五周目の王女様

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11.秘密

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「会いに来るのが遅くなった」
「………」
 ミントじゃないけれど舌打ちしたい気分になる。返事のしようがない。
 そんなことございません、と嘘もつけないほどの放置だ。カタリーナとお茶会をしているくらいだから、忙しくて会いに来ないわけでもないし。厚顔にも程がある。大体、遅くなったから、なに!?

 でも、そうですね、と嫌みを返して怒らない人物なのかもわからない。
 優しくて面白かったトーマス様と今世の皇帝が同じ性格かはわからない。「冷酷皇帝」だもの、同じであるわけがない。
 灯りがなくて分かりにくいけれど、黙っていようと十分な威圧感はあった。

「怒ってるか?」
「いえ。大丈夫です」
「つれないな」
 少し身体を引いてベッドを後ろ手について、腹の立つことを言う。
「じゃあ……怒っています」
 切り返してわずかに下げた溜飲だったけれど、あちらは緩く口角を上げてきた。まるで嬉しそうじゃない。なんなの、マゾヒストなのかしら。

 気を取り直して事務的な話をする。
「陛下から一度も拝謁のご差許をいただけないままひと月以上が経ち、高官たちは私の処遇に困惑しております」
「ああ、知ってる。ウルから陳情も受けた」
「戴冠式はまだ先ですが、今の状態ですとまともな公務が開始できません。どうに」
「公務はしなくていい」

 突き放された物言いに、私は言葉が継げなくなる。
 事務的にやり過ごそうとしているのに、揺さぶられる。悔しい!

「何もせず、ただじっとせよと?」
 問えば薄っすらと笑んで彷徨う様な視線で観察してくる。
「声を小さく……いやか? だがそうだ」
「なぜですか?」
 妻として厚遇されることを望んでいるのではない。国として必要な皇妃の役目がしたいだけだ。カタリーナが代われるものではないし、皇妃の職務が全うされた方が国も潤滑に早く回る。
「必要な教育は修めました。このひと月、国情にも広く目を通し、微力ながら知見を深めるべく精進しております!」
「ジゼル」
 静かな声で夫となる人が私を呼ぶ。
「求めていない。目立たず過ごせ」
「………ぁ」
 言い返そうと口を開いたけれど、上手くいかなかった。唇が震える。
 悔しい。私は何一つ必要とされていない。つまりはそういうことだった。

 小国の王女だから? 聖女なんてなんの役にも立たない。
 目元が熱くなってくる。
「出来る限り、出歩かず女官ミントの側で……泣く必要はない」
 俯く私の頬に、レオポルドの手が近づいてくる。触れられたくなくて、その手を振り払った。
「人を呼びますよ」
「それは困る」
 困るなら寝所になど来ないで欲しい。

「ひとつ聞くが、なぜボルドンを連れてきた?」
 護衛騎士を連れてくる件は当初、断られていた。だけど鍛え上げたボルドンの名と私の聖女として評判が高まると、この護衛に代わる人間がバザロスには提供できなくなった。最終的に融通を効かせたのだ。
 視線から目を逸らし、用意しておいたいくつかの答えを頭の中に広げる。
「……私はそれなりに重宝されている身です。これからも大陸の発展に貢献する為には最大限の安全を確保します。フラリエヌのボルドンと言えば陛下よりは劣りますが、腕は確かです」
 本当はもう予言なんて出来ないから聖女の役目なんて果たせないのだけど、なるべく冷静に客観的に聞こえるように心掛けたが、沈黙の後で返って来た声は背筋が震える色を帯びていた。
「聞いても意味の無い質問だったな……だが、俺より劣る?」
「………」
「仮に丸腰で臨めば、死ぬだろう。そうだな、背中から一撃を食らいでもして」

 脳裏には鮮やかに湖畔の夜が蘇る。
 私に覆いかぶさったトーマス様の背中から生えた剣、虚ろな私の護衛の目。

 隣の男を見た。
 私を見ているようで周囲を窺っているような、目の前の黒い瞳は静かであると同時に張りつめている。

「陛下は、」
 レオポルドは唇の前に一本の指を立てた。
「その先は抵触する。今のはギリギリだった」
「………」

 頭が一瞬真っ白になる。
 抵触? 何に? 

