学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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02夏休みの出来事

無人島の攻防事件08

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 空は澄んだ青色で、朝から気温が高い。松葉杖をついての登校は酷く億劫おっくうだった。とはいえ夏休みも終了しての二学期初日。授業に取り残されないようにするには困難を押しのけて学び舎に足を運ばなければならない。

「僕が支えるよ」

 純架は「ただし一回100円で」と銭ゲバなところを見せた。

「それにしても色々あったね、夏休み」

「ああ。人から命を狙われたしな。それも何回も」

「何度も窮地に追い込まれる代わりに、そこから必ず生還する。悪運の語釈を改定しなきゃならないね」

 俺はギブスを宙に浮かせながら、次々杖を繰り出す。そういえば、と純架が急に頬をほころばせた。

「知ってたかい楼路君。実は夏休みの間にサラ君誘拐事件を解決したことが、学校の先生方の間で評判になってね。『探偵部』もなかなかやるじゃないか、ということで、特別に空き教室を部室として使っていいことになったんだ。昨日教頭先生から電話があったんだよ」

「マジか?」

 純架は大きく、嬉しそうにうなずいた。

「そうさ。楽しみだね! これで根無し草だった『探偵部』も心の安らぎを得られるってものだよ」



 授業のない日とあって、1年3組の生徒たちはリラックスムードだった。担任の宮古博みやこ・ひろし先生はすっかり日に焼けている。まだ夏休みの余韻に浸っている、眠たそうな目つきだった。

 ホームルームが終わると、早速純架は職員室に鍵を取りに行く。羽毛のような足取りの軽さだ。やがて戻ってきて俺と奈緒、英二と結城を連れ出す。日向は新聞部で今日は来られない。

 部屋は木造の旧校舎3階にあるらしい。新校舎とは連絡通路で繋がっている。純架は意気揚々と大手を振って、先頭に立って進んでいく。悩み事の欠片もない我が部長。

 鼻歌を歌いながら、純架は元は1年5組として使われていた教室の前に立った。鍵を開ける。

「さあ、ようこそ! 『探偵部』のアジトへ!」

 まるで歌劇の主役のように悠然ゆうぜんと、純架は扉を開いてみせた。

「……あれ?」

 教室は片付けられた机と椅子とで、その半ばを占領されていた。それだけならまだいい。

「君、誰だい?」

 見知らぬ少女がこちらを向いて、平然と佇立ちょりつしていたのだ。彼女は言った。

「あたしは1年5組の白石しらいしまどか。よろしゅうな」

 木造製旧校舎、その3階の元1年5組。そこでうら若い少女が待ち構えていたのだ。

「白石まどか……?」

 桐木純架は目をしばたたいた。手の中でこの部屋の鍵が鳴る。

「鍵もないのにどうやって僕ら『探偵部』の神聖なる部室に入ったんだい。そもそも、今の1年に5組なんてないし。君はいったい……」

「幽霊や」

 まどかはこともなげに言った。

「訳あってこの部屋に地縛霊として住みついとる。今まで物置だったこの教室に、三日前先生方が乗り込んできはって、数人掛かりで片付けと掃除をしていかれてな。ああ、誰かが使うんやな、と思ってからはあたし、ちょっと興奮してな。それで今日君たちが来た。あたしが舞い上がってるのも、そういうわけやから堪忍かんにんしてや」

 からからと屈託くったくなく笑う。俺たちは茫然自失ぼうぜんじしつのていだった。

 まどかは茶色のポニーテールで、つぶらな瞳は燃えるように赤い。鼻が小さく控えめな代わりに、口は大きかった。八重歯が見える。制服は奈緒たちと変わらなかった。

 奈緒はその整った顔を青くした。俺の裾を掴んで見るからに怯える。

「ちょっと怖いんですけど」

 英二は苛立ちを隠さなかった。怒りに満ちた声ではねつける。

「馬鹿も休み休み言え」

 彼は小さい体をずかずかと運び、まどかの腕を掴もうとした。

「幽霊なんているわけ……」

 だが英二の手は虚空を握った。まどかの体は立体映像のように、そこにあるのに実体がなかったのだ。

「なっ……!」

 英二がひるんだ声を発して二歩、三歩と後ずさる。どうやら幽霊には免疫がないらしい――まあ彼に限らず、俺たち全員そうだが。

 まどかはくすっと笑った。可愛らしい。

「な、幽霊やろ? 君たち、この教室をこれから使うんやろ。長いこと誰も来はんかったんで退屈してたんや。先生方に話しかけても良かったんやけどな、おはらいとかやりそうやったんで回避してたんや。ちゅうわけで、これからよろしゅうな」

