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第6話 騒音公害と、デスメタルと、天使の歌声
しおりを挟む「音楽は国境を越える」という言葉がある。
美しい旋律は、言葉の壁や種族の違いを乗り越え、人々の心を一つにするという素敵な格言だ。
だが、今の俺がこの言葉に修正を加えるなら、こうだ。
「音楽は(物理的に)鼓膜を破壊し、国境(店の敷地境界線)を越えて殺意を届ける」。
日曜日の昼下がり。
向かいのボッタクリ天使、セラフィナが動き出した。
「さあ皆さん! 私の『癒やしのリサイタル』を聞いて、お布施……いいえ、感謝の代金を払いなさい♡」
彼女は店の前に特設ステージを作り、魔法で増幅された大音量で歌い始めた。
曲調は清らかな賛美歌だが、歌詞が酷い。「財布を開け」「有り金を置け」「ローンも組める」というサブリミナル・メッセージが巧妙に織り交ぜられている。
一種の催眠魔法だ。村人たちが虚ろな目で、ふらふらと向かいの店に吸い込まれていく。
「……店長。許可を」
店内で、ヴァネッサが漆黒のギター(本体が骨でできている)を握りしめ、震えていた。
彼女は元魔族なので、聖歌を聞くとジンマシンが出るらしい。
「あの偽天使の騒音を、私の『深淵の叫び(デスボイス)』で上書きする」
「やめろ。お前のそれは歌じゃなくて呪詛だろ。客が死ぬぞ」
「問題ない。死者は蘇生させて、アンデッド軍団として客にすればいい」
「客単価の話をしてるんじゃないんだよ!」
俺が止めるのも聞かず、ヴァネッサは店の外へ飛び出した。
アンプ(魔力増幅器)を最大出力にセットし、彼女はギターを掻き鳴らした。
ギャイイイイイイイイイ!!!
ガラスが割れるような轟音が、天使の歌声を切り裂く。
魔界の流行歌『絶望のロンド ~内臓を捧げよ~』の演奏開始だ。
「なっ、なんですのこの汚らわしい騒音は!?」
「ハッ! 貴様の薄っぺらい慈愛など、我が闇の旋律で塗りつぶしてくれるわ!」
天使のポップスと、悪魔のヘビメタ。
相反する二つの音が衝突し、俺の店の前で「音の衝撃波」が発生した。地面が揺れ、看板が悲鳴を上げている。
「おう! 楽しそうなことやってんじゃねえか!」
そこへ、一番混ざってはいけない男、アルドが乱入した。
彼はなぜか上着を脱ぎ捨て、上半身裸になっている。
「音楽なら俺に任せろ! 俺の腹筋は最高のパーカッションだぜ!」
バチン! バチン!
アルドが自分の鋼鉄のような腹筋を平手で叩く。
乾いた破裂音がリズムを刻み始めた。嘘だろ、あいつ筋肉で演奏してやがる。しかも無駄にリズム感がいい。
「これぞ『マッスル・ドラム』! セッションだ、ヴァネッサ!」
「フン、悪くないビートだ……ついて来られるか、筋肉男!」
ヴァネッサの轟音ギター、アルドの筋肉ドラム、そしてセラフィナの洗脳ソング。
カオスだ。ここは地獄のフェス会場か。
村人たちが白目を剥いて泡を吹き始めている。
「……(スッ)」
俺が「もう終わりだ」と諦めかけたその時、ミアが静かに店の外へ出た。
彼女は懐から二枚の皿を取り出した。
皿? 何をする気だ。
彼女は無表情のまま、その皿をDJのターンテーブルのように空中で回し始めた。風魔法によるディスク・スクラッチだ。
キュアアアア! ズドオオオオン!
ミアが即興で介入したことにより、全ての音が強制的にリミックスされた。
天使の歌声が歪み、デスメタルが加速し、筋肉のビートが重低音となって響く。
生まれたのは、聞く者の脳髄を直接揺さぶる、狂気のトランスミュージックだった。
「ぬおおおお! 体が勝手に動くのじゃあああ!!」
店の奥から飛び出してきたゼグラム村長が、高速で盆踊りを始めた。
村人たちも次々と踊りだす。全員の意識が飛んでいる。
俺は耳栓をして、店の中からその光景を眺めていた。
天使も悪魔も勇者も魔法使いも、全員が音の渦の中で狂ったように演奏し、踊っている。
翌日。
村の広場には「半径1キロ以内での音出し禁止令」という新しい看板が立てられた。
そして俺の店には、大量の「苦情」と、なぜか昨日の狂乱を忘れられない数名の「熱狂的なファン(全員目がヤバい)」が残されたのだった。
静寂が欲しい。切実に。
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