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第11話
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それはきっと、大変なことだったに違いないが、ジョセフは若いし、体力もあるので、一生懸命働けば、まあ、貴族並みとまではいかなくても、ちゃんとした暮らしをすることはできると思う。少なくとも、衣食住に困ることはない。
案外今頃、平民であるパメラと結婚して、幸せに暮らしているのかもしれない。だって二人は、あんなに仲が良かったんだもの。今となっては、あの二人には何の恨みもないわ。……さすがに、もう一度会いたいとは思わないけど。
そして私は、玄関に到着した。
いや、玄関――と言うより、エントランスホールと述べた方が適切だろう。私の実家の玄関も立派だったが、さすがは地方領主のお屋敷、スケールが少々違う。調度品の銅像を磨いていたメイドが、小走りにやってきた私を見て、慌てた声を上げる。
「まあまあ、フェリシティア様、お腹に赤ちゃんがいるのですから、走っては危ないですよ」
いたずらっ子をたしなめるように言われ、急に恥ずかしくなった私は、頬を染めて笑う。
「ごめんなさい。リカルドを一番に出迎えてあげたくて」
メイドも、私につられたように、笑った。
「ふふ、それでは、玄関のドアを開けるのはわたくしにお任せください。よいしょ……っ!」
玄関のドアと言うより、『巨大な門』と形容した方がピッタリの立派なドアを、メイドは丸太のような腕で押し開いた。私は彼女にお礼を言い、外に出る。
そこでは今まさに、リカルドが馬車から降りるところだった。
ちなみに、馬車の御者は、うちの実家でずっと働いていた、あの初老の御者だ。最近、うちの実家では馬車を出す機会がめっきり減ったので、現在は、こちらに移り住み、仕事をしているのである。
彼の御者としての技術は確かなものであり、リカルドも、リカルドのお父様も、全面的に彼を信頼している。御者は私を見て、ニッコリと微笑んだ。いつも私を見守ってくれる、お爺ちゃんみたいな彼に、私もニッコリと笑顔を返す。
そして、馬車から降りたリカルドが、私に気がついた。
彼は端正な眉を心配そうに歪め、困ったような、それでいて嬉しそうな顔で、私に言う。
「ただいま、フェリシティア。私を迎えてくれるのはとても嬉しいけど、身重の体で、無理をしなくていいんだよ」
先程想像した通りのことを言われ、私は軽く吹き出してしまう。それから、私もまた、先程想像した通りの挨拶を、満面の笑みでリカルドに言うのだった。
「おかえりなさい、リカルド。今日も一日、お疲れ様」
リカルドも、私も、御者も、メイドも、皆が笑顔だった。
素晴らしく幸福で、楽しい毎日。
これからもずっと、こんな日々が続くに違いない。
――――――――――――――――――――――――――――――――
次回からは、ジョセフの視点で物語が進行します。
もう貴族ではなくなった彼は、過酷な鉱山労働で身も心もボロボロになりながら、精神的に不安定な母親と、無駄飯食らいの居候――パメラを養っているのでした。
案外今頃、平民であるパメラと結婚して、幸せに暮らしているのかもしれない。だって二人は、あんなに仲が良かったんだもの。今となっては、あの二人には何の恨みもないわ。……さすがに、もう一度会いたいとは思わないけど。
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「ごめんなさい。リカルドを一番に出迎えてあげたくて」
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「ふふ、それでは、玄関のドアを開けるのはわたくしにお任せください。よいしょ……っ!」
玄関のドアと言うより、『巨大な門』と形容した方がピッタリの立派なドアを、メイドは丸太のような腕で押し開いた。私は彼女にお礼を言い、外に出る。
そこでは今まさに、リカルドが馬車から降りるところだった。
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そして、馬車から降りたリカルドが、私に気がついた。
彼は端正な眉を心配そうに歪め、困ったような、それでいて嬉しそうな顔で、私に言う。
「ただいま、フェリシティア。私を迎えてくれるのはとても嬉しいけど、身重の体で、無理をしなくていいんだよ」
先程想像した通りのことを言われ、私は軽く吹き出してしまう。それから、私もまた、先程想像した通りの挨拶を、満面の笑みでリカルドに言うのだった。
「おかえりなさい、リカルド。今日も一日、お疲れ様」
リカルドも、私も、御者も、メイドも、皆が笑顔だった。
素晴らしく幸福で、楽しい毎日。
これからもずっと、こんな日々が続くに違いない。
――――――――――――――――――――――――――――――――
次回からは、ジョセフの視点で物語が進行します。
もう貴族ではなくなった彼は、過酷な鉱山労働で身も心もボロボロになりながら、精神的に不安定な母親と、無駄飯食らいの居候――パメラを養っているのでした。
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