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ただ……
「おでの人形、たくさん、壊した。おで、許さない。お前! 勝負しに降りて来い!」
おつむの方は弱そうだった。片言の喋りは声量こそ大きいものの、風格を台無しにするようなたどたどしさである。
俺は周囲の神族の会話を耳にした。
「泥土魔人ウォルシュ! 休息を終えて戻ってきたみたいね」
「光の矢が効かないのよね。どうすればいいの?」
「とにかく撃ち込みまくって進撃を止めるのよ!」
再びウォルシュを中心に、人形たちが石つぶてを投げてくる。神族たちもそれらを回避しながら、再度光の矢を叩き込んでいった。だが……
「駄目ね、効かないわ」
ミズタもマリも泥土魔人に一撃加えたが、何しろ相手は泥だ。光の矢は敵を貫通して背後に抜けてしまう。ウォルシュはにたりと笑った――ように見えた。
「おでにそんなもの、効果ない。おで、強い。おい、そこの超人類。かかってこい。それともおでが怖いか?」
俺は売られた喧嘩は買う主義だ。さっきはいきなりの殺気にちょっと恐れをなしてしまったが、そんなものは過去の不覚。これから恥をすすぎにいってやる。
「よっしゃ、その言葉を後悔するなよ!」
俺が飛び出すと、ミズタの制止の声が背中を追いかけてきた。
「ちょっと単細胞! 安い挑発になんか乗らないでよ!」
「うるせえ!」
俺はザコ人形相手の戦闘で、自身の戦闘能力が更に向上していることに気がついていた。真正面から向き合えば負ける気がしねえ。きっとどうにかならあ。
「いくぞウォルシュ!」
「来い超人類!」
俺はトップギアで正面衝突した。鋭い手刀で泥土魔人の首を刎ねる。奴の頭部は放物線を描いて地面に叩きつけられた。
勝った。実にあっけなく勝利してしまった。やっぱり俺は最強だ――などと酔いしれていたら。
「ふふふふ、効かないぞ、超人類!」
泥土魔人の首は、溢れ出る泥水であっさり再生されてしまったのだ。ダメージを負った様子はまるでない。俺は焦って、今度は顔面に豪快無比なパンチをお見舞いした。だがぬかるむ泥はまるで手応えがなく、拳は貫通して後頭部から突き出す。
その状態で、ウォルシュはケタケタと笑った。狼狽する俺の腕を泥の両手で掴む。
「ふんっ!」
奴の気合声と共に、信じられないことが起こった。何と魔人を中心とした半径50メートルほどの地面が、一気に泥濘と化したのだ。範囲内の木々がバキバキと折れつつ埋没していき、岩も草もなくどんどん沈んでいく。部下であるはずの人形も、絶命して倒れていた神族の死体も、容赦なく広大な沼の中へその身を囚われていった。
「研磨! 早く離れて!」
「鏡さん、逃げるのです!」
ミズタとマリがアドバイスしてくれるが、出来るものならとっくにやっている。俺は自分の腕を抜こうにも抜けず、それどころかウォルシュに抱きすくめられて、その体内に埋め込まれ始めていた。
「こっ、こいつ! 離せ! 男と抱擁だなんて真っ平ごめんだっ!」
俺はまだ自由に動かせる左腕で肘打ちを見舞った。だがそれも暖簾に腕押しで、何の手応えもなく魔人の体に取り込まれる。
この感じ、あの火炎魔人アシュレ相手に手刀を繰り出していたときと同じだ。物理攻撃が全て通用しない。俺はやがて、頭を残して泥土魔人の上半身にすっぽり包み込まれた。
「研磨!」
ミズタが半狂乱となって、マリと共に俺の元へ救援に駆けつけてくる。俺のシャツの襟首を掴み、一生懸命引っ張って救い出そうとした。『境界認識』でそのことが知覚される。しかし彼女らがどんなに力を込めても、至近距離からウォルシュの頭を光の矢でぶち抜いても、何の効果もなかった。ますます俺は泥の中へと沈み込んでいく。
畜生、泥土魔人がこんなに強いとは思わなかった。さすがは3魔人と呼ばれる強力な魔族の一人だけはある。俺の復讐劇は、肝心の写やアシュレと相まみえることすらなく、ここで終わってしまうらしい。何てこった。
「すまねえミズタ、マリ。世話になった」
俺の顎が沈んだ。せめてちょっとでも長生きしようと、鼻から目一杯空気を溜め込む。そして、俺は完全に泥土魔人の体に埋没した。
「許さない! よくも、よくも研磨を!」
これはミズタの声だ。『境界認識』が外の出来事を伝えてくれる。彼女は号泣しながら泥土魔人に殴りかかっていた。泣いているのか? 俺のために? しかしウォルシュはやっぱり拳などの単純な攻撃ではダメージ一つ負わない。ミズタを体内に取り込まないのは、まず内部にいる俺が死んでから対応しようということなのだろう。
それでもあんまりしつこくうるさかったからか、魔人はミズタを、その背後から高波のようにそっくり返った泥で一瞬にして飲み込んだ。ミズタもまた沼に沈んでしまったのだ。
「鏡さん! ミズタ!」
マリが悲鳴を上げた。くそっ、俺が負けて死んじまうのはいいが、ミズタを道連れにするわけにはいかない。俺は無理矢理体を動かそうと試みた。だが爆発しそうな肺や心臓がそれを不可能にする。
情けねえ。俺は超人類なんだろ? 写やアシュレを倒すんだろ? だったらこんなところで、こんな相手に殺されるわけにはいかねえじゃねえか。俺は気力を振り絞った。何か、何か進化しろ。この脱出不可能な状況、打倒不可能な強敵を突破する、新しい力を手に入れろ!
