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私を見下ろす兵士の顔から、表情がすとんと抜ける。
直後、こめかみに重い痛みが弾けた。目の前に真っ白な星が飛び、体が跳ねる。
蹴られたのか、踏まれたのか。頭がぐらぐらするけれど、もう倒れているから、これ以上倒れることはなくて、よかった。
「おい、やめろよー。俺、女の顔傷つけるの、きらい」
「こういう女はしつけてやらねーとわかんねーんだよ!」
「ああもう……女の使い道は別にあるでしょーが。ほらほら、起きて~」
もう一人の兵士が、私の手を後ろで縛り、体を起こさせる。
ああ、やだ、めまいがひどい。気持ち悪い。視界がぶれている。
ぐらつく頭に兵士の手が伸びて、髪をわしづかみにして固定してくれる。
これで少し、頭の位置が落ち着いた。
「はい、お口あーん。噛んだら、歯、全部抜くよ? そんな顔見せたらヴィンセント閣下、どんな顔するかねえ?」
至近距離で、兵士が笑っている。
この人は、ヴィンセントを恐れていない。
――お前はけして一人にならないように気をつけろ。今のこの宮廷で、私の力はさして強くはない。
ヴィンセントの言ったことをぼんやりと思い出しながら、私は薄く唇を開いた。
歯を抜かれたら、多分うまく喋れないだろう。
仕事に支障が出る。それは、嫌だ。
ヴィンセントだって、亡き親友の娘の顔がゆがむのは嫌だろうし。
「んぐっ……!」
唇の隙間から、生臭い匂いの物体がねじ込まれてくる。あまりに急で、私はとっさに吐き気を覚えた。顔をそむけたくなったが、まだ髪は掴まれたままだ。
「ばっか、そんなもんで入るかよ! デカく開けろ!」
髪をつかみ、口に自分自身を突き込んできた兵士が叫ぶ。
もう一人が、楽しそうに私の喉をくすぐる。
「喉まで開けよ~。どうせ慣れてんだろ? そんなもん」
喉を開くって、どういうことだろう。全然わからないし、それ以前に気持ち悪い。
うっすら漂う精液の匂いも、ぬるぬるとした皮をまとった男性自身も、それを突き込んでくる男の荒い息も、何もかもが気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
気持ち悪いのに、入ってくる。ヴィンセントのものより大分小さいとはいえ、喉に入れるようなものじゃない質量が、ぐんぐん奥に分け入ってくる。
「う、ぐうっ」
生理的に、喉が男性自身を押し戻そうとした。
まずい。吐き出したら、相手が怒る。
わかっているのに、体は正直だ。私はいきりたったそれを吐きだし、何度か激しく咳き込んでしまう。
兵士は案の定怒りの形相になり、掴んだ私の髪を揺さぶった。
「おいっ、吐きだすな、殺されてぇのか!」
ぜえぜえと苦しい息を吐きつつ、どう返そうか考える。
そのとき。
「死ぬのはお前だ」
冷たい声がした。
「あ?」
振り向こうとした兵士が、ごっ、と、嫌な音を立てて吹っ飛ぶ。
「……!」
私は、声を失って目の前の光景を見つめる。
吹っ飛んだ兵士は、廊下に立ち並ぶ彫像の台座に頭からぶつかり、そのまま起き上がってこようとしない。残った兵士は、きゅっと目をつり上げて敵に相対した。
「狼藉者、何者だ!」
「狼藉者?」
地を這うような威嚇の響きに、兵士は見るからに動揺する。
彼の前の前にぬうっと立ちはだかっているのは、冷めたような銀髪にアイスブルーの瞳をした、一匹の獣だった。ゆるやかで上質な衣服の下にバネのある筋肉を秘めた、精悍な男性。彫刻よりも彫刻じみた、白く美しい顔。
ヴィンセント。
ヴィンセントだ。
本当に? 多分、本当。
今、彼は壮絶な怒りで瞳を燃やしてそこにいた。瞳だけではない、ありとあらゆるところから怒りが冷たい炎となって吹きだしているかのようだ。
兵士も気圧されたのだろう、ごくりと唾を呑んだ音が聞こえる。
ヴィンセントは大きな拳をもう一方の手で包み、ぱきりと音をさせた。
「狼藉者とは、神聖なる宮殿で女性に暴力を振るうような、人たる尊厳を自ら捨てた者のことを言う」
断罪する声はどこか荘厳に響き、私は思わず聞き惚れた。
あまりにも恐ろしいのに、あまりにも美しい。
兵士はヴィンセントから視線をそらせないまま、ソワソワと言う。
「宮廷内で自由に女性と関係していい、というのは、皇帝陛下から許可が出ていることですので……むしろ、皇帝陛下の近衛隊をぶん殴ったあなたのほうが問題ですよ、ヴィンセント閣下。宮廷法に反しています」
「むろん、法は知っている」
ヴィンセントははっきりと返した。
兵士は少し安堵したようだ。
「だったら……おぐ!!」
どすん、と砂袋をたたき付けたような音がして、兵士の腹にヴィンセントの拳がめりこむ。兵士はたらたらとよだれを垂らし、苦悶の表情を浮かべてしゃがみこみ、やがてがくりと倒れ伏した。
「獣に法は必要ない」
ヴィンセントの冷えた一言。
すごい。格好いい。というか、戦闘能力がすごい。
カタストロフ・エンジェルにヴィンセントの戦闘シーンなんかはないから、すごいものを見てしまった感がある。
私は彼に歩み寄った。
「ヴィンセント様……」
「エレナ」
「えっ」
