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第12話(ジョセフ視点)

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「……疲れた」

 すっかり日も沈んだ、鉱山からの帰り道。
 誰に主張するわけでもないのだが、僕の口から、自然と言葉が漏れた。

 どうして鉱山なんかに行っていたのかって?
 そこが、今の僕の職場だからさ。

 三年前、フェリシティアとの婚約が解消された後、僕の家は完全に資産を失い、とうとう平民になってしまった。……父上は、『どうしてもっと、フェリシティアの機嫌を取っておかなかったんだ! 馬鹿息子が! お前のせいで、贅沢な暮らしができなくなっちまっただろうが!』と言い、僕を殴った。

 ふん。
 何が『お前のせいで』だ。

 周りの貴族から馬鹿にされている最下級貴族のあんたが贅沢できていたのは、僕がフェリシティアと婚約し、彼女のお父上から援助を受けていたおかげじゃないか。

 父上は、僕と母上を残して、姿を消した。

 最後に嫌な目つきで僕たちを睨み、『お前たちの面倒を見るのなんてまっぴらだ。俺はこれから一人で生きる』とほざいていたが、あんたに面倒を見てもらった覚えなど、一度もない。

 だいたい、これまで、ろくに働いたこともない中年男が、自分一人で生きられると思っているのだろうか? 今頃きっと、どこかの町で借金でも作り、金貸しどもから逃げ回る、惨めな人生を送っているに違いない。

 ……はぁ。

 ただでさえ疲れているのに、不愉快な父親のことを思い出し、ますます体が重くなる。ふと、街灯に照らされた、商店の窓ガラスに、僕の顔が映った。

 鼻も、頬も、鉱山の炭で真っ黒だ。

 ふっ。
 ふふっ。

 なんだか無性におかしくて、笑いがこみ上げてくる。

 ……三年前まで、最下級とはいえ貴族であったこの僕が、今は、町はずれの鉱山で、炭鉱夫として働いているなんて。自分で言うのもなんだが、とてつもない転落人生である。

 貴族としての身分をはく奪され、平民になった以上、働かなければいけないのは分かっていたが、それでも、貴族時代に培った教養を活かした、もう少し文化的で、知的な職に就けると、僕は予想していた。

 しかし、それがとてつもなく甘い考えであったと、すぐに思い知った。

 今僕が述べた『もう少し文化的で、知的な職』は、優秀な就職希望者たちが、競い合うようにして少ない席を奪い合っている。……彼らの瞳は、まるでハンターだ。数少ないチャンスを、必ずものにしてやるという野心と意欲に溢れている。

 ……とてもではないが、僕には彼らほどの意欲はない。そもそも、できることなら、働きたくなどないのだから。まあ、僕が必死になったところで、愚鈍で、実務経験もなく、根性さえもなさそうな、元貴族のお坊ちゃんなど、お呼びではないだろうが。
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