【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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 ボタンだ。これは、確かに、ボタン。
 服のボタンじゃなく、機械のボタン。
 親指の先くらいのサイズのボタンに♥が描かれた、どことなく能天気なデザインである。
 私は、このボタンを知っている。カタエンをやっているとき、画面右上に出るボタンそのものなのだ。
 ゲーム内でこれを、マウスでクリックすると――。

「皇帝陛下」

 氷点下のヴィンセントの美声が、辺りに響き渡る。
 皇帝が三日月の形の笑みを浮かべる。

「聞こえてねーのか? どの女でも貸してやるから、まぐわえ」

「…………」

 ぶちん、と、ヴィンセントがブチ切れた音が聞こえた、気がした。
 一刻の猶予もない。
 イチかバチか、このボタンを押すしかない。

 私は、ヴィンセントを見つめて、力一杯♥ボタンを押した!

「………………」

 沈黙するヴィンセント。

「ん? どうした?」

 にやにやとヴィンセントを見つめる皇帝。

「…………あれ?」

 思わずつぶやく私。
 ボタンは押した。
 押したけれど、何も、起こらない。

 ……嘘だ。これは神様からの贈り物じゃなかったってことだろうか。冬の国の近衛兵の私物だったということなのか。こんなにもカタエンのファンタジー世界にそぐわないデザインなのに? それとも、ひょっとして壊れてる?

 私は焦って、こっそりボタンを連打する。

「くっ……!」

 あっ、ヴィンセントが反応した!
 効いてる?

 息を呑んで見守る私。
 ヴィンセントは歯を食いしばって、うつむいたようだ。ちらりと見えた横顔が紙みたいに青ざめていて、私はぎょっとした。思っていたのと反応が違う。

「ヴィンセント様、大丈夫ですか? ご体調に異変でも?」

 私は思わずヴィンセントに駆け寄り、顔をのぞきこんでしまった。
 やっぱり白い顔だ。貧血? と思ったそのとき、ヴィンセントは私を見た。
 そして、地を這うような声を出す。

「下がれ」

 会社帰りの満員電車でかけられたら、涙ぐんでしまいそうな声だった。だが、今の私は一歩も退かない。彼の命が風前の灯火だと知っているから。

「できません。あなたがこんな顔色をしているのに、放っておけない」

 真剣に言いつのる私。

「…………っ!」

 ぎりり、と歯を食いしばる音がして、ヴィンセントが私の上着をつかむ。なぜ、と思ったのとほとんど同時に、上着のボタンを引きちぎられた。

「!?」

 ちぎれた金ボタンが飛び、中に着ていたシャツも第二ボタンまで開いてしまう。
 私は目を丸くして、苦しそうなヴィンセントを見つめていた。

 やっぱり効いていた。
 ♥ボタン――通称「まぐわえボタン」が、効力を発揮した!

 そう、私が神様からもらった♥ボタンは、カタエンというゲームシステムの中では一番重要なボタンだったのだ。エッチなシチュエーションになると画面の上部にゲージが出現。ゲージが黄色から赤になっている間に♥ボタンを押すと、キャラがエッチシーンに突入する……と、そういう役割のボタンなわけだ。
 基本的には主人公である皇帝を操るボタンなのだけれど、ゲストキャラを操るシーンもある。
 今回はヴィンセントを救うためにもらったボタンだから、きっとヴィンセントを操れる、ヴィンセントが誰かとエッチすれば、命は助かる――と思ったのだけれど。
 唯一誤算だったことがあって。

 その。まぐわう相手は私、なの?
 私、こっちの世界だと、男だったような……?

 と、思った次の瞬間、シャツも裂かれ、下着が押し下げられて、結構なサイズの胸があらわになった。

「えっ、女……?」

 うっかりつぶやき、まじまじと自分の胸を見つめる。きめ細やかな白い肌は張りがあって、きれいに持ち上がっている。
 若い、と思った次の瞬間、強い力で押し倒された。

「ひゃっ!」

 悲鳴はあげたが、大理石の床に打ったのは尻だけだった。
 ヴィンセントの大きな手が、私の頭と肩を抱きこんでくれていたから。

「ま、待ってくださ……」

 反射的に逃げようとするものの、ヴィンセントはすばやく私の両腕を床に押さえつけ、下半身に乗り上げてくる。彼の背後で、皇帝がゲラゲラ笑っているのが見えた。

「おっ、いいぞ、やるじゃねーの! 男装の女を侍らせてるなんざ、お前もなかなか好き者だなあ。今までも物陰でしっぽりやってたんだろ? な?」

 そんなわけない、と叫びたかったけれど、それどころじゃない。
 慌てて身じろいでも、ほとんど体が動かない。まるで腕が石になったみたいだ。

 ――怖い。

 ぞわ、と恐怖が全身を這う。
 暴力的に押し倒されるのって、こんなに怖かったんだ。
 憧れていたはずのひとの顔が間近にあるのに、全然心躍らない。
 いつもは冷たいアイスブルーの瞳が、ひどくぎらついている。
 荒い呼吸。あらわになった私の胸が、ヴィンセントの分厚い胸板でつぶされている。宰相のゆったりとした衣服越しに伝わってくる熱。それすらも暴力の気配に思えて、私はぶるりと震えた。

