」
「そうなの? トリーチェにはこんなデザインや柄のもの、売ってるのかどうかもわからないわ」
 売っていたとしても選べる自信はない。
「なくたって、どうにでもなるよ。マムって顔のパーツがす~ってしてるから……」
 モニークが洋服選びのポイントを色々とレクチャーしてくれて、リリアンヌは目から鱗をぼろぼろと零しながら聞いた。

 目尻にかけて描かれたアイラインはスッと上がり、トリーチェでの『可愛く丸みを帯びる瞳のライン』とは真反対。瞼のシャドウはオレンジゴールドに光り、唇にはヌーディで深みのあるベージュがひかれる。浅黒い肌が主流のグレイプカラーはどれも濃くて発色が強く、抜けるように白いリリアンヌの肌に映えた。
 髪もメイクも洋服も、総じてトリーチェの可愛らしさやゴテつきを削ぎ落としたスタイルで、それが逆に匂い立つ色気を放った。またリリアンヌ自身は気が付いていないが、深く暗い愉悦の底で女になった彼女自身の所作にも隠しようのない艶かしさが生まれている。

 これは完全に人目を惹くだろう、モニークは思う。大丈夫かしら。

 古くから貿易港には様々な国の人間がやってくる。さらに独立以来、グレイプは人口が欲しくて移民の受け入れを積極的に行っていた。結果、単一民族から成るトリーチェには当たり前だった画一的な美意識とは異なる、多種多様な美が醸成する土地になっていた。ドレス文化は既に荒廃、プレタポルテ既製服の定着が急速に根付いたのだ。貧しさも手伝い、高級路線のプレタポルテからも脱した形で既製服は一直線に安価に転がる。手軽で身近な流行の芽吹きを次々に促した。
 どんなのだっていいじゃない! 
 豊満な美、ヘルシーな美、肉体美、とんがった美、偏愛、色気、露出、肌の色や傷跡まで、あらゆる美が受け入れられる寛容な時代はもうとっくに到来している。

 その中でも、今のリリアンヌは極上の美を纏っている。

 やや吊り上がった眦も、すっと通った鼻梁も、愛想のない唇も、谷間のない身体が作る微かな曲線もユニセックスな神々しい魅力に溢れている。見れば見るほどに目を奪われるような。

「鏡見る?」
「別にいいわ」
 リリアンヌは鏡など興味がない。
「せっかく綺麗にお化粧したのに!!」
「……あ~、じゃあ、見る、見るわ」

 自慢げに『さー見ろ!』と手渡された鏡を覗き込み、リリアンヌは怪訝な顔をする。
「………私?」
「そお」
 ねっ、超綺麗でしょ!?
「………………」
 鏡の中にはポカンと口を開ける女が映っている。知っているようで、初対面の自分が。
 美しいのかは正直わからなかった。だけど狼狽えてしまう、目を離せなくて。
「モニークあなた、画家なのね?」
「はぁ~???」
 モニークはケラケラと笑った。
「マムも画家になれるわよ。お化粧なんて誰でも出来るんだから! 塗りゃあ良いだけ。これを、こっちに塗るじゃん? そんで……」



 すっかり時間も忘れてお化粧のイロハを教えてもらうと、結構な時間が経っていた。
「んじゃあ、私は行くね! あ、これ……住所ね。街に降りるなら、その、遊びに来て欲しいの」
「ありがとう、モニーク」

 リリアンヌは礼の後で、宝箱まで鎖を鳴らし近づくと、片手にたくさんのアクセサリーを持ってモニークの鞄に入れる。
「えっ……お代はネイたんから貰ってるわ」
「換金出来るでしょう? 暮らしの足しにするのも良いけど、宝石が本物なら小さな店を借りる頭金にしたり、いざって時の薬とか。子どもたちに遣ってもいいわね。上手に遣って女神の前髪を掴むのよ……と言っても私のモノじゃないけど」
 モニークは口を開けてリリアンヌを見る。思わずポッケの小さな指輪を触りながら。
「いいの? これ、絶対マムのだよ」
「私のじゃないわ。私、マムじゃないし。でも良いに決まってるじゃない。お金は必要な場所に流れるべきよ」
「ありがとう……」

 モニークは泣きそうになって、リリアンヌはそんな彼女を抱きしめた。
「良い匂い……マム」
 じんわり溢れたモニークの涙がリリアンヌの肩口を濡らす。
「モニークも良い匂いよ」


 ◆

 部屋に入って来たネイトは足を止めた。彼のミューズを凝視した後で、盛大に顔をしかめ、大股で近づいて来る。
「なにっ?」
「………」
「なにか!?」
「………」
 にやけていない男に動揺する。いよいよ殴られるとか。

