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17 人形が燃やされる!!
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明くる日……
喜三郎と庄助は、明け六つ過ぎに、小日向屋の番頭宅に向かった。
「あ。あれは、何でっしゃろ」
目指す二丁目辺りで、騒ぎが起こっていた。
喜三郎と、庄助は、脱兎のごとく、同時に駆け出した。
家の前には、既に野次馬らしき群衆が、黒山になっている。
人垣を押し分けて、前に出た。
「こ、こりゃあ……」
群衆が見守る中を、火消し装束の鳶たちが大勢、立ち働いている。
「早く、全部、運び出しちまえ」
戸口で叫んでいるのは、丑之助だった。
「な、なんだって」
目の錯覚かと、喜三郎は、我が目を疑った。
目の前を〝浅茅ヶ原一ツ家〟の姥の人形の首が、運び出される。
植え付けた白髪が剥がれて、白い糸になって、空中を舞う。
首のほかに、胴体だった部分、手足が、ばらばらに引きちぎられ、家の内から運び出されて行く。
「ま、待っておくんなさい。い、いったいぜんたい……」
丑之助の腕を掴んだ。
「おう。喜三郎かい」
振り向いた丑之助は、目の回りに黒い隈を作り、血走った目をしている。
「てめえの人形が、夜中に動いたんでえ。こんな怪異を起こす人形なんか、燃やしちまえ」
大道具、小道具まで、滅茶苦茶に壊され、大八車に、放り投げるように積まれる。
庄助が止めようとするが、気の荒い連中に、弾き飛ばされた。
「どんな祟りがあるかわからねえ。俺っちにも、もう婆ぁが取り憑いてるかも知れねえ。寺に運んで、今日にでも、祈祷してもらって、焼くしかねえだろが」
「ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでも、勝手にそんなこと……」
喜三郎の懇願も、丑之助には届かない。
「辰五郎親方は、御存知なんですかい」
「親父も、『すぐ燃やしちまえ』と、言ってるぜ」
辰五郎も承知とあっては、逆らえる状況ではない。
「お願いですから。私がなんとかしますから、燃やすことだけは止めてください」
喜三郎の悲痛な叫びは、鳶たちの喚き声や、見物人の騒ぎに掻き消された。
翌々日、浅草寺奥山最奥にある念仏堂で、人形の供養が行われた。
大勢の鳶に混じって、火消し装束に正装した辰五郎の姿も見える。
どう見ても、大張り切りだった。
喜三郎の姿を見て、(わしに任せておけ。ちゃんと片付けてやる)とばかりに、鷹揚に頷いた。
読経が続く中、積み上げられた人形に、火が点けられる。
「灰を集めて、大川へ流しゃあ、一件落着でえ」
燃える人形を眺めながら、丑之助は、晴れ晴れした顔である。
「兄ぃ。あれは、お蔦ちゃんの小屋の……」
庄助が、耳打ちした。
見物人の輪の向こうに、豊吉らしき顔が見えた。
皺の深い顔は、薄笑いを浮かべている。
「あの野郎。面白がって、見に来やがったな」
頭に血が上る。
野次馬の中を、豊吉を目がけ、突進したが……
「い、いねえ」
豊吉がいたと思しき場所には、影も形もなかった。
炎は勢いを増す。
火の粉が、灰が、高く舞い上がる。
最後の輝きを見せながら、消えていく。
「あ」
鬼婆の頭が、燃えながら喜三郎を睨んでいた。
目が合った。
光る瞳は、あの、水茶屋の姥の目だった。
怒りとも、悲しみとも、いや、安らぎとも取れる、不思議な色を湛えて灰になる。
焼かれて灰になる人形が、喜三郎の前途を暗示していた。
「踏んだり蹴ったりたあ、このこった」