 と、ヴィンセントの瞳が揺らぐ。水面に小石を投げ入れたときのように、ゆらり。
 ぎらついていた光が失せて、代わりに湧き上がったのは、悲しみだった。
 少なくとも――私には、そう見えた。

「すまない……くそっ」

 絞り出すような謝罪と、己に向けているであろう罵倒。

 このひとは、苦しんでいる。

 そう思った途端、私の体からはふっと力が抜けた。
 そうだった。このひとは、こういうひとだったんだ。
 死んでも禁欲を貫き通すような、信念のひと。
 その信念をへし折っているのは私だ。彼を欲情させたのは私。
 無理矢理にでも、私は彼を助けたい。だったら、怖がっている場合ではなかった。
 すうっと息を吸うと、ほのかに柑橘類とハーブのいい匂いがする。
 これが、ヴィンセントの匂い。きれいな匂いだ。
 私はじっと彼を見上げ、小声で囁く。

「気になさらないでください。あなたは何も悪くない」

 ヴィンセントがわずかに目を瞠る。私を見つめる目に理性が戻りかける。

「……エレナ。お前を、守りたかった」

 かすれた囁きで、この体の名前を呼ばれる。私の名であり、私の名ではない。
 ぞわり、と、さっきとは少し違う震えが走った。
 どことなく、甘い痺れだった。

「どうした、何おしゃべりしてんだ! 盛り上がらねえようなら、俺が入るぞ?」

 下卑た皇帝の声がする。まずい。
 私は慌てて周囲を見た。ボタン。ボタンはどこだ。
 さっき、ポケットから出して、押して、一度ポケットに戻したあと、私が押し倒されたはず。頭を浮かせてどうにか自分の腰の辺りを見ると、あった。♥ボタンが、ポケットから転がり出ている。私は力一杯身じろぎ、尻でボタンを押した。

「うっ……!」

 ヴィンセントが息を詰めたと思うと、私の鎖骨に噛みつく。

「ひっ、あ!」

 悲鳴がこぼれる。悲鳴だけれど、びっくりするほど甘い。
 なんでだろう、痛いはずなのに。
 私は何度も荒く呼吸する。呼吸するたびに、じぃん、と鎖骨の痛みが体に広がってくる。皮膚を伝っていけばいくほど、その痛みは震えるように甘くなった。
 胸を甘いしびれが覆う。痛い。痛いのに、甘い。
 わななきながら彼の歯が離れていく。痛いくらいこごった胸の蕾に、熱い息が当たる。

「んっ」

 その刺激だけで淡い快楽が生まれて、私の体が熱を帯びてくる。
 熱い。呼吸が乱れる。心も乱れる。はやくそこに触れてほしい。呼吸するたびに揺れるそこに。空気に触れるだけで痺れるようになった胸のてっぺんに。じらされたくない。
 はやく。はやく。はやく――噛んで。
 願望で頭がいっぱいになった瞬間、真っ赤な蕾に噛みつかれた。

「…………っ、くうっ!!」

 ぱちん、と目の前で何かが弾ける。胸の一点で爆発した甘すぎるしびれが、一瞬で全身を支配した。
 気持ちが、いい。嘘……本当に?
 多分、本当。
 ひどいことをされているはずなのに、痛いことをされているはずなのに、痛くない。
 おかしくなってる。壊れてる、と、私は思う。痛みを感じる感覚がやられてしまった。
 代わりに感じるのは、熱さ。
 自分の呼吸がものすごく熱い。呼吸するたびに全身が熱く、熱くなっていく。
 熱としびれが絡まりあって、全部下腹部の奥に溜まっていく。
 苦しいよ。熱い。
 普段何も意識なんかしないところが、熱い。
 ぴったりとしたボトムがうっとうしい。全部脱ぎ捨てたくて、私は何度も、何度も、腰をくねらせていた。ヴィンセントの舌が、いたわるように私の蕾をねぶる。ぬめった柔らかい感触に、もはや我慢できずに腰が浮く。

「はやくっ……! お願いです、はや、く」

「エレナ……エレナ」

 熱を含んだ声が名前を呼んで、大きな手が私のベルトにかかり、もどかしそうに留め具を外していく。いつしか手は自由になっていたけれど、逃げる気など少しもない。
 むしろ私は夢中になって、ヴィンセントが私のボトムを下着ごと下げるのに手を貸す。
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