頭がぼんやりしてきた。肺はもう限界だ。俺はしかし、その中で右の手の平が熱くなってきているのを感じる。これが最後の希望とばかり、俺は残る気力、最後の力を右手へと集中させた。ミズタ、今助ける。生きていてくれ。
その瞬間だった。掌からまばゆい光が溢れ、『境界認識』一杯に広がったのだ。と同時に、俺の体を取り巻く泥が、一斉にそのほとんどの水分を失った。固まったのだ。
「鏡さん!」
マリが泥土魔人の正面から飛び蹴りを食らわした。その力はかなりのもので、枯渇してヒビの入った泥土魔人を粉砕し、中の俺を土中から叩き出した。
いってえな。でも助かった。俺はしかし、新鮮な空気をのんびり味わっている余裕はない。泥だらけのまま背中の痛みをこらえつつ、ミズタが包まれた辺りの土へ取って返し、泥土を掻き出していく。マリも加わり、もぐらのように土砂を掘り進んだ。程なくミズタの背中が見えた。
「ミズタ!」
生きていてくれ。俺は無我夢中でミズタを引っ張り出した。その体を抱きかかえると、顔面にこびりつく土を手で払いのけてやる。
「大丈夫か、ミズタ! 返事しろ! ミズタ!」
俺は最悪の事態を想定し、恐怖に震えながら回答を待つ。それは程なく得られた。
「うえぇっ。ぺっ、ぺっ」
彼女は口の中に侵入して泥から土になったものを吐き出した。
「あ、危うく死ぬところだった……。何が起こったの?」
それはこちらが知りたい。俺は泥にまみれた右手を見た。これが熱くなって、泥の水分を奪い、土へと変えたのだ。あれだけ広がっていた沼ごと……
「おで、動けない。おで、ピンチ!」
泥土魔人の頭がじたばた動いている。液体から固体に変化し、もはや以前の自由は奪われた。後はとどめを刺すだけだ。俺は右手の平を奴の頭に向けた。
「おでの人形、たくさん、壊した。おで、許さない。お前! 勝負しに降りて来い!」
おつむの方は弱そうだった。片言の喋りは声量こそ大きいものの、風格を台無しにするようなたどたどしさである。
俺は周囲の神族の会話を耳にした。
「泥土魔人ウォルシュ! 休息を終えて戻ってきたみたいね」
「光の矢が効かないのよね。どうすればいいの?」
「とにかく撃ち込みまくって進撃を止めるのよ!」
再びウォルシュを中心に、人形たちが石つぶてを投げてくる。神族たちもそれらを回避しながら、再度光の矢を叩き込んでいった。だが……
「駄目ね、効かないわ」
ミズタもマリも泥土魔人に一撃加えたが、何しろ相手は泥だ。光の矢は敵を貫通して背後に抜けてしまう。ウォルシュはにたりと笑った――ように見えた。
「おでにそんなもの、効果ない。おで、強い。おい、そこの超人類。かかってこい。それともおでが怖いか?」
俺は売られた喧嘩は買う主義だ。さっきはいきなりの殺気にちょっと恐れをなしてしまったが、そんなものは過去の不覚。これから恥をすすぎにいってやる。
「よっしゃ、その言葉を後悔するなよ!」
俺が飛び出すと、ミズタの制止の声が背中を追いかけてきた。
「ちょっと単細胞! 安い挑発になんか乗らないでよ!」
「うるせえ!」
俺はザコ人形相手の戦闘で、自身の戦闘能力が更に向上していることに気がついていた。真正面から向き合えば負ける気がしねえ。きっとどうにかならあ。
「いくぞウォルシュ!」
「来い超人類!」
俺はトップギアで正面衝突した。鋭い手刀で泥土魔人の首を刎ねる。奴の頭部は放物線を描いて地面に叩きつけられた。
勝った。実にあっけなく勝利してしまった。やっぱり俺は最強だ――などと酔いしれていたら。
「ふふふふ、効かないぞ、超人類!」
泥土魔人の首は、溢れ出る泥水であっさり再生されてしまったのだ。ダメージを負った様子はまるでない。俺は焦って、今度は顔面に豪快無比なパンチをお見舞いした。だがぬかるむ泥はまるで手応えがなく、拳は貫通して後頭部から突き出す。
その状態で、ウォルシュはケタケタと笑った。狼狽する俺の腕を泥の両手で掴む。
「ふんっ!」
奴の気合声と共に、信じられないことが起こった。何と魔人を中心とした半径50メートルほどの地面が、一気に泥濘と化したのだ。範囲内の木々がバキバキと折れつつ埋没していき、岩も草もなくどんどん沈んでいく。部下であるはずの人形も、絶命して倒れていた神族の死体も、容赦なく広大な沼の中へその身を囚われていった。
「研磨! 早く離れて!」
