彼女は小石

よなぷー

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部活見学02

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『地味子』? ちょっと気になる。

「地味子って?」

「河合さんよー。同じクラスメイトでしょー? 暗くて地味すぎて、その分かえって目立ってるから地味子ー。ふーん、もう読書部に入ってるんだー」

 保が苛立って、多奈川さんを肘で小突いた。

「いったー! 何すんのよー!」

「留美に失礼だろうが!」

 名前で呼んでる保も十分失礼だけど。

 地味子呼ばわりされた河合さんは、しかし一切動じず静かにページをめくっている。その顔は読書の魅力に取りつかれ、誰の声も耳に入っていない様子だった。没入、という奴だ。凄い集中力だなあ。

 一方2年の峰山先輩は、多奈川さんの物言いに少しカチンと来たのか眉をしかめていた。だが、よく見れば大蔵部長の手が柔らかく峰山先輩の肩を押さえている。『怒らないで』と要請しているようにも映った。

 大蔵部長が両手を広げる。豊かな黒髪がふわりと揺れた。

「じゃあ、3人の1年生にこの『読書部』の活動内容を教えよう。『本を読む』。以上!」

 保が呆れ返った声を出した。

「マジですか? そのまんまじゃないですか!」

「きみ、『読書部』に何を期待していたのかね? 『読書部』。読んで字のごとくじゃないか! こんな明快な部活、他には一個たりとてないよ」

「うう……。そ、そうですね」

 何か押し負けたらしい。勝負だったのか?

「まあゆっくりしていきたまえ。今コーヒーをれるから」

 保が一転、笑顔でがっついた。

「飲み物飲めるんですか?」

「読書にコーヒーか紅茶は必須だよ、きみ。この部室にはポットが常備されている。好きなだけ飲んでいってくれて構わんぞ。どっちがいいかね、きみたち?」

「俺はコーヒーで!」

「僕もコーヒーお願いします」

「あたしは紅茶ー!」

 僕は黙々と紙コップを並べる部長の背中へ、ためらいがちに質問した。

「この部活って、それじゃ1年の河合さんが入るまでは大蔵部長と峰山副部長の2人だけだったんですか? よくそれで部活動になれましたね」

 大蔵部長は肩を揺らした。

「知らないのかね? この読書部は去年は3年生が4人いて6人で部活動だったんだ。それが卒業でごっそり抜けてしまって、今では2人というわけさ。はははは」

 乾いた笑いが物悲しい……

「この常成高校では、6人以上で部活動として認められるんだよ、きみ。今ここには何人いると思う?」

 ええと、大蔵部長、峰山副部長、河合さん。僕、保、多奈川さん。

「6人……です」

 大蔵部長は手を止め、急にこちらに正対した。その目に異様な光が宿っている。怪奇小説の狂人みたいだ。

「そのとおり! つまりだね、きみ、きみたちが入部してくれれば、今年も読書部は廃部にならずに存続できるというわけだよ! というわけで……」

 いきなり大蔵部長は床に身を投げ出し土下座した。え? 僕も保も多奈川さんも、あっけに取られた。

「頼む! 部活動見学が始まって、きみたちは初めてのお客なんだ! きみたちが来たとき、僕は内心喜び死ぬかと危惧きぐしてしまったよ! これで読書部は救われる、ってね! どうか! どうか入部してくれたまえ! お願いだ! このとおりだ!」

 その背中がぷるぷると震えている。この人、羞恥心ってものがないのかな。

「えー……」

 多奈川さんが気乗りしない様子で両足をぶらぶら揺らしている。僕は衝撃で何も言えない。そんな中、保は意外にも前のめりだった。

「俺んち学費払うので精いっぱいで、俺の小遣いってほとんどないんだよね。だから缶ジュースも買えず、水筒にぬるいお茶が定番だったんだけど……。コーヒー・紅茶飲み放題なら、入部してもいいかも。読書も嫌いじゃないしな」

 僕はふっと息を吐いた。

「保は動機が不純だけど……」

 僕は本棚を見回した。推理もの・医学もの・歴史もの・SFもの・冒険もの・ノンフィクションもの……ジャンルは多彩で、見事にかたよりがない。これなら退屈するということはないだろう。面白そうなものは部員に聞けば教えてくれるだろうし、何より、のんびりできて羽を伸ばせるような部活としては、まさに僕の希望に願ったりかなったりだ。

 まだ卑屈に土下座している部長の前に、僕はひざまずいた。肩に手を置いて話しかける。

「大蔵部長。その、まだ部活見学には回るつもりですが……」

 部長は顔を上げた。何と泣いている。情緒不安定過ぎない?

「回るつもりですが……何?」

「もしそれでもこれといった部活動に出会わなければ……ここに入りたいと思います」

 急転、大蔵部長は飛び上がって喜んで、僕の両手を握り締めて感激の嗚咽おえつを漏らした。

「ありがとうありがとう! きみ、名前は?」

「た、田辺篤彦……です」

「田辺くん! 縁があったらよろしく頼むよ! そっちのきみはどうかね?」

 保は自分を指差した。

「俺ですか?」

 大蔵部長の首肯に、保はくすっと笑って答える。

「俺は篤彦と違って、即入部です。刺激のなさそうな部活ですけど、飲み物あるし、本は読み放題だし、何より大蔵部長の土下座してまでの入部お願いに心打たれました。俺も入りたいと思います!」

 今の大蔵部長を表すなら、「狂喜乱舞」。それ以外になかった。

「あっりがとうありがとう! きみ、名前は?」

「渡来保です」

「渡来くん、ようこそ読書部へ! コーヒーを2リットルでも3リットルでもがぶがぶ飲んで、読書の世界に全身どっぷり浸かってくれたまえ! ……いやー、きみたちは命の恩人だ。そこのツインテールのきみ、きみはどうかね?」

「あたしは嫌ですー」

 つれない一言に、大蔵部長の時間が止まった。ややあって喉から音が漏れる。

「は?」

「なれなれしい渡来くんと覗き魔の田辺くんと一緒に、これから先同じ部室で顔つき合わせるなんて真っ平ごめんですー。読書は嫌いじゃない、というよりも、この落ち着いた環境なら勉強がはかどりそうだなってちょっと期待しましたがー。渡来くんと田辺くんがいるなら死んでも嫌ですー」

 大蔵部長はうろたえ、また泣き出した。僕は目を背ける。見ちゃいられなかった。

「そ、そんな……。それでは読書部自体がなくなってしまうよ!」

「知りませんー。6人目はご自分でお探しくださいー。ではー」

 多奈川さんは言いたいことだけ言うと、紅茶も待たず、さっさと出て行ってしまった。残された保がいきどおる。

「何だよ、俺たちが気に食わねえから入らねえって、そんなのありかよ。むかつくな」

 僕は保をなだめるように、その肩に手を置いた。

「しょうがないよ保。多奈川さんに強制はできないって」

 保は唇を噛み締めると、ふっと全身の力みを抜いた。

「よし、大蔵部長、峰山副部長、留美、篤彦。残り6人目を何とかして捜そうぜ!」

「ちょっと待ってよ。僕はまだ保留だよ」

「あっ、そっか。なあ、もし入らないんなら、代わりを見つけてきてくれよ。乗りかかった船だ、頼むぜ」

「しょうがないなあ……」

 こうして部活見学8件目、『読書部』見学は幕を閉じた。
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