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埋もれるほどの花びらを君に

小人族祭

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 王宮の紋章を付けた馬車は、かたかたと音を立てて坂道を下ってゆく。時は夕刻、今日はポトスの街中で小人族祭が開催される日だ。
 馬車の乗客である男女4人は、和やかに歓談に興じていた。ドレス姿のゼータとメアリは、小人族祭で提供される飲食物に関する話題で終始盛り上がりを見せている。レイバックとアムレットも、気楽な国政談話を楽しんでいた。

「アムレット殿。アポロ王からの王位継承はいつ頃の予定なんだ?」
「未定でございます。私の今後の頑張り次第、というところでしょうか。アポロ王は、多忙な王の座など早くくれてやりたいと日々零しておりますが」
「王の座を退いた者は、どのような立ち位置になるんだ?」
「ご本人の希望次第です。前国王…アポロ王の父君に当たるヨゼフ王は、退位された後すぐに地方に屋敷を構え、自由気ままな生活を送っていたと聞きます。その前の国王殿は王宮に留まり、相談役として亡くなるまで国政に関わっておりました。退位後に身分を隠して、ドラキス王国に移住した王もいると聞いております」
「そうなのか。それは知らなかったな」

 いつの間にかゼータとメアリは祭で食べる菓子の話を止め、目の前でなされる会話に耳を澄ませていた。

「レイバック様は、世継ぎはどうされるのですか?」

 アムレットの問いに、レイバックは腕を組んで考え込む。

「世継ぎなぁ…。元々誰かから受け継いだ王座ではないし、どうなるんだろうな。今俺が死ねば、ザトが代わりに立つんだろうとは思うが」
「しかしザト様の方が遥かに年上ですよね」
「そうだ。それに俺は王のまま死ぬつもりはない。適当な時期に退く」
「え、そうなんですか?」

 驚きの声を上げ、会話に割り込んだ者はゼータだ。女性の姿のゼータは、膝下丈のらくだ色のワンピースに、白のカーディガンを羽織っている。黒髪は珍しくも、左右に分けた三つ編みだ。隣に座るメアリはと言えば、薄桃色のワンピースに白のカーディガン。ゼータよりも遥かに長い薄茶色の髪は、きっかりと左右に分けられ三つ編みに編み込まれている。まるで双子のような風体の女性2人を、レイバックは交互に見やる。

「王座にこだわりはない。座りたいという者がいれば、今すぐにでも譲ってやるつもりだ」
「王座を譲ったら、その後レイはどうするんですか?」
「どうしようか。晴れて自由の身となれば、旅に出るのも良いな。遥か遠い地にドラゴンを探しに行く、というのはどうだ?」
「私は?王妃解任?」
「王妃は解任だが…ドラゴンは探しに行くだろ?」
「そりゃあ…行きますけど」

 無事王と王妃の退位後の予定が定まったところで、4人の乗る馬車はポトスの街の馬車留まりに到着した。馬車留まりとは、ポトスの街の中心部から少し離れたところにある、馬車置き場のような場所だ。個人の馬車を留めておく他に、各集落へ向かう定期馬車への乗車や、臨時で使用する馬車の手配も行える。平常時であっても適度な賑わいを見せる馬車留まりは、小人族祭が開催される今日多くの人で溢れ返っていた。
 馬車留まりから小人族祭の会場となる職人街までは、徒歩での移動となる。雑談を交わしながら坂道を下り、十数分の時を経て職人街へと辿り着く。小人族祭の本番は日が暮れてからであるが、天幕立ち並ぶ職人街はすでに相当の人通りだ。食器、手作りの宝飾品、革製のかばん、菓子、絵画。多彩な商品が並べられた天幕の商人は、もれなく小人族である。小人族は多種の種族の中でも手先が器用な種族とされており、職人街にも多くの工房を連ねている。見た目は人間に近しいが、小人族と言うだけあって背丈は大の大人の腰ほどしかない。幼児のような背丈の商人が、言葉巧みに商品を売り捌く様を、アムレットはさも面白そうに眺めていた。

 4人はひとまず、最も人通りの多い祭りの本通りを歩くことにした。小人族祭の会場となる通りは職人街を中心とした3本の通りで、本通りとなる職人街は小人族が製作した工芸品が主として販売される。そして北側の通りにはその場で食べられる軽食を売る屋台が、南側の通りにはくじ引きや輪投げなどの遊びを提供する屋台が軒を連ねているのだ。
 双子の装いのゼータとメアリは、職人街を右往左往しながら商品を物色する。ドラゴンの刺繍があしらわれた揃いのハンカチを購入し、互いの目の色に合わせた頬紅を見繕い、手提げかばんを膨らましては満足そうだ。一方のレイバックとアムレットは、密度を増す人混みの中で妃の背を見失わぬようにと必死である。特にお坊ちゃま育ちのアムレットは、もう30分も前から瀕死の形相だ。祭りの雰囲気や、商品の物色を楽しむ余裕などありはしない。過密状態の人混みの中、他人の歩みに合わせて進むのは慣れた者でも大変なのだ。
 ゼータとメアリの手提げかばんがぱんぱんに膨らんだ頃、レイバックはついにゼータの首根っこを捕まえた。その時のゼータはと言えば、メアリの腰を抱きかかえ別の通りへと赴こうとしていたところだ。

