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第1章 望まれぬ献身
3話 これは、過程
しおりを挟む一瞬、場の空気が凍った気がした。バリバラナが国にいない……? それは、とてもまずい気がする。
「それ、まじだったらやべェぞ」
いつの間にかクラウス隣に座り、彼の髪を弄っているルシルが珍しく真面目な顔で正論を述べる。顔と行動があってない気がするんだけど、その通りだ。
彼女が居ないということは魔物を統制している頭が居ないということ。やべぇ所の話じゃなくなる。バリバラナがこの平和な状態を支える1柱である事は周知の事実で、そんな彼女が居なくなったことを知った国民たちは混乱し、暴動を起こすかもしれない。勿論そうはならないようにボク達は動くけど、恐怖というのは伝染するものだから厄介なんだ。
「いつも返事の書かれた手紙が落ちている場所に手紙が無く、その状態が続いたので久々に『万物の識』を使ってみたんです」
前にどうやって連絡とってるのか聞いたら、確か使い魔に手紙を持たせてズー国にその手紙を落としてたんだっけ。落とした手紙を魔物経由でバリバラナに読んでもらって、今度はカロルの使い魔が拾うと。直接会うことなく連絡を取りあってるのはバリバラナが外に出たがらないからって聞いたけど、外に出たのかバリバラナ……
って、
「え!『万物の識』を使ったの!?」
つい大声を出してしまった僕に対してカロルは冷静に言った。
「はい、何も言わずに使ってしまったことは謝ります。深く視るつもりは無かったんですが、すみません」
眉を下げ目を伏せ、本当に申し訳なさそうに謝るカロル。そんな顔されたら、何も言えないじゃないか。口を噤んでしまった僕とカロルに、ルシルが天井を仰ぎながら言う。
「今ここにいるって事は大事にはならなかったんだろ?まァ、次からは使う時は俺たちに言え。たった4人しかいねェんだ、短期間でも1人が抜けると面倒だ、気ィつけろ」
「はい、すみませんでした」
いつもはキリッとしてる眉が垂れて、切なげにカロルは笑う。使えば死ぬって訳じゃないし、なんなら僕達に死の概念なんて無いから死ぬことは無いんだけど、能力は使うと精神的にも肉体的にも疲れる。戦争時には能力を使いすぎた神様が数年寝込んだ事もあったらしい。
「いまは眠いとか、だるいとかないか?平気か?」
さっきまで何も考えてないような顔をしていたクラウスすら真面目な声色でカロルを心配していた。クラウスもかつて疲れるまで能力を使ったことがあるのだろう、なにか辛さを理解している表情だった。
「大丈夫ですよ、さっきまで一緒に食事をしていたでしょう?心配してくれてありがとうございます」
カロルの表情がふわりと優しく崩れた。いつものキリッとした表情ではなくなんだか少しすっきりした様子で、憑き物が取れたみたいだった。良かった良かった。
話を戻しますね、と一呼吸を置いてからカロルは言った。
「『万物の識』によって、彼女はいまも転々と移動していると知りました。あまり深くは視なかったので何故彼女が国を出たのか、何故今も尚移動をしているのかは、分かりませんが」
しかし、とカロルは続ける。
「彼女が訪れた場所は確認しました。ノマ君には各所を訪れていただき、彼女が国を出た原因究明への手掛かりを探して貰いたいのです。そして、出来たらでいいのですが、彼女を見つけた場合には『万世の縲』で拘束して貰いたいなと」
「おおーー」
「……」
クラウスはただでさえ大きな目を見開き、感心したような顔をしていた。ルシルはなんだろう、なんか不満げな顔をしている。いや、そんなことよりもだ。
「まって、そんな捕まえるだなんて重役を僕が?むりむり、非戦闘員だよ僕は、拘束ってそんな」
拘束するだって?そりゃ能力は使ったことあるけど、練習として食い意地の張った侍女を練習台にしたことがあるぐらいで実戦に使ったことは無い。
ボクは新米とはいえ神様だから大体の敵には本気を出せばまず負けない。でもバリバラナは特殊な魔物で、どんな力で魔物たちを統制しているのかすら謎なんだ。どんな戦いになるのか想像もつかない。
「ボクには無理だよ。ルシルとクラウスの方が」
