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10.はじめまして
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数日後、ミントが「お触れが出ました」と言い、私を皇城一階にある掲示広場へと連れだした。お触れが出ると皆が残らずそれを見に行かねばならないという決まりらしい。黒板には大勢の城で働く人々が見に来ている。
「本来であれば、ジゼル様は陛下から直接お話を聞くので掲示を見る必要はないのですが、まだその……」
ミントは顔を伏せていく。
「お会いしてないものね」
城にはいるらしいが、レオポルドはいっかな私と会おうとしないのよ。
正確には会ったのかしら? ボードゲームを携えて。私の寝顔くらいは見たのだと思いたい。逃げた回ではトーマス様になりすましてまでして会いにきたのに、何を考える人なのかさっぱりわからないわ。
あるいは夢でみたように、十六が可愛いとかの少女専門なのかもしれない。カタリーナっていくつなのかしら。
高官たちは私を見るたびに気まずい空気を溢れさせている。
それとなくウェイに聞きこみをさせた所、どうやらレオポルドはカタリーナとは庭でお茶を飲んだりしているらしいのだ。そりゃあ、気まずいでしょうね。
星読みで呼びつけておいて、顔を見もしないとは。
だけどこっちだって意地でも謁見を申し込むつもりはない。
「前に行って読みたいわ。良い?」
「もちろんです……ただ」
「ただ?」
「少し、空気がその……」
「ミント、あなたその『言いにくいから顔を伏せてやり過ごそう』とするのはわかりやすいけれど逆に思いやりが足りないわよ。筋トレのし過ぎで頭が固くなっているのではないかしら」
「えっ!? なぜそれを」
「さぁ、連れて行って、前に。まずお披露目されていないのだもの、下男下女ははっきり顔まで覚えていないでしょう」
という私の見通しは甘い物でした。
うっかりしていたけれど、私は今世、割と有名な聖女だった。
【官報:緊急告知】
________________________________________
「黒色飲食物」の摂取および取り扱いに関する緊急禁止命令
現在、国内において特定の物質を含む飲食物に起因する、極めて毒性の強い重大な疫病の発生が報告されています。事態が収束するまでの間、以下の事項を直ちに遵守してください。
1. 禁止事項
今後、「黒色」および「黒に準ずる色(暗灰色、濃紺等)」の飲食物を口にすることを全面的に禁止します。
2. 発見時の対応
決して自ら処分せず、直ちにシュヴァルツ事務官へ通報。事務官が回収に到着するまでは、周囲に影響が出ないよう厳重に保管に努める義務を負うものとします。
3. 緊急処置(誤って摂取した場合)
万が一、当該飲食物を口にした場合、あるいは周囲に摂取した者がいる場合は、直ちに以下を履行してください。
1. 吐き出す
2. 大量の水を飲む
3. シュヴァルツ事務官へ連絡
________________________________________
【警告】 本命令は公共の安全を維持するための強制力を伴うものです。疫病の蔓延を防ぐため、国民一人ひとりの迅速な行動と遵守を強く求めます。
シュヴァルツ事務局
もしかしなくとも、先日リンゴと話していた件だわ。
すごい。
呪術師ってこんなことまで出来るのね。
「黒って何がありますかね。食べ物なんて大体白や緑や茶色とか鮮やかですよ」
横でミントが言うと、
「黒ビールが飲めねぇじゃねーか!」
と叫ぶ下男がいた。
なるほど、それは飲めない。
「そうね、好物のイカスミが直ぐに思い浮かぶけど、他って言われると難しいわね」
私も首を捻っていると、横から会話を聞いていた下女が「黒豆は?」と言い、また隣の女が「黒糖を使ったら結構どれも黒くなるよ」「本当だ」などと食べ物の名前があれもこれもと挙がっていく。だけどその時すぐ後ろでヒソヒソ声が上がった。
「え、ちょっとちょっと、ダメだよ、あんた」
「え?」
「オウジョサマダッテ……」
ソウナノ!?
