39 / 57
第五章 芸州編 宝刀と共に消えた落武者
第39話 災害の爪痕
しおりを挟む
野分の被害により、山村は一気に貧しい村へと変わり果てた。宮迫神社ではまだ食材を確保できていたが、避難しきれなかった領民が身を寄せている廃城跡では深刻な食料不足が続き、ついには村人同士の争いが勃発していた。
「大助さま、廃城では喧嘩が絶えないそうです。この神社の食材を分け与えることはできないでしょうか?」
「そうだな……いや、それより離れの屋根裏にアワやヒエが蓄えてある。それを運ぼう」
「よろしいんですか?」
「ああ。食料の管理と村の治安は俺に任せろ」
「よかった! ああ、大助さまは本当に頼りになります!」
「忠次郎、お前は庄屋の代行だ。困ったことがあれば、遠慮なく相談しろよ」
「はい、 ありがとうございます!」
武蔵殿から頂いた米はアワやヒエに替え、大量に保管してある。今はそれを出し惜しみしてる場合ではない。飢えは人の心を荒ませ、放っておけば取り返しのつかない事態を招く。さらに食料難が続けば村を離れる者も出るだろう。そうなれば復興は遅れ、農業生産力も低下し、悪循環に陥ってしまう。
「六郎、忠吾郎、食材を運ぶぞ」
「はーい!」
俺たちは荷車に食材を積み込み、山村の東側にある廃城へと向かった。
途中までの富盛・国宗の縄張りでは土砂撤去が進み、街道の通行にはあまり支障はなかったが、神田と面前の境目に差し掛かると、流された家屋や堆積した土砂が道をふさぎ、通行にひと苦労する有様だった。
「若、ここらは惨状ですな……」
「二郷川に近い民家や田畠は、ほぼ壊滅だ……」
山村の中央ともいえるこの地点を境に、西側では面前家の郎党が懸命に土砂撤去に励んでいた。ここの被災者たちは、宮迫神社へ避難している。
一方、東側に広がる神田家の縄張りは、奥の山間で発生した土砂崩れにより、かつての景観がすっかり失われるほどの甚大な被害を受けていた。
「これは……手のつけようがないな」
「川の氾濫とあの土砂崩れのせいで、廃城へ避難するしかなかったのですな」
「ああ。ここから神社へ向かうには、二郷川を渡らなければならないからな」
「大助さま。この先、荷車で進めますでしょうか?」
「行けるところまで行くしかないだろう」
やがて、どうにか小高い丘まで辿り着いた俺たちは、一息つくことにした。
「大助さま!」
「ん? どうした?」
忠吾郎が指さす方を見ると、土砂崩れで変形した荒地に、幼い子供が二人ウロウロしていた。どうやら柿の実を取ろうとしているようだ。だが、その背後から野犬の群れが忍び寄っていた。
「いかん、六郎、行くぞ!」
「ははっ!」
「ガゥゥ……ガゥゥ……」
「おーい、お前たち、早く木に登るんだ!」
「……えっ?」
「犬が襲ってくるぞ!」
「ガゥガゥガゥ!」
「うわぁーっ!」
野犬の存在に気づいた子供たちは、慌てて倒れかけた柿の木へよじ登った。しかし、五匹の野犬がそれを取り囲み、一匹が今にも飛びかかろうとしている。
「ああっ!?」
バシッ!
どうにか間に合った。俺は木刀を振り下ろし、野犬を叩き落とす。
「ガゥゥゥ……」
「若、どうします?」
「犬も飢えている……もはや野獣だ」
「仕方ありませんな」
俺と六郎は次々と襲いかかる野犬を木刀で打ち払い、戦意を喪失させて追い払った。
「お前たち、どこの子供だ?」
「……」
「神田家の本百姓か? それとも……」
「……とうちゃんと、かあちゃんは死んだ」
「廃城跡で避難してるのか?」
「あそこは食べ物がない」
「そうか。取りあえず、ほら、食え」
出発前にお久からもらった雑穀のおにぎりを差し出すと、二人はまるで奪うように手を伸ばし、むしゃむしゃと口へ頬張った。
「おいおい、ゆっくり食べないと喉が詰まるぞ」
見たところ、兄妹だろうか。年の頃は10歳ほどか。服の擦り切れ具合や手の荒れた様子からして、本百姓の子というよりも、下働きをしていた家の子のようだ。この非常時、親を失った下人の子までは面倒を見きれないということなのか……。
「廃城跡へ行こう」
俺たちは子供を連れて、変形した荒地を慎重に進んだ。やがて、かつての畦道が姿を現す。幸いにも、この辺りはさほど被害を受けていないようだ。だが、見渡す限りの田畑は泥をかぶり、作物はすべて流されてしまっていた。
これじゃ、生きる希望もなくなる……。
胸が締めつけられるような風景を前にしながら、俺たちはさらに山道を進んだ。そして、もう一つの避難場所が見えてきた。
──廃城跡。
ここは約六十年前まで、この地方を治めていた豪族の居城だった。しかし、天文二十四年(1555年)、厳島で毛利元就と陶晴賢の間で行われた戦闘、いわゆる「厳島の戦い」において、当地の豪族は陶軍に味方したため、毛利家によって滅ぼされた。それ以来、この城は廃墟となり、風雨にさらされながら、ただ朽ちていくばかりだった。
「あ、真田さま……!」
「次郎右衛門殿、食材を持ってきた」
そう告げると、俺たちの荷を見た領民が一斉に群がってくる。その顔つきは、ただの喜びとは違う、何か異様な雰囲気を帯びていた。
