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第1章:エーリカの野望

第5話:初陣の始まり

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 タケルお兄ちゃんが失神したのを余所にエーリカはじっくりねっとりと小高い丘の下で、ゲヘへ、ブヘヘ! と下品に笑いながらと戦利品の数々を品定めしている賊徒たちを切り刻むイメージを脳裏に浮かべていた。賊徒たちが荷車に乗せている略奪品の中のひとつにエーリカを激昂させる品があった。

(あいつらっ! あんなものまで奪ったってこと!?)

 エーリカはその略奪品のひとつを見て、思わず口から賊徒たちを罵倒する言葉を吐き出してしまいそうになる。エーリカが見たそれとは血で汚れたぬいぐるみであった。何故、そのぬいくるみが血で汚れているのかは想像にかたくない。エーリカはふつふつと頭に血が昇ってくる。

 今にもエーリカの感情は爆発しそうになっていた。だが、それゆえにエーリカはまだまだ肉付きが幼いお尻を撫でまわされていることに気づくの遅れてしまったのである。そして、幼い肉付きのお尻に走る違和感に気づいたエーリカはまたもや、そうしていたタケルお兄ちゃんの首元に左足の踵を叩きこんだのである。

 タケルお兄ちゃんの偉いところは、ニンゲンの急所を思いっ切り蹴られたというのに、うめき声を出さなかったことである。エーリカはその事実に気づき、自分はもっと冷静にならなければいけないと自省するに至る。

(さすがはアイス師匠だわ。今の際になってタケルお兄ちゃんをあたしのお目付け役にした意味がわかった)

 タケル=ペルシックはエーリカが自身を見失わないための枷として存在していた。タケルはエーリカの手綱を握っていたのである。ミンミン=ダベサが牛さんたちを宥めているように、タケルもまたエーリカを宥めていたのである。だが、エーリカはこの時はまだ気づいていなかった。タケルがエーリカにいたずらすることで、緊張感で喉が渇いて仕方なかった若者組たちの気分も安らかにさせていたことを。

 それはさておき、エーリカたちにとって、待ちに待ち望んでいた機会が訪れようとしていた。品定めをある程度終えた賊徒たちは夕餉ゆうげの支度に入った。賊徒たちはそれぞれ5人でひとつのグループを作り、薪を並べ、火を起こす。そして鍋をその火にかけ、太い麺と肉を茹で始めたのだ。

「一斉掃射開始! 当たらなくても気にしないで! その後にミンミンは敵陣ど真ん中で暴れてちょうだい!」

 エーリカはまさに待ってましたとばかりに若者組の皆へ一斉攻撃の号令をかける。ロビン=ウィル、ブルース=イーリン、アベルカーナ=モッチンは片膝をついた状態で弓矢を構える。そして、矢継ぎ早に小高い丘の下にいる賊徒たちに向かって矢を射続けた。

 いきなりの急襲を受けた賊徒たちはひっくり返り、その衝撃で火にかけていた鍋も中身ごとひっくり返ることになる。ミンミン=ダベサはもったいないという気持ちを抱くが、それよりも自分の役目を果たすべく、ふくよかなほっぺたをパンパンッ! と強く二度叩いたあと、跨っている牛さんと共に小高い丘の斜面を滑るように駆けだすのであった。

 エーリカは突撃していくミンミンの後に続くように、牛さんのお尻を火のついた松明で軽く焙る。牛さんたちはブモモォォォ!? というけたたましい悲鳴をあげつつ、先に斜面を降りたミンミンの方向へと走り出す。

 小高い丘から数本飛んできた矢により、敵襲を知ることになった賊徒たちであったが、すぐさま体勢を整えようとした。しかしながら、いかついお面を被った大男が牛さんの上に跨り、さらには手斧をブンブンと振り回しながら小高い丘の斜面を降ってくる。さらには続く暴れ牛が野営地にある設備を破壊しまくる。こうなれば、賊徒たちは逃げ惑うしかない。