エッ、ダレッテ? ホラアノフラリエヌノ……、セイジョサマジャナイノ? ワタシエスガタミタコトアルモン。
そのままぐるりとさざ波じみたムーブが過ぎた後には、ミントの頭は完全に伏せている。
アノオウジョサマ、エッ!アノ? ホウチオウジョサマ? シーッ……
しんとした掲示板の前で、私は意味なく何度も頷いた。最後ににっこりして見渡す。
「黒いものには気を付けましょうね、皆さん」
では、ごきげんよう。
****
一か月が経った頃には、城内での私の立場はほぼ地に落ちていた。
いつまで経っても皇帝から相手にされない小国の王女様。
実は政務をこなす契約でやって来た契約聖女様。
星読みの慣例には背けないから莫大な慰謝料と引き換えに来た仮面皇妃。
噂にはキリがない。
慰謝料を貰っているぶんだけ噂の方がマシだわ。
一回目にお父様が仰っていた通り、あることないこと、有名税よろしく噂が生産されていったし、一度も顔を見ていない……つまり相手にされていないのは事実だったので、皇帝公認の真実が混ざり合った噂は力を持ち、ウルやシュヴァルツの差配もむなしく城外まで広がっていく始末だった。今頃市井では「純愛を邪魔しにきたから罰が当たった残念女」が面白おかしく沸かせているはず。
ご機嫌なのはカタリーナ嬢。
廊下で私を見つけるたび嬉しそうに走ってくる。
「こんにちは、ジゼル王女殿下!」
もはや許しもしていなくても、大変気安く声をかけてくるようになった。隣の侍女は困惑と焦り顔で、後ろに控えたミントもウェイも凄まじい圧を放っているけれど、寵愛を一身に受けた女性は無敵よね。可愛らしい笑顔で全てをはねのけている。そして確かに可愛いのよ。もう私にしてみれば、娘にも見えるこの無邪気さ。
「ごきげんよう、カタリーナ」
「今日は良いお天気でございましたね! 少し寒くなって参りましたが、温室ならお茶会もちょうど良くてお勧めですわ。この時期の私のお気に入りの場所ですの。陛下も悪くないと仰っていましたわ」
出たわね、ナチュラルマウント。
「そうなの。温室って、どこにあるのかしら。良いことを聞いたわね、ミント」
「はい……ちっ」
聞こえないからって、舌打ちはおやめなさい。
「温室にはたくさんのお花がありますのよ。ああ見えて陛下はお花にも造詣が深くていらっしゃって。陛下の指示で取り寄せたお花も多いそうです。そうだわ! フラリエヌのお花もございます。昨日ジゼル様の話題になって、教わったところです。他にも南国の多肉種や美しいけれど珍しい毒草まであって、とても一日では回りきれません。それは見ものなのです」
「毒草まで」
「怖くはございませんのよ。呪術師様の管轄だそうです。お国ではきっと見られなかったものばかりですわよ。お暇な時に見に行かれてはいかがですか?」
確かに毒草は扱いを変えれば薬になるものも多い。
けれどサファイヤでさえ毒薬を作っていたのだし、皇帝なら容易く手に入れるだろう。
「お暇と言えば、戴冠式のドレスのデザインが決まりましたの。今度お見せしたいわ。ジゼル様のお召し物も素晴らしいのでしょうね」
「ええ、そうね」
そうなの?
ミントをちら、と見ると難しい顔をしていた。
ドレスの話はまだ聞いたことがなかった。以前は結婚式だったのに今世は戴冠式になっていて段取りがわからない。代々が着用する伝統衣装か何かがあるのかと思っていたけれど、そうでもないのかしら。
「そうだわ! 私ったら大切な話を忘れておりました。お父様にねだって、今度三大公家で王女様の歓迎パーティーを開く段取りをして頂いていますの。楽しみに待っていてくださいね!」
なんですって。
「歓迎だなんて、お忙しい皆様の手を煩わせるのは申し訳ないわ」
「そんなことございませんのよ。それにお父様もですが、そろそろ皆様お会いしたいのです、ジゼル王女様に!」
放置王女は誰にも紹介される場がないので、確かに皆が焦れても不思議はなかった。ウェイが「ヴヴン!!」と激しい咳払いをして侍女に苦情を送る。
「カタリーナ様、そろそろ……」
「あ、そうね。お忙しい所、お止めして申し訳ございませんでした。王女様のお顔を拝見すると、私ったらはしゃいでしまって。ではまた!」
ハムスターみたいにちょこまかと去っていく後ろ姿を見送ると、ミントとウェイは小声で悪口合戦を始める。
「趣味を疑います」
「あからさまが過ぎます」
「温室!? 首根っこ捕まえて植えてやりましょうか!?」
「それなら私がやってやりますよ!!」
ミントまで武闘派になってるじゃないの。
「あなた、女官でしょう」
「はっ!」
「しかし、三大公家のパーティとは困りましたね」
ウェイが眉をしかめる。
「別に構わないわよ」
ドレスならお母様に沢山持たせていただいた。全く人前に出ることがないので日の目を見せてあげられず、申し訳ないと思っていたところだし。
二人が心配しているのは、皆の前で決定的に私が皇帝から見離されていて、カタリーナよりも格下だと印象付けられることだ。
「でも、私が二人の邪魔をするつもりはないと広く知らしめるまたとないチャンスだわ」
殺される確率がグッと下がるのでは?
