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第42話(ルーパート視点)

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 分かっている。
 本当は、分かっている。

 嫌だった。

 無垢で、心優しいアドレーラ。
 よこしまな思いなど一つもない、優しい目。

 その、すべてを包み込むような清らかな目で見られると、ワガママで、粗暴で、それなのに能力は人並み以下の、自分の矮小さを思い知らされるようで、たまらなく嫌だったのだ。

 だから、殴った。
 優しい眼差しが、恐怖に染まるまで、殴った。
 そうすれば、あいつも、僕と同じ、矮小な存在になるような気がして。

 嘘だろ?

 そんなくだらない理由で、彼女を殴ったのか?

 最低だ。

 今更ながら、心底そう思う。
 僕は、本当に最低だ。

 その時、隣に座っていた浮浪者から、不意に声をかけらた。

「あんた、あのクソ貴族のルーパートに似てるな」

 僕は恐怖と焦りで、飛び上がった。

 そして、逃げた。
 全速力で、逃げた。

 走って走って、心臓が破れそうになったが、それでも走り続けた。
 やがて、体力の限界を迎えると、足は力を失い、僕はそのまま倒れ込む。

 荒い息の中、また、思う。

 最低だ。

 本当に自分を最低だと思っているのなら、「似てるも何も、僕はルーパート本人だよ」と答えればよかったじゃないか。そうすれば、みんなが集まって来て、アドレーラに散々ひどいことをした僕をリンチして、殺してくれるだろう。

 しかし僕は、逃げた。
 罰せられることから、逃げたのだ。

 本当に最低だ。

 僕は地面に倒れ伏したまま、泣き続けた。





 気がつけば僕の足は、レデリップ邸――アドレーラの元に向かっていた。

 何のために?

 まさか、今更になって、彼女に謝ろうとでも言うのか?

 わからない。

 彼女におこなったことに対して、やっと、罪の意識が湧いてきたのか?

 わからない。

 許されるとでも思っているのか?

 わからない。

 許されるはず、ないだろう。

 そうだな。

 …………
 ……………………
 ………………………………でも、会いたかった。

 いや、会えなくてもいい。
 一目でもいいから、彼女の笑顔が見たかった。

 薄汚い僕が、疲れた足を引きずるようにして街道を行く姿を見て、人々が笑っている。ある者はあざけり、ある者は顔を顰め、小さな子供は、遠慮なく「汚いやつ」と罵った。

 僕は、子供の方を向いて、笑った。

 汚いやつ。

 僕にピッタリの呼び名だ。

 いきなり視線を向けられて驚いたのか、子供は逃げて行った。

 おや、悪いね。
 怖がらせるつもりはなかったんだけど。

 ああ、そうか。
 前歯がないから、笑うと相当に不気味なんだな。
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