喜三郎は、炎を見詰めながら、一人ごちた。
「迫真の人形に出来上がったゆえの〝惨事〟でしたなあ」
庄助が、顎に手をやった。
「同じ奥山で、華やかに興行が続いてるってえのによ。俺っちは……」
喜三郎は、狛犬の台を、足で蹴った。
人形が灰になって、大川に流されるまで、見届けられなくなった。
念仏堂の前を、小走りで離れた。
奥山の興行地とは地続きである。
急に人が多くなった。
お蔦の蛇遣い小屋が見えた。
小屋のすぐ前隣は、ぽっかりと広い更地が広がっている。
辰五郎なら、夢を見たとしても、笑い飛ばすか、退治しようとしたに違いない。
まだまだ一人前とは言えぬ、丑之助の小心さに、恨みめいた気持ちが湧く。
「なんだか、疲れたな。誰が悪いってもんじゃねえ。運ってえもんだ」
頭を二度三度と振り、側頭を掌底で、軽く叩いた。
お蔦の小屋の前では、痩せぎすな木戸番が、声を張り上げている。
喜三郎の小屋の盛況に押されていたときは、精彩を欠いていたが、今は大張り切りで、元気が良い。
呼び込みの口上の意気が上がれば、声の調子も明るく、景気よくなる。
客も入る。
「この前までの様子じゃあ、小屋を仕舞う瀬戸際だったが、皮肉なもんでえ。ここまで盛り返すたあな」
さきほど見た、豊吉の醜い笑い顔が、脳裏に蘇った。
「喜三郎」
老人らしい掠れ声に、喜三郎は振り向いた。
一瞬、目を宙を泳ぐ。
視線を落とし、子供のような背丈の豊吉と、ようやく目を合わせた。
豊吉は、嫌な笑いを顔に貼り付けている。
喜三郎は、豊吉を威嚇するように、仁王立ちになった。
「やい。豊吉。てめえは、面白くてたまんねえんだろうな。お上に、『お恐れながら』と申し出たのは、てめえじゃねえのか」
語気も荒く、豊吉に噛みついた。
「ま、そう思われても仕方ねえやな」
豊吉は、福の神の人形、叶福助のような頭を撫でた。
予想したような、勝ち誇った口ぶりではなかった。
豊吉の、意外な冷静さに、喜三郎は拍子抜けした。
「良い気味だって思ってやがるんだろ。さっきだってよお。嬉しげに、俺の人形が燃やされるのを、笑ってやがったじゃねか」
いつものように口喧嘩に乗ってこない豊吉に納得できず、もう一煽りしてみた。
「俺はなあ……」
豊吉の言葉は、何故か、湿り気を帯びていた。
「背丈も顔も、並みの人間たあ、随分と外れてる。泣いていたって、笑ってると思われる。笑っていたら、怒ってるのかと、因縁をつけられることだって、いつものこってえ」
「ま、まさか、さっき嘲笑ってたのも、笑ってたのじゃねえとでもいうのか」
豊吉の目の奥を見れば、出任せではなさそうである。
普段の豊吉なら、自分から喧嘩を吹っ掛けるくれえで、妙な言い訳するような奴じゃねえ。
大袈裟に嘲り、喜三郎と大喧嘩を始めているはずだ。
「ま、裏に来いや。急ぎじゃねえんだろ」
豊吉は、先に立って、蛇遣い小屋の裏へ向かった。
楽屋口の外に縁台が二つ置かれており、煙草盆、土瓶、茶碗が載っている。
勧められるままに、縁台に腰を掛けた。
「喜三郎。こんなことぐれえで落ち込んでるんじゃねえぞ」
豊吉は、長煙管に火を点けながら、呟いた。
「え」
「今になっちゃあ、確かに、俺も大人げなかったと思ってる」
「それは、俺が〝落ち武者〟になっちまったから、哀れんでくれてるってことだろが」
「確かに羨んでいた。けど、その理由は、だな……」
豊吉は、煙草の煙を、ゆっくりと吐き出した。
「訳がどうした」
「まあ、順に聞いてくれや。……その昔、文政の頃、俺は籠細工職人の端くれで、見世物興行に加わったんだ」
