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第2話
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翌朝、いつものように、仕事へ行く支度をしてから、朝食のパンとスープを——パンにジャムやバターを塗って食べられたら、どんなに最高かしら〈高価な砂糖をたっぷりと使ったジャムも、手間暇かけて作るバターも、庶民にとって、とても高価な食べ物なので、ロゼッタは一度も口にしたことがなかった〉と思いながら食べていると、玄関をノックする音が聞こえた。
(こんな朝早くに、いったい誰が訪ねてきたっていうの。大したことない用事だったら、怒ってやるんだから)
ロゼッタの住むアパートは、女性専用アパートで、1階に大家さんが住んでいる。面倒見の良い老夫婦だ。2階と3階には、それぞれ2部屋ずつ計4部屋ある。
3階は家庭教師をしているアドリアーナと、電話交換手のフェデリーカが住んでいて、2階はロゼッタと画家のレベッカだ。
レベッカが訪ねてきたのだろうと思い、確認もせずにロゼッタはドアを開けた。
芸術家というのは皆そうなのだろうか?絵に没頭すると、レベッカは時間という概念が無くなってしまうようで、明け方だろうが真夜中だろうが、訪ねてくるので困ってしまう。
しかし、ロゼッタの部屋の前に立ってドアを叩いていたのは、レベッカではなく、ロゼッタがデートしたいと思っていたマテオ・デュカスだった。
なぜか彼は、数人の騎士を引き連れていて——彼自身も騎士の制服を着ている。おかしな状況で頭が混乱するが、騎士服を着たマテオに、ロゼッタは釘付けになってしまった。今すぐにその騎士服を剥ぎ取って、のしかかりたいという、はしたない欲望が、頭をもたげてくるほどに。
「おはようございます。ロゼッタ様。早朝に許可なく自宅を訪ねてしまった無礼を、お許しください。我々はコロニラ王国の騎士、私の名はエルモンド・バルザックと申します」彼は眩しいほどの笑顔で言った。
「えっと……マテオ、ですよね?」
「申し訳ありません。任務のため、偽名を使っておりました」形だけ申し訳なさそうにしたエルモンドは、変わらず眩しいほどの笑顔で言った。「ロゼッタ様には、今から我々と共に、王城へお越しくださいますようお願い申し上げます」
「……王城ですって⁉︎」ロゼッタは目を丸くした。「マテオ、これはいったい何の冗談ですか?それに、なぜ、ロゼッタ様なんて呼ぶんですか?」
ただ驚いていたロゼッタの顔色が、パニックに変わりつつあることに気づいたマテオことエルモンドは、ロゼッタが気の毒になり、堅苦しい騎士の態度を、いつも図書館にいた好青年マテオに戻した。
「ロゼッタ、俺からは何も言えないんだ。許可を得ていないからね、ただ一緒に来てと言うしかないんだ。悪いことではないし、怖いこともないと保証する。俺たちは一旦、外へ出て待ってるから、ひとまず、身の回りのものをまとめて出てきてくれる?」
「ええ、ええ、分かったわ。よく分からないけど、とりあえず分かったわ」
デートに誘われたいと思っていたら、まさかの王城に誘われてしまった。
何が起きてるのか理解しようとしたって土台無理だ。
(だって、王城に誘われる想定なんてしてなかったし、王城って……この国の王がいるところよ、ありえないでしょ!