安心してください、とボクの言葉をさえぎってカロルは言った。
「私が拘束してでも、と言ったのは事情を聞く際に彼女が逃げる可能性があるからです。戦え、とは言いません」
それに、とカロルは続ける。
「これは彼女に出くわしたらという仮定の話です。ノマ君は各地を巡って彼女の行方の手掛かりを探し、使い魔経由にでも私に伝えてください。
ノマ君の手に負えないと判断した時点で騎士たちに救援を要請し、いざと言う時は私たちも手伝います」
バリバラナに出会った時点で逃げても構わない、とカロルは言葉を締めた。
「んー、逃げる、ねぇ……」
恐らくだけど、魔物の増加は危険視する必要はまだ無い。被害が出てないってことは騎士たちで十分だってこと。そして、少し平和ボケしている国民達に緊張を与えるといった面で、魔物が増えた原因であろうバリバラナをすぐに捕まえるつもりは無いんだろう。いざとなれば『万物の識』で居場所なんてすぐ分かるし、直ぐに捕まえられる。
「……」
「……どうでしょう、ノマ君」
バリバラナが今まで他国を襲ったことは1度もない。そして行方不明の今も彼女が直接的に被害を与えたという報告は無い。魔物の被害はあるけど、彼女の仕業であるなら死亡者が出ていてもおかしくは無い、というか出るはずだ。彼女は魔物を従えているのだから。何かを企んでいるのかもしれないけど、ボクでさえここまで予想できるんだ、頭の良いカロルが出来ていない訳が無い。
ということは、バリバラナは何か企んでるわけじゃないってこと? それをカロルは知っている……?どういうことだ? と考えたところで、突然ルシルとクラウスが言った。
「社会勉強になっていんじゃねェか?」
「そうだなー、うん、勉強は大事だぞノマ!」
……社会勉強? なるほど、そういう事、なのか? カロルはバリバラナの行方を探すという表面的な理由で、ボクに色んなところに直接行かせて社会勉強をさせたかったのかもしれない。バリバラナが居ないのは本当なんだろうけど、多分カロルは何かしらの根拠があって危険性が無いって考えてるんだろう。
ボクでも出来るだろうと、考えてくれているんだ。
「どうでしょう、ノマ君」
「うっ」
再び問いかけるカロル、困った風の顔をしてボクを見つめてくる。結局はボクに引きこもってないで外に出ろって言いたいんだ。確かにボクは神様になってから王宮以外の生活を知らない。皆の王宮に訪れて泊まったことはあるけど、結局は王宮の生活と一緒。外で仕事する時も使用人が色々と環境を整えてくれていた。もう、最初から社会勉強ですって言ってくれれば良かったのに。
「分かったよ。行けばいいんでしょ行けば……」
仕方ない。ボク自身も神様として世のために何か役に立ちたいと思っては居たのだ。ぐうたらな生活でその思いも薄れてしまっていたけど消えてはいない。そう、お城にいても書類読んで名前書いて、騎士たちを見守る日々を繰り返すだけだ。
「ありがとうございます。ではあなたのとこのラガルデア国王には既に許可は得てますので、早速明日からお願いしますね」
「え、明日!?」
「はい、荷物に関してもそちらの執事にお願いしておきました。後で受け取ってくださいね、お小遣いも入れときましたので」
「うそでしょ」
ぽかんと口が空いているのを自覚する。
「ぶぁっは、っはは!なんだその顔!!きも!!」バンバンっ!
「あはは!ノマ、変な顔してるー!」
「ふふっ、すみませんね、ノマ君」
ルシルが円卓を叩きながら腹を抱えて笑い、クラウスは失礼なことにボクを指さし笑い涙を拭っていた。諸悪の根源は上品に口元を隠しながら目を細める。許すまじ。後ろで執事がクスクス笑っているのが聞こえる。
「なんてこった……っはは」
まさかの発言だったけど、食堂に入る前に感じてた憂鬱さはとうに無くなって、皆の笑い声につられてボクも笑ってしまった。
そんな、なんてことの無い日常が終わり、旅が始まろうとしていた。
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いつまでも、笑って
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