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第1章 望まれぬ献身
20話 悪戯な風
しおりを挟む「あれ、ノマ。今日は外でねぇのか? 」
朝食を食べ終えて部屋に戻ろうとするボクの背中に、バロンの声が掛かる。
「うん。ほら、明後日出発でしょ? 体を休めようと思って」
「ほー……」
じーっとボクをみつめるバロン。ふむ、と彼は頷きこういった。
「そのうっすい体じゃ仕方ねぇか! ゆっくり休めよ、じゃあな!」
「なっ、失礼な!」
ボクの反論なんて聞く気がないのだろう。バロンは颯爽と外へ出ていってしまった。家の中では外見を弄られることは最近は無かったから油断していた。
「まったくあいつは……あまり気にしないようにね、悪気は無いんだ」
「うん。分かってるよ」
分かってるけど。そろそろ今までの分、仕返ししても許されるよね? 帰ってくるのが楽しみだなぁ。
「……その笑顔、子供たちには見せられないようにね」
「え」
捨て台詞のようにそう言って、ダグラスも外へ出ていってしまった。そんな変な顔をしていただろうか。つい両手で頬を挟んでしまった。
……分かるわけないや、ただむにむにして終わっただけだった。さ、部屋に戻ろう。カロルに連絡しないと。
階段を上って部屋に戻り、ばたんと扉を閉める。窓辺に飾っていた花はもう埋めてしまったから、部屋の中は少し寂しい感じがした。
「さてと……久しぶりだなぁ」
ベッドに腰をかけて使い魔を喚ぶ準備をする。最後にフィロに会ったのはいつだったか。力のある魔法士や魔術士は仲良くなるためか、普段から様々な場面で使い魔を喚ぶことは多い。でもボクの場合は滅多にない。特に必要にかられる場面が少ないというのとあるけど、あの子があまり来たがらないってのが大きい。
可愛いからこっちの世界も好きになって欲しいんだけど……好みは人?それぞれだからね、仕方ない。
【フィロ、お願いがあるんだ。来て貰えるかな】
フィロのいる世界、ボクのいる世界と被るように存在する原世界。そこに届くように心を込めてフィロに声をかける。
シーン
「……来ないなぁ」
やっぱり、来たくないのだろうか。無理やり来させるのは可哀想だからしたくない。仕方ない、持久戦だ。時間ならある、しつこいくらいよんでやるぞと意気込んだその時、ボクの足元に小さな円形の光が現れ円の中から純白の美しい羽を持つ小鳥が姿を見せた。
「あ!来てくれたんだね!」
(要件はなに?)
小鳥はその可愛らしい顔でボクを見上げて、キョトンと首を傾げてくる。それだけならすごく可愛いのに、頭に伝わる声はとてもそっけない。
「ちょ、ちょっとくらい挨拶とかさぁ……」
(久しぶり。で、要件は?)
「……手紙を、カロルに届けて欲しいんだ。いいかな?」
(は?)
「ひぃっ」
いや、確かに手紙は別に今じゃなくてもいいんだ。クラウスのところへ戻ってから『神様の梯子』で直接会いに行っても良いんだし、なんなら現人神体になれば一方的にでも言葉を伝えることは出来る。
ならそれを使えって言われそうだけど、疲れるんだよね。伝える方は勿論、聞く方も。実は調整が難しいんだ。何も考えずに伝えようとすると神様以外の人にも聞こえちゃうし、頑張っても伝える必要のないルシルやクラウスにも聞こえるときがある。
だから、出来ればフィロにお願いしたいんだけどなぁ。手紙も準備したし……
(……)
「お願いだよ、フィロ……」
冷たく見上げてくるその赤い瞳に、少し涙が出そうになった。なんだいなんだい、そんなに嫌なのかい? 他の人の使い魔はあんなに懐いていたのに……
かつて出会った魔術師達と使い魔の仲睦まじいやり取りを思い出す。ああ、羨ましいなぁ。
(……どこ見てるのさ)
「あ、ごめん、ちょっと憧れの風景を見てた」
ぱたぱたと白い羽根を羽ばたかせてボクの膝に乗ってきたフィロは、じーっとボクを見つめて、ぷいっと顔を背けて言った。
(ふん、どうせぼくに会いたいから喚んだんでしょ)
「な、違うよ! そりゃあ会いたかったけどそれはいつもだよ!今回はちゃんと用事もあって喚んだの! 」
心外だ。会いたいからって理由でよびだしたこともあるけど、あまりにも回数が多くて怒られてしまってからは自重してたのに。あ、泣きそうだ。
「うう……」
(そ、その顔は嫌いだ)
「ううっ……」
両手で顔をおさえて見せないようにする。何やってんだか……とは思いつつも今までの経験上、フィロはこの後……
(っもう!手紙届ければいんでしょ!届ければ!)
「ほ、ほんと!ありがとう!」
予想通りボクのお願いを聞いてくれた優しいフィロ。さっと膝の上のフィロを両手ですくい上げて抱きしめる。ああ、柔らかいあったかい。珍しく大人しいフィロについ、すりすりと頬ずりをし始めるとバタバタと暴れ始めた。
(やめて!きもちわるい!)