気づくと、私は彼に強く抱きしめられている。
直後、こめかみに重い痛みが弾けた。目の前に真っ白な星が飛び、体が跳ねる。
蹴られたのか、踏まれたのか。頭がぐらぐらするけれど、もう倒れているから、これ以上倒れることはなくて、よかった。
「おい、やめろよー。俺、女の顔傷つけるの、きらい」
「こういう女はしつけてやらねーとわかんねーんだよ!」
「ああもう……女の使い道は別にあるでしょーが。ほらほら、起きて~」
もう一人の兵士が、私の手を後ろで縛り、体を起こさせる。
ああ、やだ、めまいがひどい。気持ち悪い。視界がぶれている。
ぐらつく頭に兵士の手が伸びて、髪をわしづかみにして固定してくれる。
これで少し、頭の位置が落ち着いた。
「はい、お口あーん。噛んだら、歯、全部抜くよ? そんな顔見せたらヴィンセント閣下、どんな顔するかねえ?」
至近距離で、兵士が笑っている。
この人は、ヴィンセントを恐れていない。
――お前はけして一人にならないように気をつけろ。今のこの宮廷で、私の力はさして強くはない。
ヴィンセントの言ったことをぼんやりと思い出しながら、私は薄く唇を開いた。
歯を抜かれたら、多分うまく喋れないだろう。
仕事に支障が出る。それは、嫌だ。
ヴィンセントだって、亡き親友の娘の顔がゆがむのは嫌だろうし。
「んぐっ……!」
唇の隙間から、生臭い匂いの物体がねじ込まれてくる。あまりに急で、私はとっさに吐き気を覚えた。顔をそむけたくなったが、まだ髪は掴まれたままだ。
「ばっか、そんなもんで入るかよ! デカく開けろ!」
髪をつかみ、口に自分自身を突き込んできた兵士が叫ぶ。
もう一人が、楽しそうに私の喉をくすぐる。
「喉まで開けよ~。どうせ慣れてんだろ? そんなもん」
喉を開くって、どういうことだろう。全然わからないし、それ以前に気持ち悪い。
うっすら漂う精液の匂いも、ぬるぬるとした皮をまとった男性自身も、それを突き込んでくる男の荒い息も、何もかもが気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
気持ち悪いのに、入ってくる。ヴィンセントのものより大分小さいとはいえ、喉に入れるようなものじゃない質量が、ぐんぐん奥に分け入ってくる。
「う、ぐうっ」
生理的に、喉が男性自身を押し戻そうとした。
まずい。吐き出したら、相手が怒る。
わかっているのに、体は正直だ。私はいきりたったそれを吐きだし、何度か激しく咳き込んでしまう。
兵士は案の定怒りの形相になり、掴んだ私の髪を揺さぶった。
「おいっ、吐きだすな、殺されてぇのか!」
ぜえぜえと苦しい息を吐きつつ、どう返そうか考える。
そのとき。
「死ぬのはお前だ」
冷たい声がした。
「あ?」
振り向こうとした兵士が、ごっ、と、嫌な音を立てて吹っ飛ぶ。
「……!」
私は、声を失って目の前の光景を見つめる。
吹っ飛んだ兵士は、廊下に立ち並ぶ彫像の台座に頭からぶつかり、そのまま起き上がってこようとしない。残った兵士は、きゅっと目をつり上げて敵に相対した。
「狼藉者、何者だ!」
「狼藉者?」
地を這うような威嚇の響きに、兵士は見るからに動揺する。
彼の前の前にぬうっと立ちはだかっているのは、冷めたような銀髪にアイスブルーの瞳をした、一匹の獣だった。ゆるやかで上質な衣服の下にバネのある筋肉を秘めた、精悍な男性。彫刻よりも彫刻じみた、白く美しい顔。
ヴィンセント。
ヴィンセントだ。
本当に? 多分、本当。
今、彼は壮絶な怒りで瞳を燃やしてそこにいた。瞳だけではない、ありとあらゆるところから怒りが冷たい炎となって吹きだしているかのようだ。
兵士も気圧されたのだろう、ごくりと唾を呑んだ音が聞こえる。
ヴィンセントは大きな拳をもう一方の手で包み、ぱきりと音をさせた。
「狼藉者とは、神聖なる宮殿で女性に暴力を振るうような、人たる尊厳を自ら捨てた者のことを言う」
断罪する声はどこか荘厳に響き、私は思わず聞き惚れた。
あまりにも恐ろしいのに、あまりにも美しい。
兵士はヴィンセントから視線をそらせないまま、ソワソワと言う。
「宮廷内で自由に女性と関係していい、というのは、皇帝陛下から許可が出ていることですので……むしろ、皇帝陛下の近衛隊をぶん殴ったあなたのほうが問題ですよ、ヴィンセント閣下。宮廷法に反しています」
「むろん、法は知っている」
ヴィンセントははっきりと返した。
兵士は少し安堵したようだ。
「だったら……おぐ!!」
どすん、と砂袋をたたき付けたような音がして、兵士の腹にヴィンセントの拳がめりこむ。兵士はたらたらとよだれを垂らし、苦悶の表情を浮かべてしゃがみこみ、やがてがくりと倒れ伏した。
「獣に法は必要ない」
ヴィンセントの冷えた一言。
すごい。格好いい。というか、戦闘能力がすごい。
カタストロフ・エンジェルにヴィンセントの戦闘シーンなんかはないから、すごいものを見てしまった感がある。
私は彼に歩み寄った。
「ヴィンセント様……」
「エレナ」
「えっ」
気づくと、私は彼に強く抱きしめられている。
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