 ミンミンが大暴れしてくれたことで、後は掃討戦に移るのみである。エーリカは若者組に抜刀許可を出す。エーリカ、ブルース、アベルと他数名がそれぞれの手に武器を持ち、斜面をお尻と足を使って滑り落ちていく。ひとりふたりと賊徒たちを斬り伏せるたびにブルースとアベルの冷え切った身体の奥底から熱が生み出されていく。

 小高い丘の斜面から滑り落ちた後、ブルースとアベルは立ち上がるのもままならなかった。だが、そこで尻込みしていては、先を走るエーリカに危険が及ぶと感じた。ここで立ち上がらねば、まさに男が廃る状況である。ブルースとアベルはエーリカの両脇を固めるように立ち回る。

 ひとり、またひとりと賊徒たちを斬り伏せていくエーリカたちであった。混乱の最中、そこに踏みとどまっていた20人の賊徒たちは自分たちの3分の1にも満たない団によって、崩壊させられてしまう。その20人の賊徒たちのまとめ役は太い血管をコメカミに浮かび上がらせる。このガキ共をひとり残らず殺してやろうと思ったのだ。

 配下のほとんどが蜘蛛の子を散らすかのように逃げ惑い、さらには別方面から突撃してきた別動隊によって、次々と討ち取られていく。崩壊した軍というのはこんなに脆いものなのかと若者組の面々は驚いてしまう。しかも、それを為したのは自分たちである。

 この状況下、ここの賊徒たちをまとめあげていた人物が取らなければならない手は【逃げ】のはずであった。しかしながら、まとめ役のこの男は、どこからどう見てもちちの臭いが取れ切ってないガキ共がこの状況を作ったことに腹立たしさを覚えていた。

 いくらテクロ大陸本土から逃げるようにホバート王国を荒らしにきた賊徒たちであったが、元は兵士、並びにその兵士たちのまとめ役も一緒に流れてきたのだ。それなのにちちの臭いも取れてないようなガキ共に言いようにされたうえで、逃げたのでは生き恥で憤死してしまいかねない。

「名を名乗れ! われはかのアデレート王国で1000の兵士を率い……た!?」

 賊徒のまとめ役は前口上を言い切る前に、額と右肩付近を小高い丘の上から飛んできた二本の矢で射抜かれてしまう。脳にまで達した矢じりがその脳を破壊し、賊徒のまとめ役は口から血の色をした泡を吹きだす。そして、起立した状態のまま、後ろへとずしーんという音を立てながら地面へと倒れてしまうのであった。

「ふぅ……。エーリカたちに一騎打ちはまだ早いからな。しっかし、ロビンの弓の腕前はすげえなっ」

「い、いえ。タケルさんのほうがよっぽどすごいと思いますが。みどもの矢はたまたま頭にキレイに入り過ぎただけで」

「たまたまで額のど真ん中に矢なんか当たらねえよっ! さすがはオダーニで1番の狩人なだけはあるなっ!」

 ロビン=ウィルは年上のタケル=ペルシックに弓の腕前を褒められたことに誇りを感じると同時に気恥ずかしさを覚えてしまう。賊徒のまとめ役の男の頭を狙ったことは確かであった。だが、額のど真ん中に矢が突き立ったのは本当に偶然である。ロビン=ウィルが放った矢は額当てと額の骨をも貫通し、たった一矢で賊徒のまとめ役を絶命させてみせた。

 しかしながら、頭を狙うのは本当は正しくはない。頭は胴に比べて面積が狭い。それでもロビン=ウィルは猛り狂う獣の頭を狙うよりかは難易度は低いと感じたゆえに、今の一矢は頭を狙ったのである。あくまでも、あわよくばその一矢で仕留めれば良しという考えであった。

 だが、タケルの狙いはまったくもって別であった。狙いやすい胴の内、さらには一騎打ちが起きようとも、利き腕が満足に動かせないようにとの配慮に基づく一矢であった。それゆえにロビン=ウィルは致死の一矢を放ったのにも関わらず、タケルさんの一矢を褒めたのである。
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