一田庄七郎による、籠細工興行が、異常なほど大当たりし、それ以降、見世物の主流になった。
喜三郎の見世物も、細工見世物の範疇にある。
「そうだったのかい」
細工職だと聞けば、急に親近感が増す。
「けどよ。一田に押され、俺の親方は見世物興行からあっさり手を引いちまった。けどよ。そんときにゃ、俺はもう見世物興行に魅せられてた。普通の職人にゃ戻れず、縁があって、蛇遣い小屋を任された」
豊吉は、煙草盆に、煙管の灰を落とした。
「鰻上りに人気が出て、大当たり。随分と羽振りの良い時期もあったんでえ」
豊吉は、雲が次第に増していく空を仰ぎ見た。
「太夫元として、稼ぎが良かったもんで、美人の太夫とも、ほんの少しの間だったが、縁を結ぶことができた」
豊吉は、雲の陰に隠れた明るい日の光を探し求めるように、ますます遠い目になった。
お蔦から聞いた身の上話と、繋がっていく。
「もしかして、お蔦のおとっつあんてのが……」
「あ。いや。違う。あんな綺麗な娘の父親が、俺みてえな男のはずがねえじゃんえか」
豊吉は、おかしいほど強く否定した。
つまり、周りにも親子だと言わせてねえわけか。
豊吉が哀れになった。
小屋を張っていた豊吉が、今は、しがない楽屋番に落ちぶれた理由も、聞かないことにした。
お蔦の話と、きっちりと噛み合うな。
看板の美人太夫がいなくなり、小屋は入りが悪くなったのだろう。
逃げた女房に未練たらたらな豊吉は、無心されれば、無理をしてでも金を工面していたのだろう。
だから、女の消息も知っていたのだ。
「細工物で、一度は身を立てようと思ったものの、上手く行かなかった。見世物興行で頑張ったが、立ちゆかなくなった。それで、ついつい、二重の意味で、てめえが羨ましくなったってえわけでえ」
豊吉は、泣き顔になった。
苦笑のつもりだろう。
「ありがとよ。豊吉さん。わだかまりが一つ取れて、良かったぜ」
喜三郎は、豊吉の肩を叩いた。
喜三郎と庄助は、明け六つ過ぎに、小日向屋の番頭宅に向かった。
「あ。あれは、何でっしゃろ」
目指す二丁目辺りで、騒ぎが起こっていた。
喜三郎と、庄助は、脱兎のごとく、同時に駆け出した。
家の前には、既に野次馬らしき群衆が、黒山になっている。
人垣を押し分けて、前に出た。
「こ、こりゃあ……」
群衆が見守る中を、火消し装束の鳶たちが大勢、立ち働いている。
「早く、全部、運び出しちまえ」
戸口で叫んでいるのは、丑之助だった。
「な、なんだって」
目の錯覚かと、喜三郎は、我が目を疑った。
目の前を〝浅茅ヶ原一ツ家〟の姥の人形の首が、運び出される。
植え付けた白髪が剥がれて、白い糸になって、空中を舞う。
首のほかに、胴体だった部分、手足が、ばらばらに引きちぎられ、家の内から運び出されて行く。
「ま、待っておくんなさい。い、いったいぜんたい……」
丑之助の腕を掴んだ。
「おう。喜三郎かい」
振り向いた丑之助は、目の回りに黒い隈を作り、血走った目をしている。
「てめえの人形が、夜中に動いたんでえ。こんな怪異を起こす人形なんか、燃やしちまえ」
大道具、小道具まで、滅茶苦茶に壊され、大八車に、放り投げるように積まれる。
庄助が止めようとするが、気の荒い連中に、弾き飛ばされた。
「どんな祟りがあるかわからねえ。俺っちにも、もう婆ぁが取り憑いてるかも知れねえ。寺に運んで、今日にでも、祈祷してもらって、焼くしかねえだろが」
「ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでも、勝手にそんなこと……」
喜三郎の懇願も、丑之助には届かない。
「辰五郎親方は、御存知なんですかい」
