宝刀と共に消えた落武者──真田大助の秘史

鼻血の親分

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第五章 芸州編 宝刀と共に消えた落武者

第40話 復興に向けて

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「メシ……メシをくれ……もう三日も殆ど喰べてない……」
「腹が減って死にそうだ……」
「頼む……何か喰わせてくれ……」

 衰弱しきった領民が、今にも倒れそうな足取りで荷車に群がってくる。その目は飢えに狂い、弱々しい手を伸ばして必死に食料を求めていた。

「待て、待て、これから作るんだ。焦るな!」

 俺は六郎や忠吾郎とともに、彼らを必死に押しとどめて荷を守り、廃城の奥へと進んだ。そこで見た光景は、力尽きたように地べたにへたり込む領民たちの姿だった。もはや喧嘩する気力すら残ってないと思われる。これは、一刻を争う事態だ。

「次郎右衛門殿、どうなってるんだ。こんなに酷い状態だったのか?」

 この避難所を取り仕切っているのは、大百姓・神田家当主の弟、神田次郎右衛門(25歳)である。
 げっそりとやつれた顔で俺を見つめると、彼は絞り出すように言った。
「真田さま……神田はもう、ここから撤退したいのです」
「なに……?」

 山村の南東に位置する神田の縄張りには、本家・分家を含む本百姓が約四十戸暮らしていた。しかし、野分台風による甚大な被害で、その半数以上の家屋が流され、壊滅的な状況に陥っていた。田畑の殆どは泥水に浸かり、秋の収穫は絶望的だ。さらに、死者や行方不明者は数十人に上り、集落全体が深い悲しみに包まれていた。
 本百姓の中には「このままでは暮らしていけない」と親戚を頼って逃散する者が後を絶たず、残った者たちも日々の食材確保に追われ、復興に向けた気力を失っていた。

 そんな状況の中、神田家の本音は、本家や分家の再建を優先したいというものだった。領内の本百姓まで面倒を見る余裕はない──その思いが、言葉の端々から透けて見えた。が、今はやるべきことがある。このままでは、全滅しかねない。

「とにかく先ずは、煮炊きだ。雑炊を作るぞ。六郎、忠五郎、準備を頼む」
「ははっ」
「それと、次郎右衛門殿、避難している者の人名簿を見せてくれ。人数を把握したい」
「あ、はい」

 人名簿には、十二戸・五十二人と記されていた。
「……若、蓄えが殆どない状態で五十二人とは厳しいですな」
「……うむ」
「いや、我々もできる限りの支援を続けてまいりました。しかし、このままでは神田家そのものが立ち行かなくなります。食料を出し渋れば領民との間で争いが起こり、最悪の場合、暴動に発展しかねません。もう撤退させていただきたいのです」

 次郎右衛門の言葉には、疲弊しきった神田家の現状がにじんでいた。

「次郎右衛門殿、これまで神田家が本百姓らの面倒を見てきたのだ。今ここで見捨てるようなことをすれば、将来必ず禍根を残すぞ」
「……それでも、今を乗り越えなければなりません」
「ふむ……まあ、ここで議論する時間はないな」

 神田家の撤退は何としても避けたい。そのためには体制を立て直すことが先決だ。
「まだ動ける者を集めてくれ」
「は、はい」

 比較的体力と気力の残っている者が十人ほど集まり、煮炊きを始める。やがて、味噌で味付けした雑炊が炊き上がると、その香ばしい香りに誘われ、衰弱した領民たちがふらふらと集まってきた。

「さあ、しっかり食え!」
「……あ、ありがとうございます……」
 領民たちは震える手で椀を受け取り、飢えをしのぐようにゆっくりと口に運ぶ。
「うんめえ……」
「ほら、お前たちも食べな」
 途中で保護した兄妹にも椀を差し出すと、二人は「ハフハフ」と熱さに顔をしかめながらも、夢中で雑炊を口に運んだ。

 雑炊は瞬く間になくなり、すぐに追加の煮出しが始まった。そして、鍋から湯気が立ち昇る頃には、避難していた者たちのほとんどが集まっていた。

「皆の者、よく聞け。当面の食料は確保してある!」
「な……なんと」
「さすがは真田さま……ありがてえ……」
「まずは体力を戻すことだ。体力が戻れば、女衆は飯炊き、掃除、洗濯などを分担し、協力してやっていくんだ。いいな!?」
「は……はいっ」
「男衆は土砂の撤去をはじめ、復興作業を進めろ。もちろん、国宗や富盛の郎党にも手伝ってもらう。いいな!?」
「……へ、へい……ただ、復興って言っても、何をすればいいんだ?」
「川だ。まずは川をきれいにする。土砂や流木を取り除かないと、次に雨が降ったときにまた氾濫するぞ」
「あ、なるほど……」
「わ、我ら、食わせてもらえるなら、喜んで真田さまの指示に従いまする」
「わしも……」
「わしもじゃ」
「よーし、みんな、俺に任せてくれ! 誰ひとり飢え死させはせん!」
「お、おおおおっ……!」

 久しぶりに腹いっぱい雑炊を食べた領民の顔には、まだ弱々しさは残るものの、わずかに生気が戻ってきた。

「さすがは真田さま。しかし、これだけの人数を養っていくのは容易なことではありません」
「まあ、何とかするしかない。それより、次郎右衛門殿もここに残ってもらえないか?」
「私とて、彼らを見捨てるのは本意ではありません。真田さまよりご支援いただきましたし、ここは本家と相談し、できる限り協力させていただきます」
「そうか、助かる。頼むぞ!」

「で……若、当分ここに寝泊まりするおつもりですな」
「ああ、ひと段落するまではな」
「僕もお泊まりするよー!」
「あ、そうだ忠吾。明日、国宗や富盛に話をつけてくれ。土砂撤去の指導を頼みたい」
「うん、わかった! 忠次郎さまにお願いしてみる!」
「若、儂は何をいたしましょう?」
「そうだな……六郎は領民の監視を頼む。食材の管理や秩序維持も重要だ」
「はっ、承知いたしました!」

 こうして俺は、山村で最も被害の大きい神田の縄張りで復興の指揮を執ることになった。だが、やはり大きな不安がある。それは、五十人を超える者たちの食材確保だ。取り急ぎ用意した雑穀では、十日ももたないだろう。

「近いうち「離れ」に戻って、また運ぶしかないな。次は干し肉の残りも持ってこようか」

 などと考えを巡らせていたその時、ふと気配を感じた。

  ──闇に隠れ、忍び寄る影を……。



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