とにかく鏡を見て、おかしなところがないかチェックよ!ああ、何てこと!アクセサリーを買っておくべきだった。ドレスなんて持ってないのだから、このヨレヨレのワンピースで行くしかないわね。だけど、淑女らしく帽子くらいは被らないと)
家に帰ってくるなりトルソーに引っ掛けておいた〈置き場がそこしかない〉帽子を頭にのせた。紺色の帽子は、どんな色の服にも合うからと思って買ったけれど、よく考えてみたら、服も紺色ばかりなのだから、何色の帽子でもよかったのよね……私って間抜けね……
この帽子、変じゃないかしらと思い、ロゼッタは鏡を覗き込んだ。
故郷の女性はスカーフを被ることが多く、高価な帽子は貴婦人が被るもので、ロゼッタには不必要なものだったけれど、王都に行くなら必要だといって、両親が大枚はたいて買ってくれたものだから、もう4年も前に買った代物だ。
新調しておけばよかったなんて、今更考えたって仕方がない!ロゼッタはいつものハンドバッグを引っ掴んで外へ出た。
通りに出た所で、一際目立つ、きらびやかな馬車が停まっているのが目に入り、目玉が飛び出しそうなほどに、驚いてしまった。もしかすると、愕然としすぎて顎が外れてしまったかもしれないと思い、ロゼッタは恐る恐る自分の顎に手を触れてみた。正しい位置に顎がついていると知って、胸を撫で下ろした。
まるで貴族様が乗るような、豪華な馬車の前で、マテオことエルモンドが姿勢正しく待っている。
(嘘でしょ!嘘だと言って!嘘に決まってるわ!)
何を考えているのか、手に取るように分かるロゼッタの表情を見て、エルモンドは思わず口に手を当てて、笑いそうになるのを堪えた。
「さあ、お手をどうぞ、ロゼッタ様」
差し出されたエルモンドの手にロゼッタは、躊躇いがちに手を乗せて、馬車に乗り込んだ。
悠然と馬に跨り歩いているエルモンドは、ロゼッタの乗った馬車を、護衛しているようだった。その姿はまるで英雄、ロゼッタは窓の外のエルモンドに見惚れた。
王城についてすぐに通された部屋は、今まで見たこともないような豪華な作りの部屋で、ロゼッタの家にあるような、自作のクッション——中身は引き裂いた古着だ——を置いただけの椅子とは違い、ちゃんと綿が入っていて、椅子に綺麗な布で貼り付けてある。そっと座ってみると、お尻がふんわりと包み込まれた。
ロゼッタは、にんまりしそうになった自分を戒めた。
(こんなことで喜んではダメよロゼッタ!きっと、ここの人たちはこれが普通なの。だから淑女らしく、動揺してはダメ!田舎者ってバカにされてしまうわ。こんなの普通よって顔するの。うん、きっと上手くいってるわ)
はしゃぎたいのを堪えているロゼッタを見て、笑いそうになったエルモンドは、笑うのを堪えるという苦行を強いられた。
(こんな朝早くに、いったい誰が訪ねてきたっていうの。大したことない用事だったら、怒ってやるんだから)
ロゼッタの住むアパートは、女性専用アパートで、1階に大家さんが住んでいる。面倒見の良い老夫婦だ。2階と3階には、それぞれ2部屋ずつ計4部屋ある。
3階は家庭教師をしているアドリアーナと、電話交換手のフェデリーカが住んでいて、2階はロゼッタと画家のレベッカだ。
レベッカが訪ねてきたのだろうと思い、確認もせずにロゼッタはドアを開けた。
芸術家というのは皆そうなのだろうか?絵に没頭すると、レベッカは時間という概念が無くなってしまうようで、明け方だろうが真夜中だろうが、訪ねてくるので困ってしまう。
しかし、ロゼッタの部屋の前に立ってドアを叩いていたのは、レベッカではなく、ロゼッタがデートしたいと思っていたマテオ・デュカスだった。
なぜか彼は、数人の騎士を引き連れていて——彼自身も騎士の制服を着ている。おかしな状況で頭が混乱するが、騎士服を着たマテオに、ロゼッタは釘付けになってしまった。今すぐにその騎士服を剥ぎ取って、のしかかりたいという、はしたない欲望が、頭をもたげてくるほどに。
「おはようございます。ロゼッタ様。早朝に許可なく自宅を訪ねてしまった無礼を、お許しください。我々はコロニラ王国の騎士、私の名はエルモンド・バルザックと申します」彼は眩しいほどの笑顔で言った。
「えっと……マテオ、ですよね?」
「申し訳ありません。任務のため、偽名を使っておりました」形だけ申し訳なさそうにしたエルモンドは、変わらず眩しいほどの笑顔で言った。「ロゼッタ様には、今から我々と共に、王城へお越しくださいますようお願い申し上げます」
「……王城ですって⁉︎」ロゼッタは目を丸くした。「マテオ、これはいったい何の冗談ですか?それに、なぜ、ロゼッタ様なんて呼ぶんですか?」
ただ驚いていたロゼッタの顔色が、パニックに変わりつつあることに気づいたマテオことエルモンドは、ロゼッタが気の毒になり、堅苦しい騎士の態度を、いつも図書館にいた好青年マテオに戻した。
「ロゼッタ、俺からは何も言えないんだ。許可を得ていないからね、ただ一緒に来てと言うしかないんだ。悪いことではないし、怖いこともないと保証する。俺たちは一旦、外へ出て待ってるから、ひとまず、身の回りのものをまとめて出てきてくれる?」
「ええ、ええ、分かったわ。よく分からないけど、とりあえず分かったわ」
デートに誘われたいと思っていたら、まさかの王城に誘われてしまった。
何が起きてるのか理解しようとしたって土台無理だ。
(だって、王城に誘われる想定なんてしてなかったし、王城って……この国の王がいるところよ、ありえないでしょ!
とにかく鏡を見て、おかしなところがないかチェックよ!ああ、何てこと!アクセサリーを買っておくべきだった。ドレスなんて持ってないのだから、このヨレヨレのワンピースで行くしかないわね。だけど、淑女らしく帽子くらいは被らないと)
家に帰ってくるなりトルソーに引っ掛けておいた〈置き場がそこしかない〉帽子を頭にのせた。紺色の帽子は、どんな色の服にも合うからと思って買ったけれど、よく考えてみたら、服も紺色ばかりなのだから、何色の帽子でもよかったのよね……私って間抜けね……
この帽子、変じゃないかしらと思い、ロゼッタは鏡を覗き込んだ。
故郷の女性はスカーフを被ることが多く、高価な帽子は貴婦人が被るもので、ロゼッタには不必要なものだったけれど、王都に行くなら必要だといって、両親が大枚はたいて買ってくれたものだから、もう4年も前に買った代物だ。
新調しておけばよかったなんて、今更考えたって仕方がない!ロゼッタはいつものハンドバッグを引っ掴んで外へ出た。
通りに出た所で、一際目立つ、きらびやかな馬車が停まっているのが目に入り、目玉が飛び出しそうなほどに、驚いてしまった。もしかすると、愕然としすぎて顎が外れてしまったかもしれないと思い、ロゼッタは恐る恐る自分の顎に手を触れてみた。正しい位置に顎がついていると知って、胸を撫で下ろした。
まるで貴族様が乗るような、豪華な馬車の前で、マテオことエルモンドが姿勢正しく待っている。
(嘘でしょ!嘘だと言って!嘘に決まってるわ!)
何を考えているのか、手に取るように分かるロゼッタの表情を見て、エルモンドは思わず口に手を当てて、笑いそうになるのを堪えた。
「さあ、お手をどうぞ、ロゼッタ様」
差し出されたエルモンドの手にロゼッタは、躊躇いがちに手を乗せて、馬車に乗り込んだ。
悠然と馬に跨り歩いているエルモンドは、ロゼッタの乗った馬車を、護衛しているようだった。その姿はまるで英雄、ロゼッタは窓の外のエルモンドに見惚れた。
王城についてすぐに通された部屋は、今まで見たこともないような豪華な作りの部屋で、ロゼッタの家にあるような、自作のクッション——中身は引き裂いた古着だ——を置いただけの椅子とは違い、ちゃんと綿が入っていて、椅子に綺麗な布で貼り付けてある。そっと座ってみると、お尻がふんわりと包み込まれた。
ロゼッタは、にんまりしそうになった自分を戒めた。
(こんなことで喜んではダメよロゼッタ!きっと、ここの人たちはこれが普通なの。だから淑女らしく、動揺してはダメ!田舎者ってバカにされてしまうわ。こんなの普通よって顔するの。うん、きっと上手くいってるわ)
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