「親父も、『すぐ燃やしちまえ』と、言ってるぜ」
辰五郎も承知とあっては、逆らえる状況ではない。
「お願いですから。私がなんとかしますから、燃やすことだけは止めてください」
喜三郎の悲痛な叫びは、鳶たちの喚き声や、見物人の騒ぎに掻き消された。
翌々日、浅草寺奥山最奥にある念仏堂で、人形の供養が行われた。
大勢の鳶に混じって、火消し装束に正装した辰五郎の姿も見える。
どう見ても、大張り切りだった。
喜三郎の姿を見て、(わしに任せておけ。ちゃんと片付けてやる)とばかりに、鷹揚に頷いた。
読経が続く中、積み上げられた人形に、火が点けられる。
「灰を集めて、大川へ流しゃあ、一件落着でえ」
燃える人形を眺めながら、丑之助は、晴れ晴れした顔である。
「兄ぃ。あれは、お蔦ちゃんの小屋の……」
庄助が、耳打ちした。
見物人の輪の向こうに、豊吉らしき顔が見えた。
皺の深い顔は、薄笑いを浮かべている。
「あの野郎。面白がって、見に来やがったな」
頭に血が上る。
野次馬の中を、豊吉を目がけ、突進したが……
「い、いねえ」
豊吉がいたと思しき場所には、影も形もなかった。
炎は勢いを増す。
火の粉が、灰が、高く舞い上がる。
最後の輝きを見せながら、消えていく。
「あ」
鬼婆の頭が、燃えながら喜三郎を睨んでいた。
目が合った。
光る瞳は、あの、水茶屋の姥の目だった。
怒りとも、悲しみとも、いや、安らぎとも取れる、不思議な色を湛えて灰になる。
焼かれて灰になる人形が、喜三郎の前途を暗示していた。
「踏んだり蹴ったりたあ、このこった」
喜三郎は、炎を見詰めながら、一人ごちた。
「迫真の人形に出来上がったゆえの〝惨事〟でしたなあ」
庄助が、顎に手をやった。
「同じ奥山で、華やかに興行が続いてるってえのによ。俺っちは……」
喜三郎は、狛犬の台を、足で蹴った。
人形が灰になって、大川に流されるまで、見届けられなくなった。
念仏堂の前を、小走りで離れた。
奥山の興行地とは地続きである。
急に人が多くなった。
お蔦の蛇遣い小屋が見えた。
小屋のすぐ前隣は、ぽっかりと広い更地が広がっている。
辰五郎なら、夢を見たとしても、笑い飛ばすか、退治しようとしたに違いない。
まだまだ一人前とは言えぬ、丑之助の小心さに、恨みめいた気持ちが湧く。
「なんだか、疲れたな。誰が悪いってもんじゃねえ。運ってえもんだ」
頭を二度三度と振り、側頭を掌底で、軽く叩いた。
お蔦の小屋の前では、痩せぎすな木戸番が、声を張り上げている。
喜三郎の小屋の盛況に押されていたときは、精彩を欠いていたが、今は大張り切りで、元気が良い。
呼び込みの口上の意気が上がれば、声の調子も明るく、景気よくなる。
客も入る。
「この前までの様子じゃあ、小屋を仕舞う瀬戸際だったが、皮肉なもんでえ。ここまで盛り返すたあな」
さきほど見た、豊吉の醜い笑い顔が、脳裏に蘇った。
「喜三郎」
老人らしい掠れ声に、喜三郎は振り向いた。
一瞬、目を宙を泳ぐ。
視線を落とし、子供のような背丈の豊吉と、ようやく目を合わせた。
豊吉は、嫌な笑いを顔に貼り付けている。
喜三郎は、豊吉を威嚇するように、仁王立ちになった。
「やい。豊吉。てめえは、面白くてたまんねえんだろうな。お上に、『お恐れながら』と申し出たのは、てめえじゃねえのか」
語気も荒く、豊吉に噛みついた。
「ま、そう思われても仕方ねえやな」
豊吉は、福の神の人形、叶福助のような頭を撫でた。
予想したような、勝ち誇った口ぶりではなかった。
豊吉の、意外な冷静さに、喜三郎は拍子抜けした。