「はぁ!? 正気ですか!? まだ陛下とお会いもしたことがないのに!!」
「これだけ放置されているのよ。こちらから願い下げで何が悪いの」
「それとこれとは違います!! 良いですか、体面と内情は使い分けて」
「あー、はいはい」
キャンキャンと吠えるウェイの声を背に、私は与えられた学生のような勉強時間を終えて自室に戻る。
そろそろひと月が過ぎて、手持ち無沙汰だった。
バザロスの禁書も一通り読んでしまった。
本来なら皇妃として色んな人と会ったり、公務が始まって視察なんかも……というのが筋だけど、まさか一度も皇帝と見えることのない皇妃にどのような仕事を与えるのが正解か、ウルも頭を抱えているようだった。皇帝の機嫌を損ねるのが怖いのだろう。
眠たくならないベッドの上でため息ばかりを吐き、何度目かの小用を足しにベッドを出る。
「寒いんじゃないのか?」
「ひっ」
トイレから戻ると、暗がりのベッドに誰かが座っていた。
「誰!?」
「誰だと思う? 俺以外だと大問題だが」
レオポルドが言った。
「………初めまして、皇帝陛下……ジゼル・ミラ・フラリエヌにございます」
目が慣れてくると、薄暗闇の中で黒い瞳が細くなったのがわかる。
「レオポルド・ダ・バザロスフクだ」
こちらへ、と隣を叩かれる。
その光景は初めてのようで、初めてではない。ぎゅーっと胸が苦しくなる。
トーマス様もよくそうして隣を示して私を呼んだ。
レオポルドはじっと見つめてくるから、私も負けじと睨み返した。
銀灰の短髪に黒い瞳。寝衣ではないけれど、皇帝とわかる服装でもない。だけどこの顔を知っている。嘘はついていなから、ウェイを呼ぶ必要もない。
三回目のトーマス様が本当にレオポルドなら、今世の彼は一度目と同じで、大きい。一回り大きい気がする。
「会いに来るのが遅くなった」
「本来であれば、ジゼル様は陛下から直接お話を聞くので掲示を見る必要はないのですが、まだその……」
ミントは顔を伏せていく。
「お会いしてないものね」
城にはいるらしいが、レオポルドはいっかな私と会おうとしないのよ。
正確には会ったのかしら? ボードゲームを携えて。私の寝顔くらいは見たのだと思いたい。逃げた回ではトーマス様になりすましてまでして会いにきたのに、何を考える人なのかさっぱりわからないわ。
あるいは夢でみたように、十六が可愛いとかの少女専門なのかもしれない。カタリーナっていくつなのかしら。
高官たちは私を見るたびに気まずい空気を溢れさせている。
それとなくウェイに聞きこみをさせた所、どうやらレオポルドはカタリーナとは庭でお茶を飲んだりしているらしいのだ。そりゃあ、気まずいでしょうね。
星読みで呼びつけておいて、顔を見もしないとは。
だけどこっちだって意地でも謁見を申し込むつもりはない。
「前に行って読みたいわ。良い?」
「もちろんです……ただ」
「ただ?」
「少し、空気がその……」
「ミント、あなたその『言いにくいから顔を伏せてやり過ごそう』とするのはわかりやすいけれど逆に思いやりが足りないわよ。筋トレのし過ぎで頭が固くなっているのではないかしら」
「えっ!? なぜそれを」
「さぁ、連れて行って、前に。まずお披露目されていないのだもの、下男下女ははっきり顔まで覚えていないでしょう」
という私の見通しは甘い物でした。
うっかりしていたけれど、私は今世、割と有名な聖女だった。
【官報:緊急告知】
________________________________________
「黒色飲食物」の摂取および取り扱いに関する緊急禁止命令
現在、国内において特定の物質を含む飲食物に起因する、極めて毒性の強い重大な疫病の発生が報告されています。事態が収束するまでの間、以下の事項を直ちに遵守してください。
1. 禁止事項
今後、「黒色」および「黒に準ずる色(暗灰色、濃紺等)」の飲食物を口にすることを全面的に禁止します。
2. 発見時の対応
決して自ら処分せず、直ちにシュヴァルツ事務官へ通報。事務官が回収に到着するまでは、周囲に影響が出ないよう厳重に保管に努める義務を負うものとします。
3. 緊急処置(誤って摂取した場合)
万が一、当該飲食物を口にした場合、あるいは周囲に摂取した者がいる場合は、直ちに以下を履行してください。
