【完結】精霊女王

枇杷水月

文字の大きさ
27 / 42

第23話

しおりを挟む
 エルモンドは、ロゼッタに用意された部屋に、一晩泊まった。心配で側を離れられず、時折、寝息を確認しては、胸を撫で下ろし、ずっとロゼッタの寝顔を、椅子に座って見つめていた。

 明け方になって、ジェラルドが訪ねてきた。
「王太子殿下にバレたぞ」

「——ああ、俺の勝手な片思いだってことにして、俺は護衛騎士を降りる。ロゼッタに迷惑はかけない」早朝からの来訪者に、扉を開けたエルモンドが言った。

「お前に手垢をつけられて、腹を立てていたようだが、聖女様が誰を好きになろうと、咎める者はいない。だってさ、よかったな」

「——どういうことだ?」

「だから、お前はロゼッタ様に好きだって言ってもいいってこと、目を覚ましたら、いの一番に愛の告白でもしろ。もういい加減、お前の鬱々とした顔を見るのは、うんざりだ」そう言いジェラルドは立ち去った。

 エルモンドは、すやすやと眠るロゼッタの髪に、そっと触れ口づけた。好きだと言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか、早く起きてくれないだろうかと、はやる気持ちを抑えた。

 ぐっすり眠っていたロゼッタが、もぞもぞと動き出したのは、日が高く昇った頃だった。

「あら、エルモンド、おはようございます。寝坊をしてしまったかしら?」

 女性の純潔を守るため、侍女の付き添いがなければ、寝室へは入ってこられないはずのエルモンドが、ベッドの脇に座り、寝ている自分を見ていた状況に、寝ぼけていたロゼッタは疑うこともなかった。

「おはようロゼッタ、よく眠れた?」

「ええ、とっても——どうかしましたの?エルモンド、なんだか変ですよ」いつも丁寧に接してくれるエルモンドが、こんな風に砕けた口調で話すのは、全てが始まる前、ロゼッタが図書館の司書だったとき以来だ。

「ロゼッタ、愛してる」エルモンドはロゼッタの手をとり、手の甲にそっと唇をつけた。

「エルモンド?」ロゼッタは何を言われたのか理解できず、ただエルモンドを、ぽかんと見つめた。

「君を愛してる。ずっとそばで君を守りたいんだ。君が1人で戦わなくていいように。君の安らげる場所になると誓う。ありのままの君が好きなんだ。君の前では、おかしくなってしまうほどに夢中なんだ」

「ちょっと、ちょっと待ってエルモンド」愛の言葉の嵐に、頭が混乱してしまったロゼッタは、ベッドから飛び降りて、エルモンドと距離をとった。

 エルモンドはロゼッタに跪いた。
「王太子殿下から、許可が下りた。だから、君に愛を乞うていいんだ。もう一時だって我慢したくない。ロゼッタ、君は図書館での出会いを、運命だと言ったよね、俺も運命だったと思ってる。人生一度きりの恋をした」

「エルモンド、こんなのひどいわ。起き抜けにこんな……心臓が止まってしまいそうよ」

「お願いだ、君に恋焦がれたこの哀れな男に、愛してると言ってくれないか」

「ええ、私も愛してるわ」顔を真っ赤にしたロゼッタは、溢れてくる涙を手の甲でぬぐった。

 エルモンドは嬉しさのあまり、ロゼッタを抱きかかえて、くるくる回った。

「きゃあ!もうやだ、おろしてちょうだい。恥ずかしいわ」

「嬉しいんだ、すごく嬉しいんだ」エルモンドは、ロゼッタをベッドにそっと横たえ、上から覆い被さった。

「コンコン、お兄さん、そこまでだ。いくら嬉しいからって、そこから先には、まだ進むな」

 顔を赤く染め、涙ぐんでいるロゼッタから、目が離せなかったエルモンドは、鬱陶しそうに、声のするほうへ視線を向けた。
「ジェラルド!」

「はいはい、ジェラルドが邪魔しに来ましたよ。エルモンドは俺と一緒に出ていく、ロゼッタ様は朝の支度、アリーチェ侍女長に入ってもらいますからね」ジェラルドは、エルモンドをロゼッタから引き剥がし、背中を押して部屋から押し出した。

 洗面道具を持って、アリーチェは寝室に入った。
「よかったですね」

 ロゼッタは、恥ずかしそうに俯いてはいるが、口角の上がった顔を見て、アリーチェも嬉しくなった。

「恥ずかしいわ、どこから聞いていたのですか?」

「エルモンド卿が、愛の告白をするまで、入室は待って欲しいと、ジェラルド卿からお願いされたのです。ですから、最初からですわね」アリーチェはイタズラっぽく笑った。

「もう嫌ですわ——でも、どうして突然?」

「昨晩のこと、覚えていらっしゃらないのですか?」

「もちろん覚えていますわよ。魔物を退治して、それから、その後……あら?私どうやって、ここまで帰ってきたのかしら?」

 アリーチェはロゼッタに騎士服を着せた。普段ならドレスだが、魔物が襲ってきた時に備えて、王都を出る時からロゼッタは騎士服で過ごしていた。

「聞いた話では、魔物を退治し終えたロゼッタ様を、エルモンド卿が駆け寄って抱きしめ、女海賊を演じ始めたロゼッタ様に、口づけをしたそうです。それを見ていた王太子殿下が、聖女様が誰を好きになろうと、咎める者はいないと仰ったそうで、それで、思いを告げる決心を、したようですわよ」