「鏡さん、逃げるのです!」
ミズタとマリがアドバイスしてくれるが、出来るものならとっくにやっている。俺は自分の腕を抜こうにも抜けず、それどころかウォルシュに抱きすくめられて、その体内に埋め込まれ始めていた。
「こっ、こいつ! 離せ! 男と抱擁だなんて真っ平ごめんだっ!」
俺はまだ自由に動かせる左腕で肘打ちを見舞った。だがそれも暖簾に腕押しで、何の手応えもなく魔人の体に取り込まれる。
この感じ、あの火炎魔人アシュレ相手に手刀を繰り出していたときと同じだ。物理攻撃が全て通用しない。俺はやがて、頭を残して泥土魔人の上半身にすっぽり包み込まれた。
「研磨!」
ミズタが半狂乱となって、マリと共に俺の元へ救援に駆けつけてくる。俺のシャツの襟首を掴み、一生懸命引っ張って救い出そうとした。『境界認識』でそのことが知覚される。しかし彼女らがどんなに力を込めても、至近距離からウォルシュの頭を光の矢でぶち抜いても、何の効果もなかった。ますます俺は泥の中へと沈み込んでいく。
畜生、泥土魔人がこんなに強いとは思わなかった。さすがは3魔人と呼ばれる強力な魔族の一人だけはある。俺の復讐劇は、肝心の写やアシュレと相まみえることすらなく、ここで終わってしまうらしい。何てこった。
「すまねえミズタ、マリ。世話になった」
俺の顎が沈んだ。せめてちょっとでも長生きしようと、鼻から目一杯空気を溜め込む。そして、俺は完全に泥土魔人の体に埋没した。
「許さない! よくも、よくも研磨を!」
これはミズタの声だ。『境界認識』が外の出来事を伝えてくれる。彼女は号泣しながら泥土魔人に殴りかかっていた。泣いているのか? 俺のために? しかしウォルシュはやっぱり拳などの単純な攻撃ではダメージ一つ負わない。ミズタを体内に取り込まないのは、まず内部にいる俺が死んでから対応しようということなのだろう。
それでもあんまりしつこくうるさかったからか、魔人はミズタを、その背後から高波のようにそっくり返った泥で一瞬にして飲み込んだ。ミズタもまた沼に沈んでしまったのだ。
「鏡さん! ミズタ!」
マリが悲鳴を上げた。くそっ、俺が負けて死んじまうのはいいが、ミズタを道連れにするわけにはいかない。俺は無理矢理体を動かそうと試みた。だが爆発しそうな肺や心臓がそれを不可能にする。
情けねえ。俺は超人類なんだろ? 写やアシュレを倒すんだろ? だったらこんなところで、こんな相手に殺されるわけにはいかねえじゃねえか。俺は気力を振り絞った。何か、何か進化しろ。この脱出不可能な状況、打倒不可能な強敵を突破する、新しい力を手に入れろ!
頭がぼんやりしてきた。肺はもう限界だ。俺はしかし、その中で右の手の平が熱くなってきているのを感じる。これが最後の希望とばかり、俺は残る気力、最後の力を右手へと集中させた。ミズタ、今助ける。生きていてくれ。
その瞬間だった。掌からまばゆい光が溢れ、『境界認識』一杯に広がったのだ。と同時に、俺の体を取り巻く泥が、一斉にそのほとんどの水分を失った。固まったのだ。
「鏡さん!」
マリが泥土魔人の正面から飛び蹴りを食らわした。その力はかなりのもので、枯渇してヒビの入った泥土魔人を粉砕し、中の俺を土中から叩き出した。
いってえな。でも助かった。俺はしかし、新鮮な空気をのんびり味わっている余裕はない。泥だらけのまま背中の痛みをこらえつつ、ミズタが包まれた辺りの土へ取って返し、泥土を掻き出していく。マリも加わり、もぐらのように土砂を掘り進んだ。程なくミズタの背中が見えた。
「ミズタ!」
生きていてくれ。俺は無我夢中でミズタを引っ張り出した。その体を抱きかかえると、顔面にこびりつく土を手で払いのけてやる。
「大丈夫か、ミズタ! 返事しろ! ミズタ!」
俺は最悪の事態を想定し、恐怖に震えながら回答を待つ。それは程なく得られた。
「うえぇっ。ぺっ、ぺっ」
彼女は口の中に侵入して泥から土になったものを吐き出した。
「あ、危うく死ぬところだった……。何が起こったの?」
それはこちらが知りたい。俺は泥にまみれた右手を見た。これが熱くなって、泥の水分を奪い、土へと変えたのだ。あれだけ広がっていた沼ごと……
「おで、動けない。おで、ピンチ!」
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