1. 吐き出す
2. 大量の水を飲む
3. シュヴァルツ事務官へ連絡
________________________________________
【警告】 本命令は公共の安全を維持するための強制力を伴うものです。疫病の蔓延を防ぐため、国民一人ひとりの迅速な行動と遵守を強く求めます。
シュヴァルツ事務局
もしかしなくとも、先日リンゴと話していた件だわ。
すごい。
呪術師ってこんなことまで出来るのね。
「黒って何がありますかね。食べ物なんて大体白や緑や茶色とか鮮やかですよ」
横でミントが言うと、
「黒ビールが飲めねぇじゃねーか!」
と叫ぶ下男がいた。
なるほど、それは飲めない。
「そうね、好物のイカスミが直ぐに思い浮かぶけど、他って言われると難しいわね」
私も首を捻っていると、横から会話を聞いていた下女が「黒豆は?」と言い、また隣の女が「黒糖を使ったら結構どれも黒くなるよ」「本当だ」などと食べ物の名前があれもこれもと挙がっていく。だけどその時すぐ後ろでヒソヒソ声が上がった。
「え、ちょっとちょっと、ダメだよ、あんた」
「え?」
「オウジョサマダッテ……」
ソウナノ!?
エッ、ダレッテ? ホラアノフラリエヌノ……、セイジョサマジャナイノ? ワタシエスガタミタコトアルモン。
そのままぐるりとさざ波じみたムーブが過ぎた後には、ミントの頭は完全に伏せている。
アノオウジョサマ、エッ!アノ? ホウチオウジョサマ? シーッ……
しんとした掲示板の前で、私は意味なく何度も頷いた。最後ににっこりして見渡す。
「黒いものには気を付けましょうね、皆さん」
では、ごきげんよう。
****
一か月が経った頃には、城内での私の立場はほぼ地に落ちていた。
いつまで経っても皇帝から相手にされない小国の王女様。
実は政務をこなす契約でやって来た契約聖女様。
星読みの慣例には背けないから莫大な慰謝料と引き換えに来た仮面皇妃。
噂にはキリがない。
慰謝料を貰っているぶんだけ噂の方がマシだわ。
一回目にお父様が仰っていた通り、あることないこと、有名税よろしく噂が生産されていったし、一度も顔を見ていない……つまり相手にされていないのは事実だったので、皇帝公認の真実が混ざり合った噂は力を持ち、ウルやシュヴァルツの差配もむなしく城外まで広がっていく始末だった。今頃市井では「純愛を邪魔しにきたから罰が当たった残念女」が面白おかしく沸かせているはず。
ご機嫌なのはカタリーナ嬢。
廊下で私を見つけるたび嬉しそうに走ってくる。
「こんにちは、ジゼル王女殿下!」
もはや許しもしていなくても、大変気安く声をかけてくるようになった。隣の侍女は困惑と焦り顔で、後ろに控えたミントもウェイも凄まじい圧を放っているけれど、寵愛を一身に受けた女性は無敵よね。可愛らしい笑顔で全てをはねのけている。そして確かに可愛いのよ。もう私にしてみれば、娘にも見えるこの無邪気さ。
「ごきげんよう、カタリーナ」
「今日は良いお天気でございましたね! 少し寒くなって参りましたが、温室ならお茶会もちょうど良くてお勧めですわ。この時期の私のお気に入りの場所ですの。陛下も悪くないと仰っていましたわ」
出たわね、ナチュラルマウント。
「そうなの。温室って、どこにあるのかしら。良いことを聞いたわね、ミント」
「はい……ちっ」
聞こえないからって、舌打ちはおやめなさい。
「温室にはたくさんのお花がありますのよ。ああ見えて陛下はお花にも造詣が深くていらっしゃって。陛下の指示で取り寄せたお花も多いそうです。そうだわ! フラリエヌのお花もございます。昨日ジゼル様の話題になって、教わったところです。他にも南国の多肉種や美しいけれど珍しい毒草まであって、とても一日では回りきれません。それは見ものなのです」
「毒草まで」
「怖くはございませんのよ。呪術師様の管轄だそうです。お国ではきっと見られなかったものばかりですわよ。お暇な時に見に行かれてはいかがですか?」
確かに毒草は扱いを変えれば薬になるものも多い。
けれどサファイヤでさえ毒薬を作っていたのだし、皇帝なら容易く手に入れるだろう。
「お暇と言えば、戴冠式のドレスのデザインが決まりましたの。今度お見せしたいわ。ジゼル様のお召し物も素晴らしいのでしょうね」
「ええ、そうね」
そうなの?
