【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~

愛染乃唯

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『……なにゆえか知らんが、新しい皇帝陛下はわたしを罷免するつもりはないようだ。だがもちろん、好きにさせるつもりもない。もはやわたしだけの権限では、どんな些細なことも決裁できぬ。せめて、前代皇帝、アルマンド陛下の印章が手に入れば……』

 というヴィンセントの話を受けて、私が最初にやったこと。
 それは前代皇妃との接触だった。前代皇妃もカタエンの攻略キャラなので、私は皇妃が前代皇帝の印章を隠し持っていることを知っていた。さらに、彼女が捕らわれている牢も。私はその情報をさりげなくヴィンセントに流し、改めて男装して牢に潜入、事情を話して、無事に印章を受け取ってきたわけだ。
 皇妃様はものすごい人妻み、ママみのある物憂げな貴婦人で、最初はすっかり厭世モードだったのだけれど、私がアルマンド陛下の庶子だと知ると、なぜかめちゃくちゃ優しくしてくれた。

『目元があのひとに似ているわ……お菓子を食べなさい。私の娘と唇がそっくり……このハンカチは要る? 耳の形は私とうり二つね……印章指輪? 持って行きなさい』

 実の子は全員殺されてしまったわけなので、私を子ども扱いしたかったのかもしれない。そう思うとしんみりしてしまうが、その後の仕事の多さで感傷は全部消えた。

 現皇帝の許可が出ない書類の中で急を要するものは日付を改ざん、前皇帝の印を押してとにかく通す。その他、先送れることはとにかく先送りし、代理を立てられることには代理を立て、表でどうにもならないことは裏ルートで民間をつっつき……と、まあ、とにかく突っ走るヴィンセントを必死に補佐する作業は一週間ほど続き……私のメンタルはすっかりピンクにやられつつある、というわけだ。

「エレナ」

 急に間近から声をかけられ、私は椅子から飛び上がる。

「ど、どうされました、ヴィンセント様」

 ヴィンセントはいつの間にやら、私の席の真横に立っていた。
 疲れが色濃くまとわりついた額には、深い皺が刻まれている。彼は人を裁く目で私を見下ろし、淡々と言う。

「念のために聞くが……夜はちゃんと休んでいるのだろうな?」

「もちろんです! 睡眠は取ってますし、食事だって、かろうじて」

「かろうじて?」

 ぐっと低くなるヴィンセントの声。
 ダイレクトに背骨がぞくぞくっとして、身震いする。声だけで気持ちいいとか反則だ。いいかげんにしてほしいけれど、実際にいいかげんにしたほうがいいのは私だ。
 ピンク思考から離れて、ヴィンセントのことを考えなくては。
 私はぐっとお腹に力をこめて、ヴィンセントに言い返す。

「私のことより、ヴィンセント様はご自分のことを気遣われてください。鏡をごらんになりましたか? 酷い顔色ですよ」

 色っぽすぎるのでどうにかしてください、というところは口の中でかみつぶした。
 ヴィンセントは一瞬ためらい、すぐに反論する。

「青白いのは生まれつきだ」

 あまりに弱い反論に、私はじわっとたたみかけた。

「実は私、従者の仕事が終わってヴィンセント様に『おやすみなさい』を言った後も、お部屋からごそごそ音がしているなあ……とは気づいておりまして」

「…………」

「お食事も日々お酒の量が多くなって、他は進んでいないなあ、なんて……」

「………………」

 一切反論できないヴィンセントは、ただただ黙りこくっている。
 本当に嘘が吐けないひとなんだなあと感心しつつ、私はこっそり心を決めた。
 ヴィンセントを死なせないためにも、私のピンク妄想を押しのけるためにも、ちょっとお茶でもしよう。そのための時間は、根性で作ろう。
 そうと決めたら、馬力が違う。
 私は手元の書類の仕分けを猛スピードで終わらせ、勢いよく立ち上がった。

「そろそろ切りがよいようですから、私、朝のおやつをご用意して参りますね」

「なんだ、その朝のおやつという概念は。聞いたことがないぞ」

 やっと反論してきたヴィンセントの、反論内容がちょっとかわいい。
 私は、くすりと笑って扉に向かった。

「秋の国では普通ですよ。あそこではお茶が一日三回ありますので」

 そのまま出て行こうとすると、不意に後ろから腕を掴まれる。

「待て」

「ひゃっ」

 腕を引かれると、ぐらりとバランスを崩す。
 倒れる――と思った直後。
 私の体はヴィンセントの腕の中にすっぽり包まれていた。
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