「待って、口づけって何?私、覚えてないわ!」

(ファーストキスだったのに、覚えていないなんて!いろんな状況を想定して、パターンをいくつか考えてて、理想のファーストキスになるはずだったのに)

 力なく肩を落としたロゼッタを、アリーチェは、かわいらしいと思い微笑んだ。
「気絶したロゼッタ様を抱きかかえて、颯爽と歩くエルモンド卿の姿は、まるで、英雄だったそうですわよ」

 アリーチェは、着替え終えたロゼッタを、今度は化粧台まで連れて行った。あまり派手な化粧を好まないロゼッタは、頬紅と蜜蝋に植物油を混ぜ、ほんのり色づけた口紅を、唇に塗るだけだ。

「——皆さんに、知られてしまったってこと?」

「屋敷中その話題で持ちきりですわよ。騎士たちは、エルモンド卿に嫉妬しておりました。今回、武勲をたてることができれば、ロゼッタ様に、名を覚えてもらえると思っていた騎士は、多いですからね」

「穴があったら入りたい気分だわ……」ロゼッタは化粧台に突っ伏した。

「お支度ができましたよ。王太子殿下が昼食を、ご一緒したいと仰っています。食堂へ参りましょう」

 部屋を出ると、風呂に入り、こざっぱりとしたエルモンドとジェラルドが、待っていた。

 食堂までの道のり、何人かの侍女たちとすれ違い、含みのある顔を向けられロゼッタは、顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、エルモンドは実に、晴れやかな顔をしていた。

 食堂にはアロンツォがすでに来ていて、ロゼッタを待っていた。

「王太子殿下、おはようございます。お待たせしてしまいましたわね」

「構いませんよ。昨日は大変でしたからね。ゆっくりお休みになられたようで幸いです。ロゼッタ様と聖獣のおかげで、魔物を退治できました。もし、我々だけだったらと思うと、身の毛が弥立ちます」

「これで終わりではないのでしょうね。またいつ襲ってくるのか分からないですし、この状態がいつまで続くのかも、予測できませんわね」

「魔族が諦めるまで、粘るしかないでしょう。長引くようならば、全面戦争に発展することも、視野に入れなければなりません」

「困ったものですわね。私がちょっと行って、浄化だけして帰ってくるってわけにはいかないのでしょうね」

「魔族大陸に行くなど、あり得ません。戻ってこられる保証なんて、どこにも無いのですから」

「そうですわね——聖女の派遣なんて制度が作れたら、良いのですけれどね」

「そもそも、魔族とは、話し合いも困難です。彼らは魔術が使えない人族を、見下していますからね。それにしても、ロゼッタ様は面白いことを考えますね、聖女の派遣ですか。エルモンド卿が惚れるわけだ」

「王太子殿下、やめてください」ロゼッタは赤面した。

「ロゼッタ様も、エルモンド卿を好いているのでしょう?2人が時折、見つめ合っているのを、知っていますよ。熱々の恋人同士みたいじゃないですか」

「もう、からかわないでください」

 後ろに立っているエルモンドを意識していなかったのに、ロゼッタは、途端に意識してしまい、背中が燃えるように熱くなった気がした。

「騎士たちに、死んだ魔物の焼却と、倒木の片付けを任せています。今晩も襲撃があると仮定して、迎え撃つ準備をしましょう」

「マルーンに偵察に出てもらいますわ。魔物が確認できた時点で、知らせてくれるでしょう」

 昼食を終え、ロゼッタは庭に出てきて、シルバを召喚した。「シルバ」

「——本当にでっかいですね」ジェラルドはシルバを見上げて言った。

「昨日は、突然の召喚でしたので、シルバとの精神感応が弱かったのです。遠隔での会話が困難でしたから、シルバに乗るしかありませんでしたけれど、さすがに、あれを毎回するとなると、私の体力が持ちまんせんわ。賢い子ですから、戦闘には問題ありませんが、離れていても意志の疎通ができるよう、少しの間シルバと一緒に過ごしてみようと思っていますの」

 魔物が積み上げられている方へ、ロゼッタは歩いていった。

「皆さん、ご苦労様でございます。魔物を焼くのは大変でしょう。私が神聖力で魔物を消しますわね。大きな丸太を運ぶのは、シルバにお任せ下さい」

 日頃から鍛錬しているとはいえ、昨晩、交代で見張りをしていた騎士たちの睡眠時間は、ほとんどなく、睡眠不足なうえに、重たい魔物を集めて火をつける作業で、彼らは疲弊していた。

 そこへ聖女がやってきて、手伝ってくれると言う、騎士たちにとって、ロゼッタは女神のように見えた。

 複数人で力を合わせて運んでいた丸太を、シルバが鼻を器用に使い、3本まとめて一箇所に積み上げていくと、騎士たちは驚嘆した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

「嘘つき」と決めつけられた私が幸せになるまで

梨丸
ファンタジー
 -この世界は、精霊が見え、触れ合える聖女によって支えられている- 私の村で、私の双子の妹は聖女として祭り上げられている。 私も精霊と触れ合うことができるのに、誰も信じてはくれない。 家族にも、村の人にも「嘘つき」と決めつけられた。 これはそんな私が、幸せになるまでの物語。 主な登場人物 ルーシー・ルーベルク  双子の姉で本作の主人公 リリー・ルーベルク   ルーシーの双子の妹 アンナ         ルーシーの初めてできた友達 番外編では、ルーシーの妹、リリー目線で話が進みます。 番外編を読んでみると、リリーの印象がガラリと変わります。読んでいただけると、幸いです。 10/20 改行が多くて読みにくいことに気づいたので修正いたしました。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む

青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。 12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。 邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。 、

処理中です...