「ゼータ、止まれ。作戦変更だ」

 襟首を掴まれたゼータは、ごほごほと数度咳き込んだ。いきなり何をする、作戦変更も何も元から作戦などあったのか。非難がましい視線が、レイバックへと向けられる。

「日が暮れればさらに人は増える。4人で動くことは困難だ。一時二手に別れて、花火の時刻に集合しよう」
「ああ、そういう事ですか。集合地点は?」
「石橋のふもとだ。椅子が置いてあるだろう」
「わかりました。では私はメアリと―」

 メアリの腰を抱く手に力を込め、ゼータはその場を立ち去ろうとする。しかし進む脚は再び引き留められた。右手でメアリの肩を、左手でゼータの肩を捕まえたレイバックは、2人の仲を力任せに引き裂いた。そうしてゼータを押しのけ、メアリの隣に身を寄せる。

「メアリ姫は俺と行く。ゼータはアムレット殿と一緒だ」
「え…な、何で?」

 二手にわかれると言うから、てっきり自分はメアリと組むと思っていたのに。ゼータの口からは悲痛な叫びが漏れる。面するレイバックは澄まし顔だ。

「帰国日は明日に迫っているというのに、俺はまだメアリ姫とまともに話していない。ゼータはアムレット殿と打ち解けていない。遥々来てもらったのに勿体ないだろう。この先長い付き合いになるんだから、良好な関係を築くに越したことはないぞ」

 つんけんと告げられてしまえば、ゼータはぐぅの音も出ない。確かに今日この時に至るまで、ゼータはアムレットと2人きりでの会話を成していない。初日の交流は4人で夕餉を囲むに留まっているし、2日目の午前中ゼータはメアリと2人図書室に籠った。午後は4人で王宮内の各部署を視察し、レイバックの公務の都合上夕食は皆別々。そして帰国前日となる今日。レイバックとアムレットは早朝より2人で十二種族長の元を訪れていた。当初アムレットと王宮陣の接触は最低限に済ませる予定であったが、レイバックとゼータの尽力によりアムレットの魔族嫌いはほぼ克服されたと言って良い。ならば折角の滞在中ドラキス王国の重鎮である十二種族長と顔合わせをせぬ理由などなく、半日を掛けて12人全員への挨拶を済ませたのだ。その間ゼータとメアリは再び図書室へと籠り、簡単な昼食を済ませた後はアムレットの希望により皆で兵士の訓練場を訪れた。その後15時を目途に自室へと戻り、身繕いを済ませ、馬車に乗り込みポトスの街へ下りて来たところである。

 帰国日である明日は何だかんだと予定が立て込むであろうから、気楽に過ごせる時は今夜が最後。この時を逃せば、ゼータとアムレットは必要最低限の接触のみで「さよなら」と手を振ることになるのだ。機会損失も甚だしい。レイバックはメアリの肩に手のひらを添え、アムレットを振り返る。

「アムレット殿、俺の妃をよろしく頼む。興味のある物を見つけると張り付く癖があるが、遠慮なく引き剥がしてもらって構わない。あとは、魔法や魔獣について延々と語ることは日常茶飯事だ。曖昧な相槌を打っていると永遠に喋り続けるから、はっきり制止の言葉を告げてくれ。注意事項は以上だ。では後ほど」

 早口でそう述べると、レイバックは一度メアリの元を離れた。立ち竦むゼータの傍へと歩み寄り、その手の中からぱんぱんの手提げかばんを奪い取る。そして再び、メアリの側へと戻っていった。

「メアリ姫、一度馬車に荷物を置きに行こう。裏通りは人通りが少ないから、往復しても20分は掛からない。戻って来たら北側の屋台で―」

 話す声は騒めきに混じり、やがて聞こえなくなった。大小2つの背中も直に人波の中へと消える。メアリと荷物を奪われ茫然とするゼータの肩を、アムレットの右手が叩いた。

「ゼータ様、我々も行きましょうか」

 ゼータの肩を握り込むアムレットの指先には、思いの外強い力が込められていた。慣れない人混みに、どちらかと言えば苦手な部類に入る買い物への散々のお付き合い。皇太子の鬱憤は最高潮である。
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