ミントをちら、と見ると難しい顔をしていた。
ドレスの話はまだ聞いたことがなかった。以前は結婚式だったのに今世は戴冠式になっていて段取りがわからない。代々が着用する伝統衣装か何かがあるのかと思っていたけれど、そうでもないのかしら。
「そうだわ! 私ったら大切な話を忘れておりました。お父様にねだって、今度三大公家で王女様の歓迎パーティーを開く段取りをして頂いていますの。楽しみに待っていてくださいね!」
なんですって。
「歓迎だなんて、お忙しい皆様の手を煩わせるのは申し訳ないわ」
「そんなことございませんのよ。それにお父様もですが、そろそろ皆様お会いしたいのです、ジゼル王女様に!」
放置王女は誰にも紹介される場がないので、確かに皆が焦れても不思議はなかった。ウェイが「ヴヴン!!」と激しい咳払いをして侍女に苦情を送る。
「カタリーナ様、そろそろ……」
「あ、そうね。お忙しい所、お止めして申し訳ございませんでした。王女様のお顔を拝見すると、私ったらはしゃいでしまって。ではまた!」
ハムスターみたいにちょこまかと去っていく後ろ姿を見送ると、ミントとウェイは小声で悪口合戦を始める。
「趣味を疑います」
「あからさまが過ぎます」
「温室!? 首根っこ捕まえて植えてやりましょうか!?」
「それなら私がやってやりますよ!!」
ミントまで武闘派になってるじゃないの。
「あなた、女官でしょう」
「はっ!」
「しかし、三大公家のパーティとは困りましたね」
ウェイが眉をしかめる。
「別に構わないわよ」
ドレスならお母様に沢山持たせていただいた。全く人前に出ることがないので日の目を見せてあげられず、申し訳ないと思っていたところだし。
二人が心配しているのは、皆の前で決定的に私が皇帝から見離されていて、カタリーナよりも格下だと印象付けられることだ。
「でも、私が二人の邪魔をするつもりはないと広く知らしめるまたとないチャンスだわ」
殺される確率がグッと下がるのでは?
「はぁ!? 正気ですか!? まだ陛下とお会いもしたことがないのに!!」
「これだけ放置されているのよ。こちらから願い下げで何が悪いの」
「それとこれとは違います!! 良いですか、体面と内情は使い分けて」
「あー、はいはい」
キャンキャンと吠えるウェイの声を背に、私は与えられた学生のような勉強時間を終えて自室に戻る。
そろそろひと月が過ぎて、手持ち無沙汰だった。
バザロスの禁書も一通り読んでしまった。
本来なら皇妃として色んな人と会ったり、公務が始まって視察なんかも……というのが筋だけど、まさか一度も皇帝と見えることのない皇妃にどのような仕事を与えるのが正解か、ウルも頭を抱えているようだった。皇帝の機嫌を損ねるのが怖いのだろう。
眠たくならないベッドの上でため息ばかりを吐き、何度目かの小用を足しにベッドを出る。
「寒いんじゃないのか?」
「ひっ」
トイレから戻ると、暗がりのベッドに誰かが座っていた。
「誰!?」
「誰だと思う? 俺以外だと大問題だが」
レオポルドが言った。
「………初めまして、皇帝陛下……ジゼル・ミラ・フラリエヌにございます」
目が慣れてくると、薄暗闇の中で黒い瞳が細くなったのがわかる。
「レオポルド・ダ・バザロスフクだ」
こちらへ、と隣を叩かれる。
その光景は初めてのようで、初めてではない。ぎゅーっと胸が苦しくなる。
トーマス様もよくそうして隣を示して私を呼んだ。
レオポルドはじっと見つめてくるから、私も負けじと睨み返した。
銀灰の短髪に黒い瞳。寝衣ではないけれど、皇帝とわかる服装でもない。だけどこの顔を知っている。嘘はついていなから、ウェイを呼ぶ必要もない。
三回目のトーマス様が本当にレオポルドなら、今世の彼は一度目と同じで、大きい。一回り大きい気がする。
「会いに来るのが遅くなった」
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