兄の親友と恋人ごっこしています

さくら乃

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第五章『水族館でぇと』

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 この水族館のメインは一、二階をぶち抜いた大型水槽だ。まずはそこを眺める。ぐるぐると渦を巻くイワシの集団、悠々と泳ぐ鱏。鮫など、青い水槽の中に海の一部が切り取られているようで見応えがある。
 丸い穴を覗きこむように展示されている魚や、大きめの個別の水槽に入った蟹や蛸。
 それらを陸郎とつかず離れず眺めて行く。
(陸郎さんは楽しんでるのかな)
 余り表情が変わらず楽しんでるのか楽しんでないのかわからなかった。
「あの、勝手に水族館って決めてしまったけど、余り興味なかったらごめんなさい」
 今更ながら嫌いだったらという不安がこみ上げてくる。
「別に嫌いではないよ。水族館に来るのは小学校の遠足以来だから新鮮かな」
「あ、僕も小学校の遠足で来ました」
 陸郎とは同じ小学校だから遠足場所も同じの可能性は高かった。陸郎の言葉にほっとするが、社交辞令じゃないといいけどとやはり少し懸念もある。
(ほんとにそう思ってるってことにしておこう! うん!)

 たくさんの人の波をすり抜けながら少し前を歩く陸郎の後ろをついて行く。僕の視線はさっきから彼の手に注がれていた。
(手……繋ぎたいな)
 この間映画館で恋人繋ぎをしてぎゅっと握ってくれた。でもあれは僕が怖がっていたからだ。宥めてくれただけなんだ。恋人のように手を繫いでみたい。でもまわりにはたくさんの人が。
(逆にこれだけいたら気づかないんじゃ)
 あれこれ逡巡していると全体が青みがかった薄暗いブースにやってくる。
「海月だ」
 ブースの中に少し入ったところで陸郎が呟く。そこで初めて僕は顔を上げた。
 壁面の四角い世界にゆらゆらと浮かぶ海月。ブースの内側には細長い水槽が所々に浮島のようにあって小さな海月が漂っている。
「海月はけっこう好きだ、見ていると何だか癒される感じがする」
 その言葉は心からの声に思えた。やはり陸郎は賑やかしい雰囲気よりも静かな雰囲気を好むのかも知れない。それがすごく似合っているような気がする。
「僕も海月好きです」
「そうか」
 彼はふっと目を細めた。
 二人で一つ一つ眺めていると、仄暗いブースの明度が更に落ちる。映像を使ったイベントが始まる時間になるのだと、ブース内に放送が入った。ブース内にいた人々が中ほどに集まって行く。
 僕らはそれを避け壁面の水槽前に留まった。
 やがて、天井にも海月が映しだされた。皆がそちらに注目している。
(今なら手を繫いでも誰も気づかれないんじゃ……)
 そんなふうに思いながら隣に立っている陸郎の、すぐ触れ合えそうな手を見つめる。 

 
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