 無言の圧に唾を飲み込むリリアンヌの両腕をふわりとベッドに付かせると、スカートをペロンと捲り上げてモニークが選んだ紐パンをしゅるりと解いてしまった。逆にリリアンヌはホッとする。そうだ、小さじ一杯分も精子を貯められない男であった。
「あ…………んんんんっ」
 ろくな前戯もないのだが、すでに潤った蜜口へ押し当てられた。だってもう戸口で目が合った瞬間から躾けられた犬みたいに我慢の涎が垂れていた。ちゅぷ、と卑猥な音を立て広げられていく。
 ちゅぷ、ちゅぷ、ズズズズズ……。
 ゆっくり、ゆっくりと腹側の壁に向かって太い昂りがずり上がって来た。
「んっ……あ、あ……イ……」

 ぬこぬこゆっくり擦って着衣のままリリアンヌを犯す。
 目を閉じるリリアンヌからは見えないが、どうにも不機嫌な顔で。
「いい?」
 トロトロの愛液が太腿を伝って流れてゆく。聞かずともわかる癖に、ネイトは耳元で囁く。
「……ん、いい、いい」
「街に降りても、男と目を合わすなよ。お前の胎は今から俺ので汚される。抱えて歩いていることを忘れるな」
「んっ、んっ、あ、あ」
 零れる涙みたいに透き通る危うさで、ネイトのミューズはいくら喘いでも生身の女には思えなかった。いつでも消えてしまいそうな真っ白な身体。今度は歯形でも付けてやろうかと思う。
「それと、この星はいつでも見せておけ」
 星の言葉と共に乳房の三つ星を撫で、ブラの中へと指を突っ込んで乳首を潰した。
「あっ……それ、や、だめ、いく、いく、い………っ」


 マーキングじみた行為の後はスッキリした顔になり、逆にムッツリしているリリアンヌのスカートを下ろして髪を梳き、甲斐甲斐しく整え直す。最後に足輪の錠が外されると、

「はぁ!」

 ようやく、ようやく身体が軽くなった!
 開放感で思わず万歳する。

「おぉ、ご機嫌だな。欲求不満だったか」
「そうね、殺人欲求がすごいわ」
「錠を外してやったのに?」
 睨む気力すら湧かぬ。
 ネイトが腰を抱き、本当に久しぶりの外に出た。シャバの空気は変わらず潮臭く、そして新鮮だった。なんと爽やかな陽の光!
 この約半月の最低な生活が、空気と太陽だけでリリアンヌを笑顔にする。

「俺のミューズが美し過ぎて心配だな。街で貞操帯を買うか」
「私もあなたに毒でも買おうかしら」
 太陽の下で見るネイトは黒い肩章の付いた白い半袖シャツに海軍服の黒スラックスを履き、胸元には身分証代わりのバッジを付けている。クラクラするほどの男ぶり。長身のリリアンヌと並んでも更に高く、今日はきちんと髪も撫でつけ整えて、大人の男そのものである。
 しかし彼のミューズはこの局面での毒殺は罪に問われるのかとかそもそも金が無いことばかり考えていた。

「グレイプの港はこの二十年近く無法地帯だ。美しい女をさらおうと考える輩はどこの港へ行ってもいるが、俺の傍にいれば問題はない。離れるなよ。もし何かあっても三つ星がお前を護るとは思うが」
「この忌々しい星は大層な守護星だそうね? 色んな女が持っていると」
「ああ」
 ちらりと隣を見上げると、脇腹を撫でられたので払いのけた。
「ここから階段だ。踏板が細い。踏み外しても布張りだが、踏むとかなり凹んで慣れていないと転ぶ。気を付けてくれ。無理なら抱こう」
「結構です……わっ」
「ほらな」
 ネイトが横向きに降り、下からミューズの手を取りエスコートする。
 二人はギシ、ギシ、とゆっくり木製の階段を降りて陸を目指した。
「モニークにも星があると。わざわざマレーナで誘拐してまで護る人間を増やすなんて、あなたは相当なマゾヒストなのね」
「いや? 不正解。俺はサディストだ。酷くされて喜ぶのはリリのほ」
「おだまりなさい! 汚らわしい。シモの話は結構……あら」
「うん?」
 階段の途中で、リリアンヌが立ち止まった。
 前を歩いていたネイトが半身をひねって振り返る。

「どうした」
「ネイト」
「なんだ」
「ネイト……私、あの」
 リリアンヌの顔が次第に赤くなる。忘れていたことを猛烈に恥じた。

 こんなことを忘れるなんて!!

 だけど延々と裸にガウンの生活だったのだ。リリアンヌのせいではない。ないったらない。
「ああ」
 理由に気が付いたネイトはニヤリと悪い顔になる。
「!! 持っているのね!? 返して!? 返しなさい!!!!」
「嫌だ」
「ポケットね? そうでしょ」
「持ってない、さぁ、行くぞ」
「嫌よ、行かないっ」
「行かないならまた繋ぐが」
「………なんなの!?」
 あまりに急激に腹が立ってじわりと泣きそうになる。
「泣くな、勃つだろ」
「触らないで!! あなたの前でなど泣きません。早くショーツを返して!! この変態!!」
「あー、それは正解」
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