「良い気味だって思ってやがるんだろ。さっきだってよお。嬉しげに、俺の人形が燃やされるのを、笑ってやがったじゃねか」
いつものように口喧嘩に乗ってこない豊吉に納得できず、もう一煽りしてみた。
「俺はなあ……」
豊吉の言葉は、何故か、湿り気を帯びていた。
「背丈も顔も、並みの人間たあ、随分と外れてる。泣いていたって、笑ってると思われる。笑っていたら、怒ってるのかと、因縁をつけられることだって、いつものこってえ」
「ま、まさか、さっき嘲笑ってたのも、笑ってたのじゃねえとでもいうのか」
豊吉の目の奥を見れば、出任せではなさそうである。
普段の豊吉なら、自分から喧嘩を吹っ掛けるくれえで、妙な言い訳するような奴じゃねえ。
大袈裟に嘲り、喜三郎と大喧嘩を始めているはずだ。
「ま、裏に来いや。急ぎじゃねえんだろ」
豊吉は、先に立って、蛇遣い小屋の裏へ向かった。
楽屋口の外に縁台が二つ置かれており、煙草盆、土瓶、茶碗が載っている。
勧められるままに、縁台に腰を掛けた。
「喜三郎。こんなことぐれえで落ち込んでるんじゃねえぞ」
豊吉は、長煙管に火を点けながら、呟いた。
「え」
「今になっちゃあ、確かに、俺も大人げなかったと思ってる」
「それは、俺が〝落ち武者〟になっちまったから、哀れんでくれてるってことだろが」
「確かに羨んでいた。けど、その理由は、だな……」
豊吉は、煙草の煙を、ゆっくりと吐き出した。
「訳がどうした」
「まあ、順に聞いてくれや。……その昔、文政の頃、俺は籠細工職人の端くれで、見世物興行に加わったんだ」
一田庄七郎による、籠細工興行が、異常なほど大当たりし、それ以降、見世物の主流になった。
喜三郎の見世物も、細工見世物の範疇にある。
「そうだったのかい」
細工職だと聞けば、急に親近感が増す。
「けどよ。一田に押され、俺の親方は見世物興行からあっさり手を引いちまった。けどよ。そんときにゃ、俺はもう見世物興行に魅せられてた。普通の職人にゃ戻れず、縁があって、蛇遣い小屋を任された」
豊吉は、煙草盆に、煙管の灰を落とした。
「鰻上りに人気が出て、大当たり。随分と羽振りの良い時期もあったんでえ」
豊吉は、雲が次第に増していく空を仰ぎ見た。
「太夫元として、稼ぎが良かったもんで、美人の太夫とも、ほんの少しの間だったが、縁を結ぶことができた」
豊吉は、雲の陰に隠れた明るい日の光を探し求めるように、ますます遠い目になった。
お蔦から聞いた身の上話と、繋がっていく。
「もしかして、お蔦のおとっつあんてのが……」
「あ。いや。違う。あんな綺麗な娘の父親が、俺みてえな男のはずがねえじゃんえか」
豊吉は、おかしいほど強く否定した。
つまり、周りにも親子だと言わせてねえわけか。
豊吉が哀れになった。
小屋を張っていた豊吉が、今は、しがない楽屋番に落ちぶれた理由も、聞かないことにした。
お蔦の話と、きっちりと噛み合うな。
看板の美人太夫がいなくなり、小屋は入りが悪くなったのだろう。
逃げた女房に未練たらたらな豊吉は、無心されれば、無理をしてでも金を工面していたのだろう。
だから、女の消息も知っていたのだ。
「細工物で、一度は身を立てようと思ったものの、上手く行かなかった。見世物興行で頑張ったが、立ちゆかなくなった。それで、ついつい、二重の意味で、てめえが羨ましくなったってえわけでえ」
豊吉は、泣き顔になった。
苦笑のつもりだろう。
「ありがとよ。豊吉さん。わだかまりが一つ取れて、良かったぜ」
喜三郎は、豊吉の肩を叩いた。
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