海賊提督の悪妻

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グレイプ編

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 夜を前に、星の子どもを使いに出して海軍に言づてをすると、ラルフの部下でジグルと名乗る男がウニと共にやってきた。
「ジグルさんはグレイプの出身です。言づての内容的にジグルさんが良いだろうと」
「そう。忙しい所、悪いわね。一人じゃ動けなくて。顔を繋いでほしいの」
「リリアンヌ様が一人で歩き回るのは頭が許さんでしょう。俺はグレイプに妻がいて、街で教師をしているんです。その伝手で探してこいって」
「それはちょうどいいわ。出来れば現役じゃない、教職を辞めて暇な女性を紹介して欲しいのよ」
 言いながら、食事の次に服を縫い始めたり、乾物を世話する星の女たちを見た。夕方を過ぎれば身体を売る女たちは商売服に身を包んで出て行く。
「女たちに教える為に雇うんですか?他の港で頭も同じようなことさせようって、昔ラルフ様にけしかけたことありましたけどね。うまくいかなかった。どうせあいつら勉強なんてせんですよ」
 ジグルが嘲笑う。

 やはりネイトも同じように考えたのだ。と言うことは、方向性は悪くはない。
 同じ思考に対する若干の嫌悪には目を瞑り、否定の言葉を肩をすくめて躱す。
「勉強させるのは彼女たちだけじゃないわ」
「他に誰を?」
「あんなにたくさんの子どもたちがいるじゃない。子どもの方が吸収するのは早い。賢くなった子どもが母親に何度でも教えてくれるわよ」
「子ども!? 子どもなんてもっと勉強せんでしょうが」
「そうかしら。結構簡単にやる気になると思うけれど。……とにかく奥様の所へ案内してくれる? そろそろ学校も終わるでしょう」


 ジグルの妻は小さな街の学校で話を聞いてくれ、紹介したい友人は複数いると言ってくれた。
 募集は毎日星の女と子どもたちのところへ行き、勉強会を開くことができる人材だ。決まった時間や内容ではなく、バラバラな職業の女たちに合わせてくれる暇な人間。
「期間は半年、足し算引き算、掛け算に割り算。文字の読み書きを中心に。あとは彼女たちの仕事の帳簿を付けてみてあげて欲しいの。数字をつけ始めたら、損をしないように導く必要があることがわかると思う。金額はひと月五万で半年の三十万。ただし一人も掛け算が出来なかったら半額よ。もし十人掛け算が出来るようになったらボーナスを付けるわ」
「三十万!? むしろ私がやりたいです!」
「あなたにお任せ出来ると良いのかもしれないけど、夜中にいない母親も多いから。昼間にも夜にも柔軟に時間を作れる人が良いの」
「わかりました、では一番に紹介したい先輩がいます。教えるのがとても上手で、のんびりとして根気のある方なんです。未婚で時間も自由。だけど足を悪くされてしまって……たぶん在宅していると思います。急ですけど、今から行きましょうか。家も近いわ」

 バートレットの船がずっと港にいるわけではない。契約は早くに結んでしまいたかった。
 ジグルはグレイプに留まることが多い人間らしいが、それでも船乗りの夫を持つ妻は多少の非常識でも話が早い。

 暗くなった頃、元教師という五十代の女の家に赴き、無事に話が成立する。
「助かります! 膝を悪くしてから教職は続けられなくて。星の子たちのアパートですよね。それくらいの距離なら十分に頑張れそうです」
 女は二つ返事で請け負い、翌日から早速出勤してくれることになった。


 ちなみに後日、話を聞いたラルフが女を雇う金をバートレットから出資すると申し出てくれた。
「あれ、じゃあまた遣い途が……振り出しに戻ったじゃん!」
「なんかマムって金のなる木みたい!」
「あたし拝む!」
「私も!!」
 女たちは崇拝を口にし始める。
 マムは素っ気ないのに優しくて、フレンドリーで、美女で、たくさん笑ってくれて、お金を置いていってくれる最高のママなの!



 ◆

「あなたはこのまま帰宅すれば良いわ。私はウニと宿に帰ります。方向はわかるのよね?」
「もちろんです!」
 ウニより遥かに大きなジグルは難しい顔をして見せた。
「いや、しかし」
「大丈夫よ。行きもモニークと二人だけだったけど何もなかったわ」
「宿からあのアパートまでは裏道を使えば知った人間ばかりで危険がないんですよ。でももう夜ですし、こっから宿は」
「ウニがいてくれるなら大丈夫よ、ねぇ」
「もちろんです!!」

 リリアンヌよりも小さな水兵は愛らしく敬礼してジグルに挨拶をし、『お任せください!!』と懐から刃がギザギザのサバイバルナイフを取り出してくる。
「まぁ、意外に物騒なのね? ふふ」
「ラルフ様から、渡されているんです。いざとなったらチョン切れと!!」
「ヤられる前提じゃねーか」
「頼もしいわ」

 嘘笑いをしながらジグルを何とかいなし、リリアンヌはまんまとウニと二人で夜道を歩くことに成功する。

 やれる。
 逃げられる。
 ウニが相手なら難しくないわ。

 辺りは背の高いアパートメントが並び、仕事帰りの人たちが陽気に飲み始めている時間らしく、騒がしい声と煌々とした酒場の灯りが夜道を照らす。
「良い匂いね。お腹が空いたわ」
 リリアンヌは手料理による満腹を撫でながら言った。
「本当だ! 夜ですもんね。食べて帰りましょう、何が食べたいですか?」
「あぁ、だけど疲れてしまって。今日はたくさん歩いたから。テイクアウトして、宿で食べようかしら。そういうお店はある?」
「かしこまりました!!」

 二人で店を選んでいると、行列の出来ている肉屋を見つけた。
「美味しそうだわ、ここにしましょう」
「もちろんですっ。僕もお肉は大好きです!」
「お肉だし、少し値が張るかもしれないわね? ウニ、お金はあるのかしら? 足りる?」
「え~っと」
 ごそごそとポケットから金を取り出し、目の前で確認する。恐らくラルフ辺りから持たされているのだろう太い札束にリリアンヌは安堵する。

 ナイスマネー。

 二人で列に並んだ。
 行列は長く、少しずつ進んで半分ほどの順番になった。頃合いである。
「ねぇ、ウニ。あなた、パンを買ってきてくれない? それと、何か気の利いた飲み物を」
「僕がですか?」
「ええ。わたしはここで並びます。だってせっかく並んだんだもの。二人で並んでもあまり意味は無いし」
「え~っと」
「あ、あとサラダもあれば。私、お肉だけだと胃もたれして具合が悪くなるのよ」
「えっ、それはいけません!」
「ね? そうでしょう。あ、支払いのお金をいただけるかしら。ネイトにも買いたいから、一番高いお肉を二十個買うわ」
「に、二十個!?」
「そうよ、だって彼、一晩中身体を使うから、とてもお腹が空くのよ……」
 囁いて意味深に笑うと、ウニは驚いた顔の後でカーっと赤面し、慌てて顔を覆った。
 なぁに、初心なのね。リリアンヌは内心で嘲笑う。

 そっと手を出すと、ウニが慌てて半分の札束を置き『あのっ、ぱぱぱパン屋にっ』と言って走っていった。

 じっと見送る。

 見送って、金を握ったリリアンヌは走り出した。
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