彼女は小石

よなぷー

文字の大きさ
59 / 65

番外編・過去との対話02

しおりを挟む
 篤彦から電話番号を聞き出していなかったことが悔やまれる。

 その後はただ、壊れたスピーカーのように、一定の騒音が辺りを繰り返し包んでいた。



 家に戻ったときには、もう家族3人は夕食の途中だった。白米、豆腐とわかめの味噌汁、鶏の胸肉、レタスのサラダ。俺の分はちゃんと残されていた。母ちゃんが俺の顔を見てため息をつく。

「酷い顔して……」

「不細工で悪かったな」

「そういう意味で言ったんじゃないよ」

 分かった上で言ってみただけだ。俺は席に着き、「いただきます」と食べ始めた。正志と母ちゃんは少し経って食べ終え、食卓を離れる。父ちゃんの晩酌ばんしゃくに、俺は自然と付き合うことになった。

「で、どうだったんだ?」

 何杯目かのビールのとき、父ちゃんが俺に話を振ってきた。俺は問いの真意も意味も不明だったので、「何が?」と問い返す。

「さっき出かけていっただろ? 血相変えてさ。保、お前が真剣になるのは家族か友達、どっちかで問題が発生したときだけだ。家族はこの家に揃っていたんだから、あるとするなら友達だ。おおかた仲間と喧嘩でもして、謝りに行ったんだろう。……違うか?」

 さすがは俺の父親。お見それしました。俺は茶碗を食卓に置いた。

「違わない。……なあ、父ちゃん。俺の友達に田辺篤彦ってのがいてさ」

「いつも言ってる篤彦くんか。うん、彼が何か?」

「実はそいつが変なこと言い出してさ……」

 俺は今日の帰り道での篤彦とのひと悶着を話した。父ちゃんは半ば酔ったような目で、俺の語る内容に相槌あいづちを打っていた。

「……というわけなんだ。どう思う?」

 全てしゃべり終えると、俺は父ちゃんの見解を待った。それはしばしの熟考の時間を挟んで俺にもたらされた。

「そりゃ、篤彦くんのいうことは本当なんだろうな」

 やっぱりそうなるか。俺は石ころが人語を話すという、こんなでたらめで無茶苦茶な話をまるで疑いもしない父親へ、純粋に尊敬の視線を送った。

「保、お前は確かに女の子の声を聞いたんだろう?」

「ああ。正確には、頭の中に響いてくる感じだったんだけど」

「きっと篤彦くんは、その不可思議を、お前なら信じてくれると思って話してくれたんだ」

 ずしりと重たい十字架を背負わされた気分になった。

「そうだよな。俺、最低なことしちゃった」

 俺は篤彦を信じるどころか、暴言を吐いたあげく、大切な石ころを投げ捨ててしまった。今考えればとんでもないことをしてしまった……

 父ちゃんは落ち込む俺を慰める。

「でも、お前はすぐに篤彦くんを気遣って現場に戻ってみたんだろう? たとえ篤彦くんがいなくても、それはよくやったほうだと俺は思うな。むしろ戻らなかったら俺が怒るところだ」

 父ちゃんは食卓に両肘をついて、組んだ手に顎を載せた。

「昔、俺にも似たようなことがあった。あれは30年ほど前、大学生の頃だった。テニスサークルに入っていた友人Sくんに、ある晩突然電話をかけられた。深夜0時、もう俺がアパートの部屋でいびきをかいていた頃だ。俺がしぶしぶ電話に出ると、Sくんは名乗った上でこうまくし立てた」

 その目が過去を懐かしむようにすがめられる。

『今から言うことをメモしてくれ。「僕は渡来くんと花月かげつくんを誇りに思う」。「僕は留学生のメアリーさんが大好きだ」。「僕の家族は素晴らしい家族だ」。この三つだ』

 父ちゃんはふっとため息をついた。

「当時はまだ携帯電話が普及していない頃だ。俺は何が何やら分からぬまま、メモも取らずに一体どうしたんだ、と尋ねた。しかしSくんは『メモを取ってくれたか? じゃあな、渡来くん』と告げると、一方的に電話を切ってしまったんだ。俺は気になって電話をかけ直そうとしたが、発信が公衆電話だったので無理だった……」

 俺は喉の渇きを覚えた。ひょっとして……

「そのSさんの言葉は、遺言だったんじゃ……」

 父ちゃんは片目をつぶって回答した。

「そのとおりさ。二度寝した俺はまた電話で叩き起こされた。朝6時だった。相手は友達の花月くんからで、Sくんが通り魔に遭って、脇腹を包丁で刺されて出血多量で死亡した、ってな」

 俺の父親はずるずると頭を下げて、組んだ手に額を預けた。

「その際の詳細も分かった。Sくんは凶行に遭うと、血だるまのまま公衆電話ボックスに駆け込み、まず119番通報した。だが彼はその時点で、もう自分は助からないと踏んでいたんだろう。電話を切ると、今度は俺に電話をかけた。そして、例の遺言さ。彼は最後の話し相手に俺を選び、大切な三つの台詞を俺に託したんだ。俺を最高の仲間だと信じてな……」

 正志は風呂に入っている。母ちゃんは台所で洗い物をしている。父ちゃんはおもてを上げると、コップにビールを注ぎ足した。目元が赤いのは泣いているからか、酔っているからか。

「それから俺は、メモしていなかった三つの遺言を必死に思い出そうとした。あのときほど自分を馬鹿野郎だと思ったことはないね。言われたとおりにメモしていれば、それでSくんの願いは叶えられたのに……」

 俺はビールをあおる父ちゃんを痛ましく見つめた。

「でも、思い出したんだろう? その遺言を……。今話していたじゃないか」

「ああ、多分これらで合っていたと思う。でも、本当にそうだったかどうかは、正直心もとないんだ。ともかくSくんの葬儀の際、花月くん、メアリーさん、それからSくんの家族には、今言ったような最後の言葉を伝えておいた。けど、そのとき罪悪感がなかったわけじゃない。本当にこの遺言で正しかったのか、もしかしたら違っていたんじゃないか、俺は誤っていたんじゃないか――ずいぶんと苦しんだもんだよ。その後悔は、今も続いている……」

 それきり、父ちゃんは押し黙った。俺はテーブルに目を落として今の話を考え込む。まったく様相こそ違うものの、それでも今語られた出来事は、確かに現在俺が抱えているもやもやとリンクしていた。

 最高の友達だと信じてくれている。それこそが、Sさんと篤彦の共通点だった。父ちゃんは彼の願いに完全には応えられなかった。俺は……

 父ちゃんが空になったコップを振りつつ、淀んだ口調で母ちゃんに声をかけた。

「なあ知世、ビールもう一本いいか?」

「嫌よ、何本飲む気なの? アルコール中毒にでもなる気?」

 俺は父ちゃんに加勢した。

「いいじゃん、もう一本ぐらい。俺に免じて、さ」

「何言ってんの、保。……ま、仕方ないわね。親子の友情に免じて、もう一本だけ、ね」

 今の話を聞かれていたのだろうか? 俺は確かめようとしてやめ、食事を終えた。

「ごちそうさま」

 席を立って食器を片付け、部屋に戻ろうとする。そのとき、父ちゃんが言った。

「保。俺はもうSくんに聞き返すことはできない。彼は死んでしまったのだから。でも、お前は……」

「分かってるよ、父ちゃん」

「ならいい」

 俺は明日、篤彦に謝ろうと決心していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

恋愛の醍醐味

凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。 あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。 ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。 そして泥酔していたのを介抱する。 その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。 ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。 そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。 小説家になろうにも掲載しています

処理中です...