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第1章 望まれぬ献身
『言い伝えの所以』
しおりを挟む丘の果て、頂上を目指し、走り続ける。
「どうしてなんだ、どうして、あいつなんだ!」
体中に黒いアザができる不可思議な病。効く薬が無く、また自然に治った者は一人もいない。みな、死んでいく。
あの子じゃなければ良いとか、そんなことは考えていけないとは分かっている。分かっているけれど、運命を恨まずにはいられない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
丘の先の崖下にある小さな泉。そこにはどんな病にも効く、美しい果実があると伝えられていた。
そして、今までにその果実を探しに出た者は、誰一人帰ってくることは無かったとも。
「っはぁ、はぁ、はぁ」
ならば、俺が見つけて、あの子に食べさせればいい。それだけだ。
『大丈夫よ、大丈夫』
ほったて小屋に無造作に入れられた病人たち。そこには、あの子の姿もあった。
『ここに来ちゃダメ。はやく帰って、ね?』
いつも通りの笑顔。『また、明日』とでも言うように。
信じられなかった。きっと何かの間違いだと。同じ名前の違う人だと。でも、小屋で彼女の顔に浮かぶアザを見た時に、現実を知った。
『危ないよ、止めて』
『必ず、果実を持って、ここに戻る』
その言葉を守るため、走り続ける。そしてたどり着いた丘の果て。険しく切り立った崖の下には小さな泉が見えた。
「はぁ、ふぅ……。落ちたら、死ぬ、な」
怖くはない。それよりも、あの子を喪う方がよっぽど怖かった。息を整えて、崖を見下ろす。
「……よし」
ひたすら崖にしがみつき下り続ける。手のひらの皮が剥けてきて、岩肌に赤い線が残るのが見えた。いたい、とても痛い。掴む度にまた違う所が剥ける。あまりにも痛すぎて、麻痺してきた。ああ、もう痛くない。いたくない。
「っっぐぅ、うぅ、はぁっ!はぁ、ぅぁ」
腕と足が震えて、上手く息が吐けない。それでも必死に崖に食らいつく。目を閉じると、あの子の笑顔が蘇る。それだけで、俺は強くなれた。
「はぁ……っく、ぅ、はぁ、はぁ……」
どれだけ降りたのか、意識が朦朧としてきた。可笑しいな、笑顔が思い出せない。今日、花を貰ったときに笑ってたのに。
とん、っと下に伸ばした足裏が何かに当たった。
……ああ、地面だ。
「うっ、はぁ……はぁ……はぁ……」
手足を広げて横になる。苦しくて息を吸いたいのに上手く吸えない。ああ、時間が勿体ない、はやく、はやく果実を探さないと。
息が整うのを待たずに果実を探す。探す。探す。探して、探し続ける。
「どこだ、どこにある、はぁ、はやく、はやくしないと」
病にかかっても精一杯の看病をすれば、死に至るには数年かかる。でも、親のいないあの子は不衛生な小屋に入れられてしまった。あの場所では長くは生きられない。俺が食べ物や身の回りの世話をするには、時間も経験も力も、何もかもが足りなかった。はやく、出来るだけ早く、帰らないといけない。
「どうして、無いんだ。どうして……」
たくさん、たくさん探した。もう、暗くなってきた。足がガクガクと震える。地面を歩いてる感覚が無い。ああ、どうして、泉の傍には花すら咲いていないじゃないか。果実なんて、どこにもない。どうして、無いんだ。
━━助からない。
その一言が、頭をよぎる。ちからが、ふっと抜けて、膝が崩れる。
「……嘘だ」
どうして
「……あの子は」
許されない
「……まだ」
どうして
「……俺は」
ただ、笑っていて欲しい
「━━っっぁぁあああああ!!!!」
……それだけなのに。
ただ、絶望。血に染った手のひらを爪でまた傷付けて、地面に蹲る。頭が回らない、どうすればいい。
そんな無駄な思考を吹っ飛ばすように、上から女の声が聞こえた。
「ねぇ君!そんなところで、何をしているの?」
不思議とよく通る声だな、ぼんやりと思った。
「ねぇ!……聞こえてないのかなぁ。よっ、と」
その声に上を見上げると、誰かが、崖から飛び降りていた。
「っ!」
あまりにも驚いて、声が出ない。その間にも誰かの体は地面に近づいていく。受け止めなければ、と思うけれど体が限界のようで、動かない。ああ、もうぶつかる。
「よいしょ!」
惨状を見たくなくて目を閉じると、間の抜けた声が聞こえた。おそるおそる目を開けるとそこには、欠損のない、五体満足の女が立っていた。
「ねぇ、こんなところで何してるの?」
「ぇ、ぁ」
「どうしたの?」
俺より、少し上、だろうか。大人びた顔立ちなのに、その割には無邪気な声と表情。そして金色の髪と瞳。余りにも、現実味がなかった。
「あなた、は……」
「わたし?わたしは、わたしよ。貴方が思いたいように思えばいいの」
女は、悠然と笑った。
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