甘夏と青年

宮下

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34 雅紀と智明

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 三津総合病院へ配達に訪れた智明。
 自転車を停め裏口に向かおうとしたところ、正面玄関前で戸惑っている様子の男性に気が付く。
 見舞客だろうか、土日は正面口が封鎖されていることを知らないのかもしれない。

「あの、今日、日曜なので正面からは入れないですよ」

 智明がその旨を伝えるべく近付くと、その男性は以前病院で見かけた、雅紀と名乗る青年であった。

「あ、そうなの?」

 雅紀は智明の言葉を受け、困ったな、と首を擦る。

「土日は裏口から入れますよ。ほら、あそこに見える入り口です。お見舞いですか? えっと、雅紀さん?」

 智明は裏口の方向を指差し説明をする。
 すると、雅紀は視線を智明に向けたまま、驚愕の表情を浮かべてみせた。

「あ、すみません名前勝手に。この間受付で貴方が病院の人とかと話している場に僕も偶々いて。つい口から出てしまいました」

 と、言っても、あまり良い印象ではなかったのだが。
 そういった理由で名前を憶えていた節もある。



「今……俺の名前……」

 雅紀は固まった表情のまま口を開く。

「あれ? 違いました?」

「違う、そうじゃなくて、雅紀って言ったよな? 俺の名前は樋口雅紀だ。もしかして俺の名前、ちゃんと聞こえているのか?」

 雅紀の予想外の反応を受け、やはりおかしな人なのかと、智明は苦手意識を強くする。

「聞こえていますけど……。樋口雅紀さんですよね? それがどうかしましたか」

 智明は雅紀に声を掛けたことを、徐々に後悔し始める。


「君にお願いがある! 俺の話を聞いてくれないか!」

 智明の懐疑的な目に気付かぬまま、雅紀は智明の肩を両手で掴むと、勢いよく身を乗り出した。



「……はい?」



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