 俺は脂汗を拭って純架に尋ねた。部室獲得の喜びは一転、恐怖の前にしぼんで失望にとって替わられていた。

「おい、どうする。この教室、やっぱり気持ち悪すぎるぞ」

 純架は英二と入れ替わるように前進し、まどかの体を手で払った。しかしやはり、その手はまどかの体を通過する。何度か試し、純架は顎をつまんだ。

「なるほど、白石さんはどうやら本当に幽霊らしい。これはもう間違いないね」

「せやろ? 美少年君」

「しかもこの教室に地縛霊として住み着いている」

「せや」

「それは困ったね。ここは『探偵部』の部室なんだ。ここには基本、部員しか入室できないんだよ」

 まどかが初めて笑みを消した。探るように相槌を打つ。

「ほうほう、それで?」

「君も『探偵部』に入ってもらわなくちゃね」

 俺はあっけに取られた。相棒の腕を掴んで揺さぶる。これは紛れもない実体に、俺はたださずにはいられなかった。

「おい純架、正気か?」

 純架は取り出した鉛筆を煙草のように吸った。

 気取り屋の小学生か。

「白石さんは幽霊だ。そこはもう認めるしかないよ。たとえ非現実的だとしてもね。そして彼女は地縛霊だという。白石さん、この教室から外へ出ることはできるの?」

「無理や。何度も試したんやけど、その度に全身の感覚が鈍る――死にかけるんや。まあ幽霊が死にかけるってのもおかしな話やけどな」

 純架はうなずいた。『探偵部』一同の中で、唯一冷静だ。

「ならしょうがない。白石さんには『探偵部』に加入してもらって、僕らと共に活動してもらおう。一人のけ者にするのは可哀想だし、僕らの話が筒抜けなのも気分悪いしね」

 まどかは再び笑顔を閃かせた。見事な舞台を観劇した玄人くろうとのように、拍手してまない。

「何やおもろいやっちゃな、君。『探偵部』か。えらい楽しそうやな。わくわくしてきよったで」

 奈緒は泣き出しそうな顔をしている。英二も気絶寸前の体をどうにか結城に支えられていた。

 そんな中、俺は盛大に溜め息を吐いた。松葉杖を握る手に力がこもる。全く、この幽霊も幽霊なら、部長である純架も純架だった。

 まどかがにこやかな笑みでこちらに近づいてきた。その両足は宙に浮いている。

「ねえ君、怪我しとるんか?」

 俺のギプスをしげしげと観察する。俺は亡霊の接近に恐れおののいた。

「ちょ、ちょっと撃たれてな」

「銃で?」

「あ、ああ」

「映画みたいやな」

 まどかは俺の目の前でしゃがみ込み、ギプスに手をかざした。

「あたしが治してあげる。治れ……治れ……」

 純架が怪訝けげんな顔をした。

「何をやってるんだい、白石さん」

「何って、治しとるんやないか」

「『痛いの痛いの飛んでけ』じゃあるまいし、それで治癒したら苦労は……」

 俺は固定されている右足がうずくのを感じた。

「熱いっ! あちち……」

 まどかは一心不乱にぶつぶつ呟いている。

「これでこの教室に紛れ込んできたネズミを治したことがあるんや。どうやらあたし、幽霊になってから治療の能力を獲得したらしくてな。人間に用いるのは初めてやけど、どうやら効果はあるみたいやな」

 奈緒がおっかなびっくり俺に問いかけた。

「どうなの、朱雀君」

 俺は右足を軽く振ってみた。驚いたことに痛みが消えている。

「完治したかどうかは知らないけど、具合はよくなったみたいだ」

「本当?」

 まどかが立ち上がった。

「あんた朱雀言うんか? 今度医者に行ったときが楽しみやな。お医者さん、あまりの回復具合にきっと驚くと思うで」
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