「お、おい……どうしたんだ、みんな!?」
「大助さま、廃城では喧嘩が絶えないそうです。この神社の食材を分け与えることはできないでしょうか?」
「そうだな……いや、それより離れの屋根裏にアワやヒエが蓄えてある。それを運ぼう」
「よろしいんですか?」
「ああ。食料の管理と村の治安は俺に任せろ」
「よかった! ああ、大助さまは本当に頼りになります!」
「忠次郎、お前は庄屋の代行だ。困ったことがあれば、遠慮なく相談しろよ」
「はい、 ありがとうございます!」
武蔵殿から頂いた米はアワやヒエに替え、大量に保管してある。今はそれを出し惜しみしてる場合ではない。飢えは人の心を荒ませ、放っておけば取り返しのつかない事態を招く。さらに食料難が続けば村を離れる者も出るだろう。そうなれば復興は遅れ、農業生産力も低下し、悪循環に陥ってしまう。
「六郎、忠吾郎、食材を運ぶぞ」
「はーい!」
俺たちは荷車に食材を積み込み、山村の東側にある廃城へと向かった。
途中までの富盛・国宗の縄張りでは土砂撤去が進み、街道の通行にはあまり支障はなかったが、神田と面前の境目に差し掛かると、流された家屋や堆積した土砂が道をふさぎ、通行にひと苦労する有様だった。
「若、ここらは惨状ですな……」
「二郷川に近い民家や田畠は、ほぼ壊滅だ……」
山村の中央ともいえるこの地点を境に、西側では面前家の郎党が懸命に土砂撤去に励んでいた。ここの被災者たちは、宮迫神社へ避難している。
一方、東側に広がる神田家の縄張りは、奥の山間で発生した土砂崩れにより、かつての景観がすっかり失われるほどの甚大な被害を受けていた。
「これは……手のつけようがないな」
「川の氾濫とあの土砂崩れのせいで、廃城へ避難するしかなかったのですな」
「ああ。ここから神社へ向かうには、二郷川を渡らなければならないからな」
「大助さま。この先、荷車で進めますでしょうか?」
「行けるところまで行くしかないだろう」
やがて、どうにか小高い丘まで辿り着いた俺たちは、一息つくことにした。
「大助さま!」
「ん? どうした?」
忠吾郎が指さす方を見ると、土砂崩れで変形した荒地に、幼い子供が二人ウロウロしていた。どうやら柿の実を取ろうとしているようだ。だが、その背後から野犬の群れが忍び寄っていた。
「いかん、六郎、行くぞ!」
「ははっ!」
「ガゥゥ……ガゥゥ……」
「おーい、お前たち、早く木に登るんだ!」
「……えっ?」
「犬が襲ってくるぞ!」
「ガゥガゥガゥ!」
「うわぁーっ!」
野犬の存在に気づいた子供たちは、慌てて倒れかけた柿の木へよじ登った。しかし、五匹の野犬がそれを取り囲み、一匹が今にも飛びかかろうとしている。
「ああっ!?」
バシッ!
どうにか間に合った。俺は木刀を振り下ろし、野犬を叩き落とす。
「ガゥゥゥ……」
「若、どうします?」
「犬も飢えている……もはや野獣だ」
「仕方ありませんな」
俺と六郎は次々と襲いかかる野犬を木刀で打ち払い、戦意を喪失させて追い払った。
「お前たち、どこの子供だ?」
「……」
「神田家の本百姓か? それとも……」
「……とうちゃんと、かあちゃんは死んだ」
「廃城跡で避難してるのか?」
「あそこは食べ物がない」
「そうか。取りあえず、ほら、食え」
出発前にお久からもらった雑穀のおにぎりを差し出すと、二人はまるで奪うように手を伸ばし、むしゃむしゃと口へ頬張った。
「おいおい、ゆっくり食べないと喉が詰まるぞ」
見たところ、兄妹だろうか。年の頃は10歳ほどか。服の擦り切れ具合や手の荒れた様子からして、本百姓の子というよりも、下働きをしていた家の子のようだ。この非常時、親を失った下人の子までは面倒を見きれないということなのか……。
「廃城跡へ行こう」
俺たちは子供を連れて、変形した荒地を慎重に進んだ。やがて、かつての畦道が姿を現す。幸いにも、この辺りはさほど被害を受けていないようだ。だが、見渡す限りの田畑は泥をかぶり、作物はすべて流されてしまっていた。
これじゃ、生きる希望もなくなる……。
胸が締めつけられるような風景を前にしながら、俺たちはさらに山道を進んだ。そして、もう一つの避難場所が見えてきた。
──廃城跡。
ここは約六十年前まで、この地方を治めていた豪族の居城だった。しかし、天文二十四年(1555年)、厳島で毛利元就と陶晴賢の間で行われた戦闘、いわゆる「厳島の戦い」において、当地の豪族は陶軍に味方したため、毛利家によって滅ぼされた。それ以来、この城は廃墟となり、風雨にさらされながら、ただ朽ちていくばかりだった。
「あ、真田さま……!」
「次郎右衛門殿、食材を持ってきた」
そう告げると、俺たちの荷を見た領民が一斉に群がってくる。その顔つきは、ただの喜びとは違う、何か異様な雰囲気を帯びていた。
「お、おい……どうしたんだ、みんな!?」
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる