【完結】精霊女王

枇杷水月

文字の大きさ
4 / 42

第2話

しおりを挟む
 翌朝、いつものように、仕事へ行く支度をしてから、朝食のパンとスープを——パンにジャムやバターを塗って食べられたら、どんなに最高かしら〈高価な砂糖をたっぷりと使ったジャムも、手間暇かけて作るバターも、庶民にとって、とても高価な食べ物なので、ロゼッタは一度も口にしたことがなかった〉と思いながら食べていると、玄関をノックする音が聞こえた。

 (こんな朝早くに、いったい誰が訪ねてきたっていうの。大したことない用事だったら、怒ってやるんだから)

 ロゼッタの住むアパートは、女性専用アパートで、1階に大家さんが住んでいる。面倒見の良い老夫婦だ。2階と3階には、それぞれ2部屋ずつ計4部屋ある。

 3階は家庭教師をしているアドリアーナと、電話交換手のフェデリーカが住んでいて、2階はロゼッタと画家のレベッカだ。

 レベッカが訪ねてきたのだろうと思い、確認もせずにロゼッタはドアを開けた。
 芸術家というのは皆そうなのだろうか?絵に没頭すると、レベッカは時間という概念が無くなってしまうようで、明け方だろうが真夜中だろうが、訪ねてくるので困ってしまう。

 しかし、ロゼッタの部屋の前に立ってドアを叩いていたのは、レベッカではなく、ロゼッタがデートしたいと思っていたマテオ・デュカスだった。

 なぜか彼は、数人の騎士を引き連れていて——彼自身も騎士の制服を着ている。おかしな状況で頭が混乱するが、騎士服を着たマテオに、ロゼッタは釘付けになってしまった。今すぐにその騎士服を剥ぎ取って、のしかかりたいという、はしたない欲望が、頭をもたげてくるほどに。

「おはようございます。ロゼッタ様。早朝に許可なく自宅を訪ねてしまった無礼を、お許しください。我々はコロニラ王国の騎士、私の名はエルモンド・バルザックと申します」彼は眩しいほどの笑顔で言った。

「えっと……マテオ、ですよね?」

「申し訳ありません。任務のため、偽名を使っておりました」形だけ申し訳なさそうにしたエルモンドは、変わらず眩しいほどの笑顔で言った。「ロゼッタ様には、今から我々と共に、王城へお越しくださいますようお願い申し上げます」

「……王城ですって⁉︎」ロゼッタは目を丸くした。「マテオ、これはいったい何の冗談ですか?それに、なぜ、ロゼッタ様なんて呼ぶんですか?」

 ただ驚いていたロゼッタの顔色が、パニックに変わりつつあることに気づいたマテオことエルモンドは、ロゼッタが気の毒になり、堅苦しい騎士の態度を、いつも図書館にいた好青年マテオに戻した。

「ロゼッタ、俺からは何も言えないんだ。許可を得ていないからね、ただ一緒に来てと言うしかないんだ。悪いことではないし、怖いこともないと保証する。俺たちは一旦、外へ出て待ってるから、ひとまず、身の回りのものをまとめて出てきてくれる?」

「ええ、ええ、分かったわ。よく分からないけど、とりあえず分かったわ」

 デートに誘われたいと思っていたら、まさかの王城に誘われてしまった。

 何が起きてるのか理解しようとしたって土台無理だ。

 (だって、王城に誘われる想定なんてしてなかったし、王城って……この国の王がいるところよ、ありえないでしょ!
 とにかく鏡を見て、おかしなところがないかチェックよ!ああ、何てこと!アクセサリーを買っておくべきだった。ドレスなんて持ってないのだから、このヨレヨレのワンピースで行くしかないわね。だけど、淑女らしく帽子くらいは被らないと)

 家に帰ってくるなりトルソーに引っ掛けておいた〈置き場がそこしかない〉帽子を頭にのせた。紺色の帽子は、どんな色の服にも合うからと思って買ったけれど、よく考えてみたら、服も紺色ばかりなのだから、何色の帽子でもよかったのよね……私って間抜けね……

 この帽子、変じゃないかしらと思い、ロゼッタは鏡を覗き込んだ。

 故郷の女性はスカーフを被ることが多く、高価な帽子は貴婦人が被るもので、ロゼッタには不必要なものだったけれど、王都に行くなら必要だといって、両親が大枚はたいて買ってくれたものだから、もう4年も前に買った代物だ。

 新調しておけばよかったなんて、今更考えたって仕方がない!ロゼッタはいつものハンドバッグを引っ掴んで外へ出た。

 通りに出た所で、一際目立つ、きらびやかな馬車が停まっているのが目に入り、目玉が飛び出しそうなほどに、驚いてしまった。もしかすると、愕然としすぎて顎が外れてしまったかもしれないと思い、ロゼッタは恐る恐る自分の顎に手を触れてみた。正しい位置に顎がついていると知って、胸を撫で下ろした。

 まるで貴族様が乗るような、豪華な馬車の前で、マテオことエルモンドが姿勢正しく待っている。

 (嘘でしょ!嘘だと言って!嘘に決まってるわ!)

 何を考えているのか、手に取るように分かるロゼッタの表情を見て、エルモンドは思わず口に手を当てて、笑いそうになるのを堪えた。
「さあ、お手をどうぞ、ロゼッタ様」

 差し出されたエルモンドの手にロゼッタは、躊躇いがちに手を乗せて、馬車に乗り込んだ。

 悠然と馬に跨り歩いているエルモンドは、ロゼッタの乗った馬車を、護衛しているようだった。その姿はまるで英雄、ロゼッタは窓の外のエルモンドに見惚れた。

 王城についてすぐに通された部屋は、今まで見たこともないような豪華な作りの部屋で、ロゼッタの家にあるような、自作のクッション——中身は引き裂いた古着だ——を置いただけの椅子とは違い、ちゃんと綿が入っていて、椅子に綺麗な布で貼り付けてある。そっと座ってみると、お尻がふんわりと包み込まれた。

 ロゼッタは、にんまりしそうになった自分を戒めた。

 (こんなことで喜んではダメよロゼッタ!きっと、ここの人たちはこれが普通なの。だから淑女らしく、動揺してはダメ!田舎者ってバカにされてしまうわ。こんなの普通よって顔するの。うん、きっと上手くいってるわ)

 はしゃぎたいのを堪えているロゼッタを見て、笑いそうになったエルモンドは、笑うのを堪えるという苦行を強いられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

「嘘つき」と決めつけられた私が幸せになるまで

梨丸
ファンタジー
 -この世界は、精霊が見え、触れ合える聖女によって支えられている- 私の村で、私の双子の妹は聖女として祭り上げられている。 私も精霊と触れ合うことができるのに、誰も信じてはくれない。 家族にも、村の人にも「嘘つき」と決めつけられた。 これはそんな私が、幸せになるまでの物語。 主な登場人物 ルーシー・ルーベルク  双子の姉で本作の主人公 リリー・ルーベルク   ルーシーの双子の妹 アンナ         ルーシーの初めてできた友達 番外編では、ルーシーの妹、リリー目線で話が進みます。 番外編を読んでみると、リリーの印象がガラリと変わります。読んでいただけると、幸いです。 10/20 改行が多くて読みにくいことに気づいたので修正いたしました。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む

青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。 12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。 邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。 、

処理中です...