二人の時間。

坂伊京助。

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ゆいの日常。

傘の下で二人。<前編>

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 優衣が、特に用事も無いのに毎朝早く登校するのには理由がある。一つは、幼馴染で学校一の人気を持つ平手の登校によって出来る人ごみに巻き込まれないようにする為で、もう一つは、朝の静かな教室で一人、窓際の席で一人、静かに読書をしているその、クラスメイトに朝の挨拶を誰よりも早くする為である。入学当時から、今年まで同じクラスで、話しかけようと試みた事はあるものの未だに、“おはよう”という一言があと一歩の所で踏みとどまって中々踏み出せずにいた。そんな風に優衣が心の中で一人、一進一退を繰り返していると、自分に向けられた熱い視線を感じ取り、読書をしていた渡邊里佐は、熱い視線の方に振り向いた。そこには、クラスメイトがいた。しかし、まさか視線が合うとは思っていなかったのだろう、驚きながら少し気まずそうにこちらを見ている。「おはよう。」里佐の方が先に口を開いた。自分に対して掛けられた言葉を、数秒間頭で処理をすることが出来ずにいたが優衣は、ハッと我に返り慌てて挨拶を返した。「お、おはようございます!」驚きと緊張で、体中の筋肉が硬直してその場に直立不動のままでいた。そんな、優衣の姿を見て里佐はクスッっと笑うと読みかけの本をまた読み始めた。里佐の本を読む真剣な横顔を見るとさっきまで緊張が一気に解けた。優衣は、胸を撫で下ろし自分の席についた。すると次第に、生徒が教室に入ってくる。始業のチャイムが鳴り今日一日が始まる。

 最後の授業が終わり荷物をまとめて帰る準備をしていると教室のどこからか、「雨降りそうだから、早く帰ろうよ」「えっ!?まじ、今日、傘なんて持ってきてないよ~。」そんな会話が耳に入ってきて優衣が窓の外を見ると確かに、今にも雨が降ってきそうな空模様だ。外の様子を見て、傘を持ってきていない事を思い出した優衣は急いで教室を出て玄関へと向かった。しかし、優衣が玄関に着いた頃にはもう外は、土砂降りになっていた。本当なら膝から崩れ落ちたい程に、絶望をした。今からまた教室に戻って雨が弱くなるのを、待つのも面倒に思えた優衣は、土砂降りの中をずぶ濡れになり帰ろうかとどうしようかと決心を下せずにいた。「はぁ、、、。」思わず、ため息が口から零れ落ちる。いざ、校舎から土砂降りの中へ走り出そうとした瞬間、ふいに右腕を掴まれた。「この雨じゃ、風邪ひくよ?」そこには、里佐が居た。慌てて教室を出て行った優衣を見ていた里佐は、傘を持っていなさそうだと思い優衣の後を急いで追いかけてきたのだ。「え?いや、あの。」「急にごめん、でも傘持って無さそうだったからさ、心配で追いかけて来たんだけど必要なかった?」優衣の顔を覗き込むように里佐は、クールな眼差しで見つめる。里佐の透き通った瞳に吸い込まれ唖然としたままの優衣。「大丈夫?良かった一緒に傘、入っていく?」「え?」あまりに、突然の誘いに驚きを隠せない優衣。「うん、勿論、だってその為に追いかけて来たんだし」「じゃ、じゃあ、お願いします。」「じゃあ、行こうか。」そういって、里佐が薔薇のように真っ赤な傘を開き二人は、土砂降りの中に踏み出した。
 「確か、小林さんだよね?」「うん、」優衣は、心臓が口から飛び出してきそうな程に緊張をしていた。一方、里佐はというと狭い傘の中で少しでも優衣が濡れないように傘を優衣の方に傾けていた。「話したのって今日が初めてだよね!」「うん、」優衣の返事は、相変わらずどこか上の空だ。「元気なさそうだけど、大丈夫?もしかして、もう風邪ひいちゃった?」「うん、、。」「ずっと前から私の事ずっと見てニヤニヤしてた?」「うん、ってそ、そんな事はしてないっ!」慌てて、答えた優衣の顔見ていたずらっ子の様に微笑んでいる。「やっと、こっち見てくれたね!」
「え?」
「だって、小林さんさっきから、ずっと上の空だったからさ、」
「そ、そうでしたか?」
「うん!」
「渡邊さんって、意外と明るいんだね、」
「そう?意外かなぁ?」「うん、もっとクールな人なのかなぁって思ってました、」
「ふ~ん、じゃあ、期待裏切っちゃたかな?」
「いやっ!そんな事はないですけど」と里佐の方に顔を向けると傘からはみ出した里佐の右肩が雨で濡れているのが目の入った。それまでは、受け答えと歩幅を合わせることに意識を集中させてばかりいて全く里佐の優しさに気が付いていなかった。
「あの、肩濡れちゃってる」
「私の心配してくれるの?小林さん優しいね、でも私は大丈夫だからね」
「せめてもう少しこっちに。」優衣と里佐との距離が一気に縮まる、二人の肩と肩が触れる。いつも、少し遠くから見ていた里佐の横顔が息がかかる程の距離に近づく。「あ、車。」二人の横を一台の車が通り過ぎる。道路の窪みに溜まった水がタイヤによって水しぶきとして歩道に降りかかる。里佐の足もとに水しぶきがかかった。
「あっ、靴。」
「もっと、ゆっくり走ってくれればいいのにね?」「うん、そうだね」それから二人は、暫く無言のまま二人は歩いた。二人の頭上では、傘をノックする雨音だけが鳴り続いている。そして、駅前周辺に着くと。「私、ここから電車だから!」そう言って傘を優衣に手渡して駅の方へ走り出してゆく里佐。「か、傘は?」走り出して少し遠くにいる里佐に聞こえるように大きな声で問を投げる。「明日、返してくれればいいよ、じゃあね!ゆい!」優衣の投げた問に対しての返答を投げ返すと里佐は、雨から両手で頭を守りながら優衣に背を向けて走って行ってしまった。去り際に優衣の名前を言った事に驚いた優衣は、里佐の姿が見えなくなってからも数秒間その場に立ち尽くしていた。行き交う人が多い駅前で一人、手渡された傘の下でさっきまで里佐がいた駅を眺めながら立ち尽くしていた。今までは、挨拶もすることが出来なかった里佐と初めて挨拶を交わして雨の降る中、家路を共にした。
そして、今まで一方的に憧れていた存在だった里佐が去り際に自分の名前を呼んでくれた事に感動と同時に少しだけ心の隅の方で、恋に近いような気持ちが芽生えた。
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