僕は神様、君は人

はんぺん

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第1章 望まれぬ献身

19話 それは、なんの痕跡も残さず

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「おーい、ノマ! こっち手伝ってくれ!」


「あ、今行く!」


 集落の人々の朝は早い。女性たちは水汲みから一日が始まり、男たちは畑を耕したり、薪割りなど力仕事。子供たちはそのお手伝い。それがほぼ毎日行われるのだ。そしてボクはここ数日間でその大変さを味わっていた。


「重いぃぃー」


「ほらほら、シャキッとしろシャキッと、ついてんだろ?」


「「ついてんだろー!」」



 バロンにはボクのいたいけな両肩に乗る大きな薪が見えないのか。これ重いんだぞ、君には分からないだろうけどボクには重いんだぞ。

 ていうか、



「ちょっとバロン! 子供たちに変な言葉教えないでよね!」


「ノマが怒ったぞ! みんな逃げろ!!」


「「きゃーー!!」」


 あーーー、もう。どこにそんな元気があるのかな。今ではもう慣れた光景だけど、小さな子供たちが大きな薪を軽々と持つのを初めて見た時は目を疑ったね。口からなんか出るかと思ったよ。しかも今なんてバロンを追っかけて走ってるからね? むりむり、歩くのが精一杯です。



「よいしょっと……」


 家の裏にどさっと薪を置いてまた薪を取りに行く。何度かそれを繰り返してようやく朝ご飯にありつく。そして今度は畑に行って物の収穫のお手伝い。ユグルに来た最初の数日間はこんな生活をしているとは思わなかった。いや、仕事をしている風景はちゃんと見てたし、毎日朝早くから動き出しているのは知ってたけど、みんな笑顔で楽しそうに仕事をしていたから。そこまで大変な仕事だとは思わなかったんだ。
 そう、彼らにとっては疲れきってへとへとになってしまうような仕事では無いんだ……彼らにとっては。


「ぅはぁ……」


 くわを地面に刺していったん休憩する。みんなはどうだろうと当たりを見渡すと、一緒に畑を耕していた人がボクのほうをチラチラとみて戸惑っている様子が見えた。


「お疲れ様、ノマ。ほら、水よ」


「うひゃっ、つめた! って、リアナさん! お、お久しぶりです……」


「ふふ、久しぶり」


 後ろから冷えたコップを首に当ててきた女性、なんとリアナさんだった。そういえばリアナさんとはリグルのお墓に行ったきり会っていなかった。泣き顔ばっかみせて気まずかったってのもあるし、機会がなかったとも言える。


「休めて、なさそうね。いいのよ遠慮しなくて。言ったでしょう? 休んでと」


「いえ、ボクがやりたいって思ったんです。こんなに大変だとは思ってなかったですけど、楽しいです」


「なら、良いんだけど。無理はしないでね?あと、怪我もしないように気をつけるのよ」


 まるで子供扱いそのものだ。その微妙に上がった右手、ボクの頭を撫でるために上げたわけじゃないですよねリアナさん。


「はい……ところで、今日はどうしてここに?」


「ああ、いえ。ただノマの様子を見に来たの。なにか困ってることはない?」


「困ってることですか? 無いですよ、みんな優しくしてくれて」


 困ってることなんて何一つない。住むところも食べ物も準備してくれて、仕事だってどうしたら効率よく楽にできるか指導してくれるし。彼らより力の無いボクは足でまといでしかないのに優しく教えてくれる。

 んー、強いてあげるなら子供たちが元気すぎることかな? 遊び相手になるのも一苦労だ。でも彼等の無邪気な笑顔と声に疲れを癒されているのも事実。


「そうなのね、良かったわ……ねぇ、ノマはダグラス達と一緒に帰るのかしら」


「あ、はい。そのつもりです」


 あの崖に行ってから考えてたけど、お墓に行ってからはその考えが固まった。なんとなく、もうユグルには手がかりがない気がしたのだ。もう、去るべきだと。それにクラウスに謝らなきゃいけないし、聞きたいことがある。


「そう……」


 目を細めて空色の目でボクを見つめるリアナさん。そして瞳を揺らして地面を見下ろし呟く。


「それは残念ね。いつ、ここ発つの?」


「今のところ、3日後らしいです」


「……時間が経つのは本当に早いわ。もう1週間以上経つのに、出会ったのがそんな前だとは信じられない」


 遠い空を仰いで、溜息をつく。ボクもつられて空を見上げた。言われてみれば、リアナさんと初めてあったのは最近のことなんだ。長い生の中でみればたった一瞬の出来事。あまりにも色んなことがありすぎて、そんな当たり前のことを忘れていた。


「そうですね。ほんとに、早い。あっという間に子供たちも大人になって、あの人達みたいに鍬を持つんでしょうね」


「……ふふ、おじいちゃんみたいなことを言うのね」


「……」


「……今更だけど何歳なの?」


「……少なくとも、3桁は」


 シーン、と空気が固まったのを感じた。周囲で働いていた人の鍬が落ちる音が聞こえる。


「あ、あら、そうなのね……やだ、私ったら、凄い子供扱いしてたわね……」


 ごめんなさいね、と申し訳なさそうに謝られるけどやっぱり子供扱いしてたんだねリアナさん。いや、確かにボクは他の人に比べて背も低いし、認めたくないけど童顔だし、いいんだけどね? 

