蒼星伝 ~マッチ売りの男の娘はチート改造され、片翼の天使と成り果て、地上に舞い降りる剣と化す~

ももちく

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第6章:眠れぬ夜

第8話:博愛と俗愛

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「というわけで、そろそろ女性淫魔サッキュバスにはご退場願いマス」

「ワレの邪魔をする気カ! いくら低級の低級とさげすまれようが、一矢報いてみせるワッ!」

 ラミアへと進化した女性淫魔サッキュバスはあっさりとアリス=ロンドに敗れるわけにはいかなかった。蛇と化した下半身でアリス=ロンドの身体をぐるぐる巻きにして、アリス=ロンドを拘束してみせる。

 しかし、アリス=ロンドはラミアの下半身を両手に1本づつ持つ短めの光刃で細切れに斬り飛ばしてみせる。そして、自分の姿に似たラミアの背中に光の短剣ダガーを突き刺し、ズブズブと体内へと押し込んでいく。ラミアは死の間際で絶叫をあげるが、それを無視して、アリス=ロンドはラミアの上半身をこれでもかと切り刻む。

「任務完了デス。これで一団に忍び込んでいたインキュバス、女性淫魔サッキュバス全てを駆除しまシタ。報酬はベル様のお小水、コップ一杯分デス」

「なんでよっ! こんな低級も低級の悪魔相手なら、無償のサービスで良いでしょっ!?」

「世の中には無償のサービスなど存在しまセン。無償で良いのは愛だけデス」

 ベル=ラプソティとしてはウグッと唸る他なかった。相手に愛を与えたからと言って、見返りを求めるのは間違っていると言って良い場合もある。ありがた迷惑の愛も存在するからだ。いくら他者から愛されたいと言っても、与えた愛がそのまま愛として返ってくることもなかなかないのが今の世の中だ。

 そうだからと言って、誰かに愛を与える行為自体は間違っていない。真実の愛とは見返りを求めることではなく、いくら相手にしかめっ面をされようが、『愛を押し売り』せよというのが創造主:Y.O.N.Nの御言葉なのだ。最悪、まったくリターンが無いとわかっていても、惜しみなく愛を与えよということなのだ。

 だが、それをアリス=ロンドに指摘さることに関しては、釈然としないベル=ラプソティであった。アリス=ロンドがこの世で一番に愛を与えたい相手は星皇:アンタレス=アンジェロとその妻であるベル=ラプソティだけなのである。他の者に対して、愛どころか、愛想を振りまくことすらしないのである。そんなアリス=ロンドに愛がどうとか説かれる筋合いはまったく無いと断言して良いだろう。

 ベル=ラプソティの表情は明らかに不満を表すモノへと変化していく。彼女の心情を察したカナリア=ソナタはまあまあとベル=ラプソティを宥める。ベル=ラプソティたちは一団に所属する皆の精気を温存するという当初の目的を果たすことになるが、結局のところ、皆との間に微妙な空気が流れてしまうことになる。

 特に男連中の8割が心の奥底にベル=ラプソティとカナリア=ソナタへ対する、性的関心を抱いていることがばれた形となってしまったのが大きいと言えよう。しかし、ニンゲンたちが心の奥底から悪い存在なわけではないと言っておこう。ベル=ラプソティみたいなパーフェクトボディの持ち主が、天界から遣わされた麗しい女神のように、皆を護ってくれたのだ。

 そんなベル=ラプソティに対して、感謝の念をや憧れの感情を抱くと同時に、汚いベッドの上であひんあひんと言わせてやりたいと思ってしまうのは、ニンゲンゆえの悲しいさがなのである。そして、ベル=ラプソティたち天使族も、ニンゲンとは如何に愚かな存在かということも知っている。

 創造主:Y.O.N.Nはニンゲンたちに言った。『隣人を愛すると同時に、産めよ増やせよ』と。博愛精神を説きながら、同時に俗愛を説いたのだ。それなのに、ニンゲンはその相反するふたつを内包しつつも、繁栄の一途を辿っている。これがどれほどまでに困難なことかは。誰も気づいていないと言って良いだろう。

 ニンゲンは性獣としての魔物を体内で飼いならしながら、他者を無償で愛するという離れ業をしてみせる存在なのだ。天使族はそんなニンゲンたちが悪魔の手先とならぬことを素晴らしいとさえ思っている。コミュニティを形成しつつ。近親相姦をタブー視し、種の保存だけでなく、文化の発展にも努めている。

 ニンゲンの高位の存在である天使ですら。これらを同時にこなすことなど出来ない。それゆえに天使たちは自分の脳自体に改造を施しているのだ。それをしていないニンゲンが国家を形成しているのは奇跡だと断言しても良いのである。

 確かにニンゲンたちはコミュニティを形成すると同時に、他のコミュニティを敵視することすらある。そして、国家間で紛争を起こしてしまう愚かな存在だ。だが、それでも創造主:Y.O.N.Nの御言葉を受け入れるだけの余地は持っている。

「さてと。アリスには言いたいことが山ほどあるけど、荷馬車に戻って寝ましょ? 明日も移動なんだから、寝不足になるとキツイわよ」

 ベル=ラプソティはインキュバスと女性淫魔サッキュバスの駆除を終えたことをきっかけとして、再び、藁のベッドにダイブしようとしていた。だが、アリス=ロンドだけは明後日の方向へと視線を向けて、その場で不動となっている。ベル=ラプソティは首級くびを傾げ、アリス=ロンドにどうしたの? と尋ねることになる。

「どうやら、ベル様に嫌がらせをしようとしている存在が居たようデス。『淫蕩』の残り香を鼻でとらえまシタ。カナリアさんは気づいていマスカ?」

 アリス=ロンドの言いに眉根をひそめるカナリア=ソナタであった。赤縁あかぶちのメガネでモニタリングを続けていたが、アリス=ロンドの言うところの『残り香』を検知することは出来ていない。それゆえにカナリア=ソナタは気のせいではないですかァ? と答えてしまう。

「カナリアさんクラスの観測能力でも検知出来ないとなると、これは相当な難物なのデス。ベル様。不肖、このアリスがベル様の盾となり、剣となりマス」

 アリス=ロンドが警戒心を解かないために、その場から動けなくなってしまうベル=ラプソティたちであった。アリス=ロンドは未だに明後日の方向へと視線を向け続けている。ベル=ラプソティたちは訝し気な表情で、アリス=ロンドが向けている視線の向こう側へ、自分たちも顔を向けることになる。ベル=ラプソティたちの眉間のシワはどんどん深いモノとなるが、何も見つけられず、時間だけがいたずらに過ぎていく。

「そこデス。捉えまシタ。エールストライク・エンジェルモード発動デス!」

 アリス=ロンドはベル=ラプソティの許可をもらう前に戦闘態勢へと移行する。インキュバスや女性淫魔サッキュバスを駆除する際には被っていなかったオープン型フルフェイス・ヘルメットがアリス=ロンドの頭部を覆い隠すことになる。そして、アリス=ロンドは腰から1本、金筒を抜き取り、右手の中へと収める。

 その金筒は瞬く間に長さⅠミャートルほどの大きさになり、アリス=ロンドは金筒の先をある一点に向ける。その先に居たのはベル=ラプソティがこの世で最もよく知る人物であった。

「おやおや。私に嫌疑をかけてくるとは。もう少し、バレるまでに時間が要すると思ったのだが……。さすがは星皇が聖母を護るために地上へと遣わしたつるぎなだけはある……」
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