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第5章:ホバート王国統一戦

第2話:ゴンドール将軍

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「それはいくらなんでも無茶が過ぎるでごわす! おいどんたちに与えられた軍命は【遊撃により敵軍を翻弄せよ】でごわす! 軍命を背くだけでなく、ファルス将軍の恨みまで買ってしまうことになるでごわす!」

「ん? 先生、何か間違えたことを言いましたっけ? エーリカ様はどうお考えですか?」

 名無しのクロウリーはすっとぼけた表情で、あるじであるエーリカに問いかける。エーリカはそんなクロウリーに対して、満面笑顔でこう返す

「さすがクロウリーだわ。あたしが浪人の貴方を拾ってあげた甲斐があったってもんよ。ゴンドール将軍、腹を決めてください」

「しかしでごわすよ!? 軍法会議モノでごわすよ!?」

 戸惑うゴンドール将軍に対して、エーリカはため息をつきそうになるところを必死に抑え、無い胸を張り、さらにはその無い胸をドンッ! と勢いよく右の拳で叩いてみせる。そして、努めて通る声でゴンドール将軍を落としにかかるのであった。

「ゴンドール将軍の夢は何? あたしの夢、いいえ、野望と言ってもよいわ。あたしは【一国の女王】になることよっ! 王様に嫁いだりとかそんなんじゃない。あたしが【あたしの国】を興すのっ!」

 ゴンドール将軍は腰が抜けそうになる。尻から倒れてしまいそうになる彼を彼の補佐が両脇から抱え込む形となる。だが、腰抜けと言ってしまいそうになるその心を抑えて、エーリカは言葉を続けて送る。

「こんなド田舎出身のあたしにですら、でっかい野望があるのっ! ゴンドール将軍にはそれが無いの!?」

「お、おいどんでごわすか?? おいどんは出世して、この国の各地に孤児院を建てたいと思うのでごわす……。親を亡くした者。親に捨てられた者。そんな弱者たちを救済するシステムを創りたいでごわす……」

 ゴンドール将軍は消え入りそうな声でそう言うのであった。ゴンドール将軍は優しい男であった。今のホバート王国に不満があった。富める者に文句を言うわけではないが、持てる富みで、もっと弱者を救うべきだという思想を持っていた。しかし、将軍職となった今でも、十分に弱者を救うための力を持っていないと痛感されるだけであった。

「いいわねっ、その夢。あたしは好きよ、優しい男は。だけど、男は優しさだけじゃ足りないわっ! ライバルたちを蹴り飛ばしなさいっ!」

「ら、ライバルとはいったいどういうことでごわす??」

「決まってんでしょっ! ナイスミドルなファルス将軍。そして、憎たらしいくらいに虎髭が似合うオーガス将軍のことよっ! 今回の大戦おおいくさで誰よりも武功をあげれば、嫌が応にも王様はゴンドール将軍の言葉を聞かなきゃならなくなるわっ!」

「しかし、おいどんが率いるのは弱兵3千でごわすっ! それでどうやって、難所のオシノビ城を落とすでごわす!?」

「そんなの、後で考えればいいのっ! 今、大事なのは、ゴンドール将軍がそれをやるのか、やらないのかなのっ! はっきりと言うわっ! ゴンドール将軍、貴方の命をあたしに預けなさいっ!!」

 ゴンドール将軍は今度こそ、本当に腰砕けになる。眼の前の若干16歳に過ぎぬ小娘が、自分を圧倒し、さらには命を預けろと言ってくる。本来なら彼女のように振る舞わなければならないのは、将軍の位にあるゴンドール将軍の方である。イソロク王を相手に啖呵を切ったのは噂でしかないと思っていたゴンドール将軍であったが、いざ、自分がエーリカ殿と相対してみれば、それが事実であったことを心と身体で認識するのであった。

 ゴンドール将軍は腰砕けになり、尻餅をついてしまったが、心臓はドックンドックン! と力強く鼓動を打つ。さらにはその心臓を中心にして、ほとばしる熱が身体の隅々に伝播していく。ゴンドール将軍は自分の補佐たちの手を借りずとも、その場で立ち上がる。

「あいわかったでごわす。この命。いや違う。おいどんの夢をエーリカ殿の野望に託すでごわす。好きなように兵3千を使ってみせるでごわす!」

「そこまで権限をもらわなくて良いわ。ただ、お願いしたいことは、あたしたち【血濡れの女王ブラッディ・エーリカ】の団が戦っている最中に、あたしたちの中詰めをしている兵たちが逃げ出さないようにしてほしいくらい」

 エーリカがいたずら娘のようにペロリと可愛らしい舌を出してみせる。その様子を見せられて、ゴンドール将軍は一層、心臓がドキリと跳ね上がってしまう。しかしながら、そう身体が過敏に反応するのは、エーリカなる女子おなごが可愛すぎるためだと思うことにした。

「クハーハハッ! エーリカ殿は男タラシ、いや、【おっさんころがし】でごわす。王がエーリカ殿に屈服した理由がよぉぉぉくわかったでごわす!」

「おっさんころがしって失礼な言い方ねっ。でも、悪く無い響きだわ。タラシって言われるより、よっぽど気に入ったわっ!」

 エーリカとゴンドール将軍は意気投合していた。そして、その2人の間にスルッと滑り込むように、自分の考えを発言するのが名無しのクロウリーであった。ゴンドール将軍はこの時点になって、ようやくクロウリーの本質を見抜くことになる。だが、その気づきをこの場で発言する気はゴンドール将軍には無かった。踊らされることにより、自分の夢に向かって、一歩、いや二歩も三歩も前進できそうであったからだ。

「先生の座右の銘は【動ける者は親でも使え】です。ゴンドール将軍。エーリカ殿の後詰めをお願いしますね」

「承知したでごわす。では、打ち合わせ通り、我が軍はファルス将軍が狙っているオシノビ城へと向かわせるのでごわす。我らは遊撃軍。神出鬼没が如くにこの大戦おおいくさを駆け回ろうぞっ!」

 エーリカとクロウリーはゴンドール将軍の心臓を射止めた後、すぐさま、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の幹部たちにそのことを報告する。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧たるふたりの騎士はとてつもない身震いを起こしてしまうのであった。

「本当にゴンドール将軍を口説き落としたのでござるか!? これは全身ガクガクブルブルとなってしまうのでござるっ!」

「ああ、それがしも耳を疑ってしまうばかりだ。イソロク王のみなら、クロウリー様の術中に嵌めたと言えるが、まさか現場の総指揮官を落としてくるとは思わなんだ!」

「ふふぅん。あたしはおっさんころがしだからねっ。あたしって罪作りな女だわ……」

「あのぉ……。おっさんころがしと呼ばれるのは、あんまり嬉しくない気がしますわ」

「んん? セツラお姉ちゃんは嬉しくないの?? ゴンドール将軍って、可愛いのよ、あれでも。可愛いおっさんをころころころがしちゃえるって、名誉なことだと思うのよねっ!」

 セツラは苦笑いする他無かった。エーリカは現在16歳。そして、ゴンドール将軍は30代後半の本当の意味でのおっさんの部類にはいるおっさんだ。そんなおっさんを『可愛い』と言えてしまうエーリカの感性もすごいと言えば、すごすぎる。セツラはお兄さんと呼べる20代のひとまでは守備範囲だが、本当の意味でのおっさんを可愛いとは決して言えないタイプであった……。
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