上 下
52 / 57

第52話

しおりを挟む
 そこで初めて、ぐずるばかりだったチェスタスの瞳に、何かに気がついたような光が宿る。チェスタスは俯き、小さく、「そうか」「そういうことなのか」と呟いている。それはまるで、自分の心の中で、想いをゆっくりと咀嚼しているようだった。

 そして顔を上げたチェスタスは、もう情けなくべそをかいてなかった。
 憔悴こそしているものの、どこか、すべてに納得した顔で、ため息と共に言う。

「……今、やっとわかりました。アンジェラが僕との婚約を破棄することも、ディアルデン家がお取り潰しになることも、結局は、僕の浅はかな考え方と、幼稚な行動が招いた結果なんですね」

 自分の間違いに気がついたチェスタスに、ナディアス王子は慈悲深い眼差しを浮かべ、小さく頷いた。チェスタスもまた、それに呼応するように頷き、語り続ける。

「叔父上に命じられて、不正を手伝っている時も、アンジェラをないがしろにしているときも、僕は、よくないことをしているという実感が、少しもなかった。と、言うより、何も考えていなかったんです。だから、罪悪感もないし、何か問題が起こっても、自分が罰せられるなんて、思いもしなかった。アンジェラが僕を見捨てるなんて、思いもしなかった……」

 そこで一度言葉を切り、チェスタスは再び俯くと、そろり、そろりと言葉を吐き出していく。

「すべてを失って、愚鈍な僕も、さすがに目が覚めました。ディアルデン家はもう無くなってしまいますが、今後は、誠実さを第一に考え、裸一貫で、なんとか頑張っていこうと思います。甘ったれの僕が、本当に一人で生きていけるか、凄く不安だけど……」

 ナディアス王子は、チェスタスの両肩に手を置き、励ますように言う。

「先程までのきみならともかく、今のきみなら、きっと大丈夫ですよ。自分の間違いに気がつき、正しい道を歩もうとしているのですから」

 チェスタスは、静かに「はい」と呟き、そして、部屋を出ていく。
 去り際、彼は私に向かって、小さく声をかけた。

「アンジェラ、嫌な思いをさせて、すまなかった。もう二度と会うことはないだろうから、最後に謝っておくよ」

 私は、首を左右に振り、「もういいのよ」と言う。

 今でもわだかまりはあるが、弱ったチェスタスに追い打ちをかけるほど、私の心は歪んでいない。手を差し伸べてあげようとまでは思わないけど、それでも、チェスタスの今後を思うと、多少は同情心も湧く。今まさに扉をくぐり、出て行こうとするチェスタスを、私は呼び止めた。

「チェスタス」

 チェスタスは立ち止まり、振り向く。呼び止めたものの、なんて声をかけるべきか、数秒悩み、私は、思った通りのことを、そのまま言葉にすることに決め、口を開いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたの世界で、僕は。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,662pt お気に入り:54

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35,973pt お気に入り:2,250

妹の妊娠と未来への絆

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,547pt お気に入り:28

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,268pt お気に入り:1,713

愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:1,859

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,487pt お気に入り:1,465

処理中です...