彼女は小石

よなぷー

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番外編・好きな人01

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「おはよう、留美るみちゃん!」

 ほがらかな挨拶あいさつをかけてきたのは、1年A組の吉宮よしみやさなぎだった。私――河合留美かわい・るみは、「おはよう」と笑顔を返す。

「留美ちゃん、数学の宿題やってきた?」

「うん、もちろん」

「後で写させてー。私忘れてたんだ」

 この名門私立常成高校で、私に最初にできた友達が彼女、さなぎだった。黒髪を三つ編みにしており、華やかな顔立ちは男女問わず羨望せんぼうの的だ。挙措の一つ一つが可憐で輝かしく、なんでさなぎみたいな女の子が私を友達にしてくれたのか未だに不思議だった。私は彼女のような華はなく、平凡すぎるほど平凡なのに。

 ともあれ、親友の頼みとあれば仕方ない。私は数学のノートを取り出し、自分の机に鞄を引っ掛けるさなぎがこちらに来るのを待った……



「ねえ派手子」

 私は派手子こと多奈川美穂たながわ・みほに話しかけた。彼女は読書部部室で紅茶を喫しながら、窓外の晩春の景色に目を注いでいる最中だった。

「何、地味子ー」

 赤いツインテールが揺れ、そのくりくりした瞳がこちらに向けられる。室内には他に峰山香織みねやま・かおり副部長の姿があり、ちょうど読書部の女子が全員揃っていることになる。

 私は派手子に問いかけた。

「その『地味子』。まああだ名としては最低だけど、私にはまずまず当たってるから気にしてないわ。それはともかく」

「ともかくー?」

「私をその『地味子』って最初に言い出したのは誰なの? やっぱり派手子?」

 派手子は目をしばたたいた後、首をかしげて天井を見やった。

「あたしじゃないよー。1年A組の誰かー」

「分からないの? だって派手子、私のことを『暗くて地味すぎて、その分かえって目立ってるから地味子』とか言ってたじゃない。てっきり派手子が名付けたんだって思ってたけど。違うのね?」

 彼女は頭を戻してうなずいた。その顔は嘘をついているようには見えない。

「あたしは誰かが教室でそう言っているのを聞くとなしに聞いて、それで地味子を地味子って覚えただけよー。……何、気になるのー?」

「いいえ。ただ……」

「ただー?」

「ううん、何でもない」

 自分が実家の中学校でいじめられていたことは、母の元に戻ってからの秘密である。ただ、あのときの加害者連中が、今でも自分に魔の手を伸ばしてこないとも限らない。私としては、ちょっとしたことでも注意を払う必要があった。用心するに越したことはないのだ。

 視界の片隅で、峰山副部長が自分のコーヒーをれていた。細めのスティックシュガーを注ぎ込んでいる。



「留美、帰ろう」

 ある日、ホームルームが終わって、さなぎが私の机の前に立った。私は勉強道具を大急ぎで鞄にしまいこみ、帰り支度を整える。今日は塾があるため、放課後の読書部には参加しない予定だった。さなぎと下校するなんて久しぶりだ。

 そこへ、男の子の声がかかってきた。

「ちょっと、吉宮さん」

 私が見たことない――他クラスだろう――ちょっとカッコいい男子が、私たちのそばにやってきた。さなぎは笑みを絶やさず彼に向かい合う。

「はい?」

「少し時間もらえるかな? ちょっとでいいんだけど」

 やや頬を染め、さなぎを真正面から見られない、とばかりに視線をそらしたまま、男の子は耳を指でかいた。

 これは告白のための呼び出しかもしれない。私はそう勘付き、さなぎに気を遣った。

「さなぎ、私は先に帰ってるね。彼と話してあげなよ」

「いいの? 留美ちゃん」

「うん。じゃあ、私はこれで」

 私は荷物をまとめると、二人を置いて教室を去った。後はごゆっくりどうぞ。



「留美、今日は冷凍品でごめんね」

 服飾関係のデザイナーを務める私の母・明日香あすかは、今日は帰りが遅かった。取り引き先ともめて、少し雑用が発生したらしい。いつものことだった。

「最近の冷凍品はおいしいからいいわよ、別に。それよりお風呂沸かしてあるけど、先に入る?」

「そうしようかしら」

 母娘二人の生活ももう1年以上になる。あうんの呼吸は定着していた。

 私は食事と風呂を終えると、自室のベッドに寝転がってスマホを起動した。LINEに新着のメッセージがある。

「え……」

 私は目を疑った。それはさなぎからのもので、『今から会えない?』というものだった。2時間前のもので、現在の時刻は午後10時である。今からではさすがに無理だ。私は断りの文章を打ち込もうとした。だが、それより早く。

『ねえ、お願い。会いたいの』

 先のメッセージに既読がつくのを待っていて、ついたと同時に素早く打ち込んだものだろう。何やら切迫するものが感じられ、私は断るに断れなくなった。

『今どこにいるの?』

 返信はまたも秒だった。

『駅のすぐ近くにあるガスト。待ってる』



 私は早歩きでガストを訪れた。母から不審者に注意するよう念押しされての外出だった。店内には制服姿のさなぎがいて、私に気付いて手を振ってきた。彼女には特に異常は見られない。私は安堵して長く息を吐くと、苦笑しながらさなぎの真向かいに座った。

「急に会いたいだなんて、どうしたのさなぎ。心配しちゃったじゃない」

「ちょっと男の子に乱暴されそうになってさ」

 私はぎょっとして目を丸くした。乱暴されそうになった? さなぎが?

「ああ、大丈夫よ留美ちゃん。私、こう見えて小学校から柔術やってるから。見事撃退して逃げてきたの」

 さなぎはあっけらかんと言うと、メニューを渡してきた。

「おごるよ。食べながら話そう」

 私はお腹は空いてなかったが、とりあえずオムライスを注文した。こっちが食べないと話してくれなさそうな気配を感じたので……



「私、あの男子――1年C組の二階堂信司にかいどう・しんじに告白されたんだ。校舎裏でね」

 さなぎはコーヒーをすすりながら語りだした。

「私のことが好きで、ずっと見てきた。だから付き合ってほしい。絶対後悔させない、ってね。でも、私にはもう好きな人がいた」

 えっ、さなぎにそんな人がいたの? 私は唖然として食事の手が止まった。彼女は気にせず続ける。

「だから断ったの。そうすると二階堂、泣き出してね。感情の起伏が激しい人みたい。何度も何度も哀願してきたわ。お願いだ、後生だから付き合ってくれ、ってしつこいの。私はいい加減うっとうしくなって、『大嫌いだからお断りです』と大声で怒鳴っちゃったの。そして後も見ずに帰ったわ。その頃には曇り空でしょう、もう辺りは暗かった。私は街灯の明かりの中を帰宅していたの。そうしたら……」

 さなぎはぞっとしたように両腕で肘をかき抱いた。声が震える。

「いきなり誰かに後頭部を殴りつけられたの。私は一瞬気が遠のいて、そこをそいつに抱きつかれたわ。首をめぐらせれば、さっきの二階堂。私は胸に手をかけられて、恐怖と怒りで頭がどうにかなりそうだった。そこで柔術の護身術を思い出して、嶋の腕を取ってポキリと折っちゃったの。ざまあみろ、よ」
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