 というか、じゃあやっぱり。


「意思は関係がない。身体の中にルールがあって、これに抵触するといけない。あとは極端な外部からの接触がある。これは予想がつかない」


 手が震えた。
「あ……」
 あなたもなの? は抵触するの?
 待って、さっきこの人はなんて言い回しをした?
 ちょっと待って!! 怒涛のように聞きたいことが溢れるのに、どう言ったら大丈夫なのかがわからない。

「あ、あ」
「ジゼル」
「あ、あ、待って、待って」
「ジゼル」

 喘ぐようにパニックになりかける私の両手をレオポルドが掴む。
「……は」
「息を吸って……吐いて……吐いて……吐いて……」
 もう吐けない。
「馬鹿正直だな」
「はーーーーーーっ」
 横で可笑しそうに笑っている。

「揶揄わないでください!!」
「揶揄っては……ジゼル」
 ふ、と柔らかい声を出したレオポルドの顔が触れそうなほど近くに来る。
「あの、え」
 硬直した私のうなじに手がかかって、唇が。
 その時、コンコンと扉が叩かれた。
「ジゼル様? どうかされましたか?」

 はっとして顔を見合わせる。ウェイの声だ。さっきの声が大きかった。
「戻ろう、では」
 そこで初めて気が付いた。この人、どうやって来たの?
「陛下はどこから」
「おやすみ」
 ごく自然に、頬に唇が落とされる。
「っ!」
 ギョッとする私に肩を揺らしながら「失礼」と言ってレオポルドは私のベッドに乗り上げて『まどろみの池』の額縁に手をかけた。パカリと上に持ち上げる。
「ええっ」
「ジゼル様~! 寝言ですか? 誰の声です? 入りますよ?」
「だめ、だめよ、入らないで! 大丈夫だから!」
「本当ですか? でも」

 なんと絵画の裏には人が通れる細長い空間が開いていた。レオポルドが懸垂の要領で身体をひきあげ、長い脚を引っ掛けた。するすると入って行く。

「なんですかこれ!?」
「隠し通路だ。作っておいた。大丈夫、鍵は閉める。じゃあな……あ、そうだ」
「なんですか?」
 ハラハラする。急にウェイが開けることはないだろうけれど、獣だから相当怪しんでいるはずだわ。絵画が降ろされながら、声だけがする。

「俺が来たことは、誰にも言わないように」

 音もせず絵画が閉まり、カチャリと鍵のかかる音がした。


 続けてドアが開く音がして、私は慌てて掛布の中へ滑り込む。
「ジゼル様!!」
 ドタドタとウェイとミントが灯りを手に入って来るのをベッドの中から鬱陶しい顔を作って見上げる。
「なんなの? さっきから。大丈夫だと言ってるじゃない。入らないでって言ったでしょう」
「ですが、声がしましたよね!?」
「ちょっと怖い夢を見たから、びっくりした声をだしちゃっただけよ。恥ずかしいことを言わせないで」
「男の声もしたような?」
「するわけないでしょう」
 ミントが主寝室に続くドアを一応確認しているが、もちろん誰も開けてなんかない。ウェイも念の為と言いながら、カーテンを開けたり出窓の外を眺め、机の下や衣裳部屋へと確認が続いた。
「ミントをしばらくお部屋に残します。私は前室におりますから。何かあればすぐお声かけ下さい。頼むぞ、ミント」
「はっ」
「わかったわ。ありがとう。ミント、あなた女官ですからね」

 しまったという顔をしているけれど、女官の仕事よりも明らかに生き生きとして、敬礼しそうな勢いになっている。水を得てボロが出ているわよ。
 足元側のベッドの傍らにミントが仁王立ち、その頼もしい背を見ながら再び横になった。

 レオポルドは、何と言うか……味方なのかしら。敵がよくわからないけど。
 彼はトーマス様で、それ以前も同じ皇帝で、一回目に祝宴を挙げた人と私みたいに同じなのだろうか。

 いや、きっと同じなのだわ。
 ルールがある、と言っていた。
 私より把握していそうだった。

 何回目なの。四回目じゃないのかしら。もっと?

 聞きたいことは沢山あったのに、全然聞けなかったし、「俺とあったことは誰にも言うな」ということは、これからもきちんと皇妃として遇するつもりはないということなのだろう。でも、どうして? 一回目は普通に皇妃だったのに。

「はぁ……」
「眠れませんか?」
「ええ。目が覚めてしまったわ。ねぇ、ミント、灯りをつけて。ウェイも呼んで」
「起きられますか?」
「三人でボードゲームをしましょうよ。眠たくなるまで付き合って」
 先日のですね、とミントは了解してくれる。灯りをつけましょうとランプを取りに行ってくれた。

 私は恐らくレオポルドが置いて行ったのだろう箱を取り出す。
 さすがに不安もあって、遊ぶ気にはなれずまだ開けていなかった。
 パカリと開けると、ボードに駒や紙幣、その中に混じって小さなベルベットの小袋が入っていた。こんなアイテムはあったかしら。

 虫よけの香かと指先で摘まんで紐解くと、中からターコイズの指輪が手のひらに転がり落ちる。
「ターコイズ………」
 手の中に横たわる石に首を傾げる。
 これは贈り物?
 私の瞳はブラウンで、レオポルドの色でもない。そして言いたくないけれど、ターコイズや瑪瑙の類はお値段が非常に安い。他とは市場に出回っている数が比べ物にならないのだ。それを最初のプレゼントにするかしら。
 首を傾げて戻せぬまま、指輪を小袋に戻して鏡台の引き出しにしまっておく。

 不思議と、その指輪は私のものだと疑わなかった。


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