「きも、きもちわるい……」
可愛らしい姿で言われると、ことさら胸に刺さるものがある。手の中から開放されたフィロは手紙は何処だと聞いてきた。机に用意していた紐で結ばれた手紙を見せると、フィロは紐の部分を銜えた。
(カロルのとこだっけ)
「うん。忙しそうだったら、話しかけないであげてね」
(はいはい。じゃあね)
「うん!ありがとう!」
ボクが開けた窓から飛び立っていく、小さな白い小鳥の姿。あっけない再会と別れだった。きっと手紙を渡し終えたらまた原世界に帰ってしまうんだろうな。また喚ぶ理由を考えないと……
ボクはフィロが消えてしまった空の向こうを見つめながら、思考を巡らした。
✴
フィロが意外とはやく応えてくれて時間が余ってしまったから、畑で働く男たちに途中参加した。日も暮れて家路に着き、食堂で夜ご飯を食べながらバロンの帰りを待つ。
扉の開く音がして、来たか!と思ったらダグラスが入ってきたところだった。
「おや、バロンはまだか」
「ダグラス。うん、今日は遅いね……ふふっ」
慌てふためくバロンの顔を想像すると、笑みがこぼれる。
「……なんか悪い顔してるねぇ」
「気のせい気のせい」
そうかね、と苦笑するダグラス。世間話をしながらバロンを待ってると扉が開く音がして、今度こそ今日の標的がやってきた。
「はらへった~」
「おつかれ」
「おつかれさま!」
何も知らない標的がご飯を取りに奥に向かう。よし、今だ!
「うぉ!?」
ビクン!と背筋を伸ばして首を抑えるバロン。
「ど、どうしたんだい?」
「いや、今よぉ、首になにか」
「首? なにもないよ?」
気のせいか……とバロンは再び奥に向かう。まだまだ始まったばかりだからな、覚悟してよ。後ろ姿を見つめながらボクは策を考えた。
ごはんを持ってバロンは戻ってきた。そしてボクの正面に座ったバロンと今日は何をした何があったとか、明日の計画を話して平和な時間を過ごした。
「それじゃ、そろそろ私は行こうかね」
「あ、ボクも」
ボクとダグラスは食器を片し終えて扉へ向かう。またな~と手を振るバロンに風の魔法を放つ。
「ぅお!」
バッと手を下げて自身の手のひらを眺めるバロン。ボクにかかれば掠る程度の風を起こすなんて朝飯前なんだよ。くすぐったかったかな?
「なんだい、今日は変だね」
「いや、なんか、手にさ……」
「手に?」
「……なんでもねぇ」
訝しげにダグラスはバロンを見つめていたけど、なにも言わなそうなバロンに諦めて食堂を出た。ボクもあとを追いかけて食堂を出て、ふふふっと笑ってしまった。
「……まさか、ノマ」
「な、何もしてないよ」
「……やり過ぎないようにね。意外と小心者なんだ、アイツは」
ダグラスはポンポンとボクの頭を叩いた後、部屋に戻って行った。むむ、小心者か……でも、少しくらいなら大丈夫だよね? 散々バカにされたんだ、ボクだってバロンをバカにしたい。
ボクも自分の部屋に戻って簡単に荷物をまとめて、明日出発する準備をする。フォトナさんや他の人達とお別れって、明日できるのかな。フォトナさんとは畑で会ったきり話せてないし、なんならリドリー家の人とはまったく話せていない。こんなものなのかな?ダグラスも特になにも言ってなかったし、何も無いのかもしれないし、明日お別れするのかもしれない。
バタン
そんなことを考えてると、バロンが部屋に戻ってきたらしい。今日は食堂から浴場に直行したのか、戻ってくるのにやけに時間がかかったな。よし、もう少ししたら脅かそう。
「ふふ」
ボクは知っていた。バロンは寝る時に窓を開けることを。ボクも窓を開けて準備をする。日もすっかり落ちて、星々の瞬きが目立つ。かつて見た星空よりは少し輝きは少ないけれど、王宮からみるものよりも断然きれいだった。
「星空」とは上手い言葉を作ったものだ。ただの夜の空、夜空ではなく星の空。もちろん人によってはこの空でさえ、ただの夜空でしかないのだろうけれど。
ギシギシ
ベッドの軋む音がしてバロンが寝始めたのを知る。思い浸るのはおわり、バロンで遊ぼう。
目を閉じて、ひょいっと指を回して風をバロンの部屋に送り込む。まずは慎重に、バロンの位置を確認する。
ヒュー
「……ん?風か」
ヒュー 、キィー、
「……な、なんだ、いま腕に」
キィーッ、キュィーッ
「な、え!?ちょ、首は!」
見えなくたって風の精霊たちのおかげでバロンのいる位置は風の感じでなんとなく伝わる。殺傷能力はない風だし、当たっても問題はない。今バロンは正体不明のなにかに触られている感じがしていることだろう。
そして窓が軋む音も女の人のすすり泣く声に聞こえるように、だんだんと小さく調整する。
「な、なんだってんだ!」
どこか縋るような声を出すバロン。もうちょっと脅かしていたい気もするけどダグラスにも注意されたし、こんなもので許してあげよう。
キィー、バタン!
「うぉ!閉まりやがった……」
床に尻もちをついたのだろうか。ドスン、と音がかすかに聞こえた。
「っふ、くく、っはは!」
せいぜい不安の中眠るが良い。明日の見張りはボクがやってあげるからさ、安心してくれ。
ボクは清々しい気持ちでまた星空を見上げた。なんとなく、星々も笑ってくれてる気がした。
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どんな日も、星はキレイだった
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