 リアナさんの言葉に現実に戻ったのか慌てて土を耕す人達。驚いてたのを見ると貴方たちも子供だと思ってたのかな? 


「ノマさんってよんだ方がいいわよね、歳上なのだし……」


「いやいや、今更ですし、長命種ではまだまだ若い方ですし良いんですよ」


 そのボクの言葉にまた空気が固まるのを感じる。そしてコソコソと、3桁で若い? いま若いって言ったか? って言葉が聞こえてくる。いや、3桁って幅広いからね? ボクは神様になって百年とそれまで生きてきた年数を足したって……


 ━━━あれ、ボクって何年生きてるんだっけ? 


 たしか、母と父が寿命で亡くなってから、街で暮らし続けて、神様になって……? 


 ━━━あれ、ボクっていつ神様になったんだっけ?


 突然の疑問にボクは思考がとまる。あれ、おかしいな。もう物忘れが始まったのかな、なんでだっけ。


「……マ? ノマ!!」


「っ! は、はい!」


「あ、うっかり呼び捨てちゃったわ……なんかぼーっとしていたからつい」


 片手に手を当てて、あらあらと言ったふうな仕草をする。ああ、そうだ話の途中だった。


「えーっと、いつも通りでいいですよ、呼び方も話し方も」


「あら、そう? じゃあ遠慮なく」


 にこっと笑っていつも通りの態度と雰囲気になるリアナさん。続けて口を開く。


「そろそろ戻るわ。子供たちをみなきゃ」


「あ、いま飲んじゃうのでちょっと待ってください」


 渡されたまま持っていた冷えた水を喉に流す。ああ、体に染み渡る……


「ぷはぁ……お水、ありがとうございます」


「どういたしまして。水分補給は忘れずにするのよ。じゃあ、みんな、邪魔してごめんなさいね」


 コップを受け取って立ち去るリアナさん。相変わらずボクの扱いは変わらないんだな……


 リアナさんの後ろ姿を見送って、ボクは地面にささっていた鍬を手に取って畑を耕し始めた。この時、疑問のことはすでにボクの頭から消え去っていた。










 ✴












「おお、今日は早いな。おつかれー」


「バロンもおつかれさま。ダグラスは?」


「なんか外で商品の数とか……なんかやってたぜ」



 部屋に戻ろうとしたら、先に家に戻っていたバロンと階段ですれ違う。なんかやってたって、分からないんかい。


「んじゃ、先に下行ってるからな」


「あ、ボクも行くよ、お腹すいたし」


 特に荷物も無いし、そのままバロンと共に食堂へ向かう。今日はよくも茶化してくれたなとか、お前はもっと食って筋肉をつけろとか、軽い掛け合いをしながら夜ご飯を食べて、また明日と部屋に戻る。

 ここ数日は特にこれといった出来事もなく、一日は終わる。今日はリアナさんと久々に話したりしたけど他は昨日と同じような流れ。連日のように聞こえてきたあの声もまったく聞こえなくなっていた。


 あの声は、リグルの声は、どうしてボクにしか聞こえないんだろう。どうして、リグルの声なんだろう。


 そんな疑問が夜になるたびに湧く。そんなことを考えても分かるわけないと思いつつも、目を閉じるとあの髪飾りがまぶたの裏によみがえる。まるで忘れるなとでも言うように。ううん、自分に言い聞かせてるのかもしれない。

 勿論、忘れる気は無い。だってクラウスに聞かなきゃいけないんだから。なんでクラウスが石を持ってたのかとか、なんでボクに渡したのかとか。


「……病気のこと、とか」


 そう、黒いアザの病気。クラウスはいつから神様をやっているんだっけ。ボクよりは長く神様をやっているから、少なくとも100年以上前。他の2人よりは短いってのは覚えてるけど……。

 まあ、当時は神様じゃなくてもセリファリア国の事だし、もしかしたら知っているかもしれない。知らなくてもカロルに聞けばいっか、次いつ会えるか分かんないけど。



「……あ、カロルに伝えるの忘れてた」


 そうだ、確かなんか分かったら教えてって言われてたんだった。んー、でもバリバラナらしき人が居たのは分かったけど時代がなぁ。その事もカロルに聞こうと思ってたし、居なくなったのはいつか確認する良い機会かもしれない。


「でも夜だし、迷惑かな」


 明日は仕事の約束があるし、明後日にしよう。ごめんねカロル、もう少し待ってね。


「あ……結構経つもんね」


 もうすぐで枯れてしまいそうな窓辺に飾られた花を見て、そっとその花弁を撫でる。そろそろ土に戻してあげよう。もらった花冠も萎れ始めてしまったね。ずっと枯れ無ければいいのにと思いつつも、きっと枯れてしまうからボクらは花を愛でるのだろうとも思う。


 でも、枯れない花があるのならば。枯れないように色褪せないように、それはとても綺麗な色を一生懸命に咲かせるのだろう。


 なんとなく、ボクは薄桃色の花弁を思い出した。















______________________________



色褪せるならば、消えなければ


    
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