兄の親友と恋人ごっこしています

さくら乃

文字の大きさ
31 / 58
第五章『水族館でぇと』

2

しおりを挟む
「温くん」
 学生たちが行き交う廊下をどかどか歩いていると後ろから声をかけられた。耳に入っているのに意識がそちらにいっていなかったせいか、すぐに反応できずそのまま二、三歩前に進む。 
 ぐっと肩を掴まれた。
「温くん、待って」
 やっと止まって振り返る。
「陸郎さん……どうして」
 さっき用事があるからとラインしたけど、自分があの場にいるとは知らせなかった。
「あの連絡不自然な感じがしたからすぐに見回したら、きみの後ろ姿が見えたんだ」
「そう……なんだ」
「何回も呼んだけど気づかないし、きみ歩くの早いし」
 はぁと少し息が上がっているのはかなりの早足で僕を追いかけてきたからだろうか。
 自分に気づいて貰えたこと、必死で追いかけて来てくれたことの嬉しさがじんわりと滲んでくる。でも気になるのは。
「お兄ちゃんはどうしたの?」
「急用があるって置いてきた」
「あは」と涙ぐみそうなのを誤魔化すように短く笑う。
「……カフェでも行く? 昼まだだろ」
「陸郎さんは?」
「俺もまだ。きみが来てから食べるつもりだった」
 学食には優雅がまだいるかも知れないし、カフェにももしかしたら探しにくるかも知れない。
「じゃあ、売店で何か買って食べませんか? ーー外はダメそうだけど」
 廊下の窓に目を走らせると雨がしとしと降っていた。
「いいよ」
 僕らは売店でそれぞれ軽食を買うと校内のあちこちに設けられている休憩スペースの一つに向かった。休憩スペースにはテーブルやイスが置いてある。窓に沿ってベンチイスもあり、僕はそこの一番隅に腰を下ろした。陸郎もその隣に座る。
「頂きます」
 小さく呟いてサンドウィッチの包装を開ける。
「なんで、お兄ちゃんと?」
 包装は開けたもののサンドウィッチは膝の上に載ったまま。隣では陸郎がおにぎりを頬張っていた。
(なんでって、何言ってんの。優雅は友だちのつもりなんだから、一緒にいたって可笑しくないのに)
「学食に来たら見かけたからって言ってた」
 口の中をすべて飲みこんでから答える。
「ふぅん」
 何でもないことのように軽く頷く。
「……あの、最近時々用事があるって言っていたのってもしかして」
 陸郎が大学に来る日は昼食を共にする。それは最初の約束だけど、お互いに用事があったらそっちを優先するというのもそこに加えてあった。だから用事があって来れなくても謝る必要すらないわけだ。それでも五月半ばまではその約束をお互いたがえることはなかった。
「ああ……うん、優が一緒に昼食べようって言ってきて……」
 僕を気遣ってか、それとも優雅と一緒にいたことを知られたくないのか言い淀む。
「ごめん」
 陸郎がそうつけ加えたけど。
(謝る必要なんか……ないんだ……別に本当の恋人でもないのに)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

僕は今日、謳う

ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。 彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。 彼との最後の思い出が欲しかったから。 彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。 本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。 終始セリフばかりです。 話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。 名前が出てこない短編part4です。 誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。 途中手直しついでに加筆もするかもです。 感想もお待ちしています。 片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が! あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。 私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

処理中です...